第119話「俺が竜担当だと思っているのだろう」

「はー、なるほどねー。聞いてた通りだわー」


 早朝、下水工事現場で次々と造られていくゴーレムを見ながら、クレスト皇帝は俺の横で感心したように言った。

 皇帝の領地視察は翌日から始まり、まずは俺の仕事でもあるゴーレム造りと建設現場を見てもらうことになった。


 皇帝の目の前でロイ先生と共にゴーレムを製造し、職人達がそれを操っていく。皇帝が見ているとあって、全員の動きが硬い。


「ゴーレムを労働力にするのは帝都でもやってるけど、ここまで組織化するとは大したもんね。まあ、そもそも魔法士の確保が大変で普通はコスト的に割に合わないんだけど」


「ここはアルマスとロイ先生の二人がいれば何とかなりますから。魔法陣を作る時だけ、クアリアで人手を借りています」


 緊張した面持ちでサンドラが説明すると、クレストはうんうんと何度か頷いた。


「報告書で読んでて知ってたけど、凄い力を持ってるのね、聖竜の眷属って。いくらでもゴーレム造れるって本当?」


「本当だ。十万くらいなら余裕だな」


「非常識なまでの力ねー。いや、協力してくれてるんだから有り難いと思っておくわ」


 クレストの俺への態度は軽く、向こうもそのように接してくれと言われている。聖竜様に対して敬意は払うが、皇帝としての立場を立ててくれると嬉しいとのことだ。


 また、サンドラの俺への口調も『聖竜に選ばれた者だから特別扱いってことになってるんでしょ』と勝手に解釈してくれていた。ただ単に気安い方が楽なだけなんだが、そういうことにしておこう。


「ところでクアリアの職人達にゴーレム操作の指導をしたのはそちらの魔法士よね?」


「あ、はい。ロ、ロイと申します」


 いきなりクレストに呼びかけられて、ロイ先生が背筋を伸ばす。


「貴方、地味に凄いわね。全然畑違いの人達と協力してここまでの組織にするなんて。……なんで帝都にいる時噂にならなかったのかしら?」


「ははは、帝都は人が多いですから……」


 魔力が少ないロイ先生は帝都では冷遇されたはずだ。ここでなければ成果は出せなかっただろう。


「貴方、色々落ち着いたら帝都に来てみない? 研究室くらい用意できるけれど?」


「た、大変光栄ですがそれは……」


「陛下それは……」


「ロイ先生がいなくなると皆困るんだが」


 権力者らしい勧誘に俺達全員が困惑すると、クレストはにっこりと笑う。


「わかってる。すぐにじゃないわ。ここでやることが無くなって、まだ余が皇帝だったら連絡しなさい。名前は覚えておくから」


「は、はいっ。ありがとうございます!」


 皇帝直々の勧誘にロイ先生はぎこちなく笑みながら頭を下げた。嬉しいことは確かだが、複雑な胸中だろう。彼は出世とか栄達とかに熱心じゃないし、帝都にはアリアがいない。


「悪いわね、サンドラ。優秀な人を見るとつい勧誘しちゃうの」


「あの、ここは立ち上げたばかりの領地ですから、できれば控えて頂けると」


「わかってるって。流石に強引にはしないわよ」


 胸をなで下ろすサンドラを見て、クレストは明るく笑う。


「よし、大体わかった。さて、次はどこを見ようかしら」


「なにかご希望はありますか?」


 周囲を落ち着き無く見回す皇帝に、サンドラが聞く。


「そうねー。この作業以外はぱっと見普通なのよね。昨日見た大きな竜みたいなびっくりするのがゴロゴロあれば面白いんだけれど」


「流石にそういうのはたまにしかありませんが、ハリアになら会うことができますよ」


「ホント! たしか水竜の眷属だったわよね。話ができるって聞いてるけど、いいの?」


 クレストが俺の方を見て聞いてきた。俺が竜担当だと思っているのだろう。


「この時間だと宿屋にいるだろうな。せっかくだ、着陸場も見てみるか?」

 

 ハリアは荷運びした日は宿屋に泊まっていく。なんでも労働の後はベッドが良いらしい。あの見た目で寝床にもこだわりがあるのだ。


「いいわね。じゃあ、そっちへお願い!」


 こうして俺達は建築現場を後にした。

 歩き去る時、ロイ先生と職人達がほっとため息を吐いていた。さぞ緊張したことだろう。


○○○


 ハリアの着陸場はただの広場だ。ちょうど昨日降ろした荷箱があったので、クレストと共に眺めていたら、ハリアがふわふわ浮かびながらリーラと共にやってきた。


「こんにちは。クレスト皇帝」


 アザラシのような外見の生き物に頭を下げられて、クレストは目を丸くした。


「え、なにこの生き物? 可愛いけれど何で浮いてるの?」


「彼はハリア。水竜の眷属です。目の前の荷箱を運んでいた竜ですよ」


「…………」


 サンドラの説明にクレストはしばし沈黙。


「もしかして、皆で余を驚かせようとか企んでる?」


「いや、本当だ。竜の中でも上位のものは体を変化させることができる」


「……凄い昔にそんなこと聞いたことがある気がする。余も昔、何度か竜を退治したことあるけど、全部言葉も解さない獣みたいのだったから」


「ハリアはそんな駄竜とはちがうよ。水竜様の眷属だよ」


 そう言うとハリアは浮かんだままサンドラの腕の中に満足気な顔で収まった。


「う、なんか可愛いのってずるいわね」


 俺もそう思う。


「なんだったら、ハリアに大きくなって貰うことも出来るが?」


「そうね。お願いしたいけれど……。あ、どうせなら余が帰るときに大きくなってクアリアまで運んで貰うのはどうかしら?」


「陛下、それはちょっと……」


「ハリアは荷物しかはこばないよ?」


 サンドラとハリアが同時に難色を示したことで、クレストは頬を膨らませた。


「なんでよ。楽しそうじゃない」


「危険だからだ。万が一、皇帝に怪我でもされたら困るだろう?」


「へーきへーき。だって魔法で空飛べるもん。落ちても自力で何とかするわ」


 そういえば、魔法士でもあるんだったな。くそ、実力で常識を乗り越えてくる輩はやりにくい。


「仮に皇帝を乗せるにしても、あの荷箱しかないんだが……」


「平気よ。皇帝になる前なんて旅の空で雑な生活してたから」


 なかなか手強い……。


「陛下、そちらは後でロジェ様も交えて検討させて頂けませんか? この場のわたし達だけで決めるのはちょっと……」


 俺が説得しかねている横からサンドラがそう言うと、クレストが頷く。


「そうね。サンドラ達も困らせちゃうみたいだし、後で決めましょう。でもいいなー、誰も乗りたいとか言わなかったの?」


「まあ、気持ちはわかります……」


 結果的にマイアがやらかしただけだが、何人かは似たようなことを考えているだろう。


「もし乗ることになったら俺も同席しよう。そうすれば大抵のことには対処できる」


「ありがとう、アルマス」


 悩ましいとばかりに癖毛をいじるサンドラに言うと、少し安心した様子でそう返された

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