第117話「本当に聖竜様は動じないな。流石だ。」

「……そう、サンドラ様はそんなことを気にしていたの」


「目上の人間が来て緊張するのはいつものことだが、今回は過去最高だな。……美味いなこれ」


 サンドラ達との話を終えて執務室を出た後、俺は食堂に立ち寄っていた。昼食後の片付けを終えて短い休憩中だったトゥルーズは快く出迎えてくれて、今は一緒のテーブルで菓子など食べている。


「……良いリンゴが手に入ったからタルトにしてみた。クアリアの北側の品種はお菓子向き」


「品種によって味が変わるのか……。色んなところから美味しい食材を運んでこれれば面白そうだな」


「……そこでアルマス様に相談。冷凍魔法のかかった箱をドーレスに持たせて普通なら保存のきかない食材を持って来てもらおう」


 トゥルーズの提案はとても魅力的だった。魔法のかかった保管箱のことはサンドラに相談が必要だから、今度話そう。

 いや違う、うっかり食材の話題になってしまった。問題はサンドラだ。


「その件はあとでサンドラにも相談しよう。それはそれとして、サンドラ個人のことだ。俺も気を付けるから、皆もそれとなく見ておいてくれ。一年以上領主をやっているとはいえ、まだ十四だし、責任感がありすぎるところがあるからな」


 俺がそういうと、トゥルーズが柔らかく微笑みつつ言う。


「……わかってる。サンドラ様の心労が軽くなるように頑張ってみる。でも、相手が皇帝陛下となると仕方ないかも」


「トゥルーズも緊張しているのか?」


 意外だ。そういうのとは無縁に料理人としての道を進んでいると思っていたのに。


「……クレスト皇帝陛下は私も好き。料理人を志した時にいつかお客様として迎えたいと思っていたくらい。それで、色んなところで修行して宮廷料理も身につけてもいる」 


「つまり、料理人としての夢が向こうからやってきたわけか」


 こくりと頷くトゥルーズ。


「……そう。光栄であると同時に、責任も感じている。皇帝陛下は帝国五剣でもあるから、共を連れてこないことが多い。今回も現地の人間が料理を提供する可能性が高い。口に合うものを出したい」


 トゥルーズの嘘偽りない本音なのだろう。俺の方を見て言うその姿は責任ある立派な料理人だ。表情の変化は乏しい彼女には珍しいくらい、感情が表に出て来ている。


「責任重大というわけだな」


「……そう。アルマス様、もしかして私にそういう心は無いと思ってた?」


「いやそんなことはないぞ」


「……ほんと?」


「ほ、ほんとだ」


 意外だと思ったのは事実だ。なんだかいつも満足気に料理をしているからな。


「……私も帝都で色々あったから、自分にできることでサンドラ様を支えたいと思う。だから、全力を尽くすよ」


 聖竜領に来た最初の十人。サンドラに選ばれた面々は、帝都で何かしらあった者達だ。トゥルーズだって例外ではない。何もなくて、未開の魔境まで同行しない。


「トゥルーズ、俺に協力できることがあれば言ってくれ。保存用の魔法ならいくらでもかけよう」


「……本当? じゃあ、アルマス様用に保管してあるキンソウタケのオイルを使ってもいい? 全部」


「え、あれを全部か……う……」


 キンソウタケのオイルは昨年、エルフの村で貰ったものを大切に使っている。熟成されたのか、今あるのはとても芳醇な味わいで、希少なのだ。


「……今、協力するって言ってくれた」


 トゥルーズが半眼で俺を非難するかのように言ってきた。


「わかった。遠慮無く使ってくれ」


 まあいいか。今年もエルフの村で貰えるかも知れないし。聖竜領の特産品で皇帝をもてなすのは良いことだ。


「俺の分だけじゃなくて、トゥルーズの分も使うんだよな?」


「……………………もちろん」


「今、いつもより沈黙が長かったようだが?」


「……アルマス様は勘が良い。……今年も貰えないかな、キンソウタケ」


「ああ、ルゼに相談してみよう」


 どうやら、皇帝陛下の来訪というのは俺が思っている以上に皆の心理に影響があるようだ。

○○○


『と、いうわけで皇帝が来るということで皆がそれなりに浮き足だっていますね』


 屋敷を出た後、領内を一回りしたた俺は広場の石像前で聖竜様にそんな報告をしていた。

 皇帝のことを聞くと誰もが緊張すると言っていた。恐れと憧れ、それが同居しているようだ。 


『まあ、この国最大の大物じゃからのう。サンドラが心配じゃ。あの歳でアリアから胃に効く薬草とか貰っておるみたいじゃぞ?』


『それは確かに心配ですね。一段落したら、どこかで息抜きさせてあげないと』


『マノンが来てようやく少しゆっくりできそうじゃったのにのう。……む、このタルト物凄く美味いのう』


 聖竜様の像にはトゥルーズから貰ったさっきのリンゴのタルトを供えた。気に入って貰えたようだ。


『なんでもリンゴが特別だそうですよ。輸送とか保管が上手くなれば、もっと色々と入ってくるかもですね』


『む、それは楽しみじゃ……。しかし、皇帝か。お主としてはどうなると思う?』


『ロジェはあまり心配するなと言っているようですし、普通にしていれば大丈夫かと』


 現在滞在中の帝国五剣の一人ロジェ。彼は皇帝の知己である。それが特別な警告をしていないのだから、皇帝というのはそこまで気難しくないのだと思う。

 ロジェが俺達を陥れるためにそう言っていると考える者もいそうだが、ここには愛する孫娘であるマイアがいる。陰謀を働く理由はない。


『お主の判断を信じるとしよう。必要とあらば、ワシが夢枕に立つくらいはするのじゃ。しかし、あれじゃな、聞いた感じ見るのがちょっとだけ楽しみじゃ。なかなか複雑な生い立ちのようじゃしの』


『たしかに人物像が想像できないですしね。面倒なことを言われないように注意はしましょう』


 なんだか聖竜様がいつも通りで安心する。流石は世界を創りしお方だ。器が大きい。


『上手く仲良くなれれば帝都から美味しいものから送って貰えるかのう……』


『まあ、できると思いますが』


 本当に聖竜様は動じないな。流石だ。 

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