第118話「やはり、俺が彼女の相手を務めるのは避けられないらしい。」

 当たり前だが、皇帝が来るとわかってもいつも通り仕事は進む。

 聖竜領では下水路の工事が始まった。最初は屋敷と宿屋の間に大きく深いものを造ることになったので、ゴーレムは大型だ。作業を早く進めるために数も増やす。

 最終的に下水路は農村の横を通って、領地の南西側に作る予定の浄化施設まで伸びる予定だ。浄化された水は西側の山にある川に流すという。


 同時に水車小屋の建築も始まっている関係で、春以来の賑やかさだ。

 俺も朝からゴーレムを造り、畑の世話を合間にしたりと忙しい日々を過ごす。

 クアリアから職人達がやってくるので領内の人口も一時的に上がる。

 

 そうなると必然、ダン夫妻経営の宿屋兼酒場も忙しくなる。

 その日の昼休み、俺は宿屋で昼食を取ることにした。職人達と一緒にということも多いのだが、たまたま時間が合わなかった。ちなみにロイ先生は広場でアリアと弁当を食べるといっていたので俺一人だ。


「アルマス様、工事はどうですか?」


 そう言って、ダニー・ダンがカウンターにいる俺の前に紅茶の入ったカップを置いた。すっかり店主が板についたようで、動きに迷いがない。


「順調だよ。クアリアから来てくれた職人のおかげだな」


「それは良かったです。これから大変ですからね」


「……皇帝の出迎えで大分忙しくしているみたいだな」


「マノン様とドーレスがクアリアと聖竜領を行き来していますよ。なかなか落ち着けませんね」


「ロジェの話だとそんなに格式張ったことはしないで良いそうだが」


 話によれば皇帝来訪の名目は視察だと言う。あまり仰々しいことはせず、クロードが来た時のように聖竜領を紹介して回れば十分とのことだった。


「足りなさそうなものの補充だけじゃなくて、皇帝陛下が帰られた後の準備もしているんですよ」


「帰った後?」


「ええ、陛下がわざわざいらっしゃったとなれば帝都中の評判になるでしょう。聖竜領を訪れる人が増えるはずです。その時に供えて物資の準備ですね」


 少し困ったような顔をしながらダニーが言った。


「商売人としては嬉しい話のはずだが、浮かない顔だな」


「お客様が増えるのは嬉しいんですが。こちらから出せる物には限りがありますから」


「それもそうか……」


 聖竜領の特産品はそれほど生産量が多くない。需要に供給が追いつかないな。


「今からハーブの増産もできませんし。来てくれた方には快適に過ごして貰って、将来に期待して貰おうと思います。もちろん、しっかり取引はするつもりですが」


 ダニーの目は聖竜領の未来を見ている。頼もしい限りだ。


「これからどんどん忙しくなるな」


「いい流れが続いていますから、どうにかものにして見せます。人が増えれば、この辺りも店が増えて賑やかになって、商売敵も出てくるから油断できませんしね」


 確かに、そういうことも起きてくるか。


「困ったことがあったら言ってくれ。そうだ、皇帝の動向はわかっているか?」


「予定ではそろそろクアリアに来るはずですよね。スルホ様達が帰るのと合わせると聞いていますが」


 どうやら、俺が屋敷で聞いた最新情報はまだ伝わっていないようだ。サンドラから許可は得ているし、教えておこう。


「明日、スルホ達と皇帝がクアリアに着くそうだ。あとはいつ来るかは皇帝次第だな」


「いよいよですね。サンドラ様は何か言っていましたか?」


「四日後、ハリアがクアリアと往復するだろう? それを見てから来るんじゃないかと言っていたな」


「流石はサンドラ様。たしかにハリア君の輸送は見応えがありますからね。では、それに向けて準備を進めましょうか」


「あまり気負わないようにな」


「わかっています。サンドラ様がちょっと心配ですね」


「そこはなんとか上手くやれることを祈っておいてくれ」


 サンドラの緊張は少しほぐれたとはいえ、皇帝本人を目の前にすればどうなるかわからない。そこはもう彼女を信頼するとしよう。

 そう考えながらお茶を飲んでいると、ロイ先生が店に入ってきた。


「良かった、まだ森に帰っていませんでしたか。アルマス様、少しゴーレムのことで相談がありまして」


 どうやら、休憩は終わりのようだ。

 俺は硬貨を何枚か出して、ダニーに渡す。


「ごちそうさま。また来るよ」


「毎度ありがとうございます。お気を付けて」


 アリアと良い時間を過ごしたのだろう。

 満足げなロイ先生と共に、俺は宿屋を出た。


○○○

 

 四日後、ハリアが飛んだ日の昼頃。魔法具でクアリアから「皇帝出立、到着は夕方」の連絡があった。

 サンドラはすぐに号令をかけて、出迎えの準備を開始。

 夕刻少し前には手はずを整え、聖竜領の主立った面々が屋敷の前で出迎えの準備を整えていた。皇帝の馬車の位置は正確にわかる、わざわざ聖竜様が『そろそろ来るはずじゃ』とウキウキした声で教えてくれた。


「来たな……」


 屋敷前の道の向こう、馬車の音がしたので俺が言う。


「ええ、みんな。平常心よ」


 そう言って、サンドラは首から下がっている宝石のはまったペンダントをぎゅっと握った。母の形見の綺麗なサファイアがはまった、大切な品だ。


 やって来た馬車は三台。先頭と最後のはクアリアのもの。中央の馬車は新しく、頑丈そうで、一部に優美な装飾が施されていた。間違いなく、あれに皇帝が乗っている。


「ありゃあ、一台で来ようとして慌てて護衛を付けられたんじゃろうなぁ。昔から少人数で動きたがるんじゃよ」


 馬車を見たロジェが、ぼやくようにそう言った。


「帝国五剣だから、危険は自分で対処できるということか……」


「その前に皇帝じゃからやめろと何度もいっておるんだがの」


 そんな話をしている内に、馬車が止まった。

 クアリア製のものからは武装した兵士が降りて、隊列を組む。

 

「…………」

 

 聖竜領らしくないものものしい光景に沈黙していると、中央の馬車の扉が開いた。


「よいしょっ、と」


 そこから現れたのは、純白のドレスを簡略にしたような服を着た、金髪の少女だった。

 身長はサンドラより少し低いくらい。髪は白に近い金髪で、背中まで伸ばされ何カ所かでまとめられている。

 深い緑色の瞳に、整った造形の顔、尖った耳。背丈相応の子供っぽさがあるが、どこか気品を感じられる表情は、静かな笑みを湛えていた。

 そして、額には略式の冠を現しているのだろう、金属製の飾りが巻かれている。

 間違いない、彼女こそ、イグリア帝国の皇帝。クレスト・ラン・イグリアだ。

 

「おー、おー、想像通りの大自然! 故郷の森を思い出す! おっと、もしかして、あの竜が教えてくれたのかな!?」


 動きにくそうな服で馬車から身軽に降りるなり、周囲を見ると、皇帝は明るくそう喋り出した。


「おっと! そこにいるのはサンドラだね! いやー大きくなったね! 赤ん坊の頃、一度だけ見たことがあるんだけど、覚えてる?」


 皇帝は想像だにしなかった軽い態度でサンドラに近づくと次々とそう話しかけた。


「え、いえ。申し訳ありません。流石に……」


「そっかそっかー。まあ、そうよねー!」


 戸惑うサンドラにあくまで気軽に応じて、


「では、改めて。出迎えご苦労。サンドラ・エクセリオ男爵」


 急に口調と態度を変えて来た。

 その変わりように圧倒されつつも、サンドラはすぐに反応した。

 俺以外の聖竜領の面々全員がその場に跪く。


「ようこそおいでくださいました。皇帝陛下」


 一人だけ立っている俺と、臣下の礼を取るサンドラ達。


「うん……合格! あ、全員立っていいよ」


 それらを眺めてから、皇帝はにっこりと笑った。指示に従い、サンドラ達が立ち上がる。


「試すようなことをしてごめんね。サンドラがちゃんと領主できてるか見たかったの」


 そう言ってから、皇帝は俺の前につかつかと歩いてきた。

 大人と子供ほどの身長差で、下から俺をじっと見てくる。


「貴方が聖竜の眷属、アルマス・ウィフネンね」


「そうだ。イグリア帝国の皇帝で間違いはないか?」


 俺の問いかけに、皇帝は笑みを深くすると右手を差し出して来た。


「ええ、余はイグリア帝国皇帝クレスト・ラン・イグリア。今は偉そうにしてるけど、元は根無し草の旅人よ。偉いのは座ってる椅子の方ね」


 俺は右手を握りながら、穏やかな口調で返す。


「なら俺と同じだな。偉いのは聖竜様で俺ではない」


「あはは、いいわね。貴方、気に入ったわ!」


 その返しが気に入ったのか、皇帝は声をあげて笑ってから言う。

 

「今回は貴方と聖竜領について知りに来たわ。よろしくね!」


 やはり、俺が彼女の相手を務めるのは避けられないらしい。

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