第120話「発言はともかく、ちゃんと考えてはいるらしい。」
視察初日の午後、皇帝が俺の家にやってきた。
ハリアと話した後、そのまま聖竜の森内への視察へと赴いた帰り道で休憩をとなった次第である。
森の中での視察は問題なく終わった、周囲を珍しげに見回したりはするもののエルフの村の中では皇帝が大人しく話を聞くだけだった。
「あー、なんか落ち着いていいわねここ。城の中とか広すぎてやっぱり苦手だわー」
リーラの用意したハーブティーを飲みながら、テーブル越しに座るクレストがそんなことをぼやいている。
「城が苦手なのか、皇帝なのに……」
「余は元々、エルフの森の生まれなのよね。だから、どちらかというと自然の中の方が落ち着くのよ。まー、それも大分昔の話だし、城は城で便利だからいいんだけど」
「陛下から見ていかがでしたか、聖竜の森のエルフ達は」
サンドラの問いかけに、クレストは「そーね」と一言置いてから答える。
「帝国内で森に住んでるエルフの生活ってあんまり代わり映えしないからね。なんか懐かしいって感じ。あ、でも人間と活発に交流してる形跡があるのは珍しいかな。魔法草の研究所も村の中だし。上手くやってるんじゃない?」
「研究所は出来たばかりですが、上手く運営していけるよう気を付けます」
「全部これからよね、もしかしたら未発見の魔法草とか見つかるかもしれないわよ? そうしたら名前は聖竜草かしら?」
なるほど。そういうこともあるのか。効能次第では聖竜様が喜びそうだ。ユーグ達には頑張ってもらおう。
「余としても期待してるし、応援したいけど、第二副帝の手前あんまり大がかりなことできないのよね。あ、そうだ。今飲んでるハーブティー、眷属印ってやつでしょう? これ、皇帝へ毎年献上してみない? 多分、評判になると思うわよ」
「よ、宜しいのですか? わたし達としては大変光栄ですけれど」
「宜しいのよ。商売のネタにでも使いなさい」
そう言ってにっこりとクレストは笑った。ここまで同行した感じ、たまに皇帝らしい厳しさを覗かせるが、基本的に彼女はサンドラに悪い感情を持っていないようだった。むしろ協力的とさえ言える。
どうやら何とかなりそうだ。
そんなことを考えていると、家のドアがノックされた。
「おはようございます! マイアです! お爺様に南側を見せて帰って参りました!」
ドア越しでも十分すぎるほど聞こえる大声。それを聞いたクレストがカップ内のお茶を飲み干してから言う。
「入ってもらって。あ、これ美味しいからもう一杯おねがい」
○○○
皇帝が来た際、ロジェとマイアが同席していなかったのは聖竜領南部を見るためだ。視察の時間を節約するため、南側を見たいとロジェが言い出したのである。
時間にして一日と少ししか無かったので、早く動くゴーレムを貸し出して二人を送り出して、今帰ってきたというわけである。二人とも体力があるから夜通しの移動をしていても元気そうだ。
「元気そうで何よりですじゃ、陛下」
「貴方は帝都にいる時より生き生きしてるわね。ロジェ」
室内に入ってきたマイアとロジェの分もお茶が用意されると、慣れ親しんだ雰囲気で帝国五剣の二人が話を始めた。
「ははは! わかりますか! いやー、孫娘と一緒に氷結山脈で魔物狩りなどしましてな。久しぶりに周りの目を気にすること無く剣を振れるのは心地よかったですじゃ!」
「ずるい。余なんか剣を持つだけで周りから咎められるのに。あー、氷結山脈の魔物、余も斬りたーい!」
なんかとんでもないこと言い出したなこの皇帝。
「あの、陛下、流石にそれは。氷結山脈は遠いですし……」
「わかってるわよ。危険で有名な氷結山脈に皇帝を案内したなんて風評が広がったら困るでしょ。ちゃんと遠慮しておくわ」
発言はともかく、ちゃんと考えてはいるらしい。
「それじゃロジェ。先に仕事を済ませましょう。報告お願い」
そう言われると、ロジェは居住まいを正す。
「はっ。まずは氷結山脈じゃが。残念ながら川は山の中で切れておりました。道は険しく細く、旅慣れた者でも魔物を避けながら抜けるのは危険ですじゃ。商隊を通すと被害の方が多くなるでしょうな」
口調すら変えてきたその報告を聞くと、皇帝は天を仰いで両手をあげる。
「やっぱ駄目かー。ドワーフ王国との新しい交易に使えるかと期待したんだけどなー」
「昨年、ドワーフの行商人が一人抜けてきたそうですが、聖竜領の者が助けなければ死んでいた可能性が高いそうですじゃ」
「そう。それは駄目ね……。他は?」
「孫娘がエルフの村の長と地図を作っておりましてな。その地図とアルマス殿の話によると、東は海ですが断崖絶壁。港を作るのは厳しいと見ておりますじゃ」
「南は? 今見てきたばかりでしょう?」
「聞いた通り、見事な草原でしたの。距離の関係で見れませなんだが、湖もあるそうですじゃ。まだ確認はとれてませぬが、南から上がってこれるやもしれませんのう。ちょっと山がありますが」
「ここの南ね……。上手くすれば帝国東部への物流が増えるかしら……」
ロジェが仕事の話をしていることに、俺もサンドラも特に驚かない。
彼が聖竜領のことを皇帝に話すのは想定済みだ。信頼できるものに詳しく土地を見定めさせるくらいのことはするだろうと思っていた。
氷結山脈で魔物を狩っている時も、北のドワーフ王国のことを結構気にしているようだったしな。
「ドワーフ王国との交易を増やそうと考えているのですか?」
「できたらいいなーって思ったの。今は結構大回り何度か関税かかってからイグリア帝国に物が入ってきてるし、いっそ山を越えて来てくれたら国としては楽なのよねー」
なるほど。そういう話か。しっかりと考えているものだ。
「ハリアに頼めば氷結山脈を越えて輸送することもできるが。色々と問題があるだろうな……」
「そうね。それと、一度に運べる量が限られる。ハリアは大きいけれど商隊ほどじゃないし。安全ではあるんだけれど」
俺とサンドラがそんな話をしていると、皇帝が目を輝かせながら見てきた。
「なになに、ハリア君、頼めば国外まで出てくれるの? それなら余がドワーフ王国と交渉挑戦してみるけど?」
「え、ですが。輸送量が……」
やる気を見せる皇帝に気圧されながらサンドラが答えると、皇帝は不適な笑みを浮かべて話を続ける。
「そんなの、高級品に限定すればいいのよ。確かハリア君の輸送は揺れが少ないんでしょ? ちょうどいいわ。あ、なんか楽しくなってきちゃった」
「色々と可能性に満ちた場所ですからの。なんでも南の湖周辺は別荘地として整備したいとか」
「いいわね別荘。余もでっかいの建てて、氷結山脈で魔物狩りとかしたいわー。遠慮無く剣ふりたーい」
少女然とした外見相応の物言いで物騒なことを言う皇帝。
それを聞いたサンドラの顔が引きつっていた。毎年来るのを想像したんだろうな。
「アルマス、その時が来たらお願いね」
「そのくらいなら請け負うよ……」
皇帝の氷結山脈行き、定期的になったら関わらずに済ますのは難しそうだ。
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