第116話「持っている肩書きが凄すぎる。」

 聖竜領の領主の執務室。マノンが来たことにより机が増え、少し手狭になったその部屋は領地の中枢であり大事な意志決定がなされている。

 その室内で、領主サンドラ・エクセリオは頭を抱えていた。


「うう……まさか皇帝陛下が来るなんて。しかもこんな唐突に……」


「もういいじゃないか。決まってしまったことだ」


 応接用の椅子に座った俺は、のんびりと茶を一杯。今日の護衛はマルティナだ。リーラに劣らず茶を淹れるのが上手い。

 サンドラを悩ませているのは、ロジェからもたらされた『皇帝陛下来訪』の報だ。なんでもシュルビアがクアリアにやってくるタイミングに合わせて、帝国東部を回ることになったらしい。その際、ついでとばかりに聖竜領の視察に来るつもりだそうだ。


「驚いた。サンドラ様はこういうのを気にしないと思ってたのに。学生の頃なんか周囲を気にも留めないという感じだったんですよ」


 仕事用の口調で言うマノンに、サンドラが呻くように答える。


「相手が大物すぎるの……。状況的に、そのうちお会いすることになるだろうとは思っていたけれど、それでも早すぎる。あと、学生時代の話はやめて」


 サンドラの学生時代に興味はあったが、今は皇帝来訪だ。俺もその対策で協力できることはないかと思ってここにいる。


「完全に向こうの都合でやってくるわけだしな、仕方ない。むしろ、ロジェのおかげで情報が入ったのを喜ぶべきじゃないか? 前向きに考えるんだ」


 皇帝が聖竜領を気にしているのは、東都でクロードも言っていた。となればクアリアに来る用件ができたのは渡りに船だ。『すでに皇帝がクアリアにいて明日来ます』みたいな不意打ちになるより大分マシだろう。


「前向きね……。なんだか余裕をもって構えてるみたいだけれど、アルマスだって他人事じゃないのよ」

 

「……そうなのか? いや、それなりに応対は必要だと思ってはいるが」


 基本、サンドラ達が一緒だから案内するだけで良いと思っていた。クロードの時みたいに。

「世界を創りし六大竜、その眷属。視察の本命はあなたと会うことだと思うわ。なにか間違いをしたら……アルマスって意外と変なことをしでかしそうにないわね。こういう時」


「俺をどんな奴だと思っているんだ……」


「アルマス様は東都の時のように平常心で対応して頂ければよいかと。むしろサンドラ様の方が気負いすぎですよ。第二副帝とだって何度かお会いしているでしょうに」


 マノンの言うとおりだ、相手が皇帝とはいえサンドラは緊張しすぎだ。彼女だって、普段通りしていれば何事もないだろうに。


「だって、クロード様は子供の頃から知っているもの。でも、皇帝陛下はよく知らないし、考えも目的も見えないから……」


 なるほど。相手が未知の存在だから不安になっているわけだ。


「それだったら、ロジェに色々聞いたんじゃないのか?」


 酒場でロジェが手紙を開いたあの日、サンドラはその場で沢山質問をしていた。酒も料理もおごりながらだ。


「聞いたのだけれど、『帝都の大貴族のような歓待は必要ない。この領地のできるだけで十分じゃろう』と言われたくらいよ。理屈はわかるけれど、流石に何かしないといけないと思っちゃって……」


 そう言って再び頭を抱えるサンドラ。ちなみに彼女はしっかり仕事はしている。水車小屋の建設は進み、下水工事も数日後には始まる。俺もゴーレム造りで参加の予定だ。 


「なあ、サンドラ。皇帝について詳しく教えてくれないか?」


 今日ここに来たのは苦悩するサンドラを眺めるためでは無い。皇帝の名前を聞いただけで胃を抑えた彼女を助けるためだ。まずは敵……別に戦うわけじゃないので相手について知りたい。

 サンドラはハーブティーを一気に飲むと、癖毛に振れつつ、ゆっくりと語る。


「陛下の名前はクレスト・ラン・イグリア。在位二十年の女性の皇帝よ。特徴としては、高名な学者であり、実力ある魔法士であり、帝国五剣でもある。まさに超人……」


「待ってくれ。それは本当に人間なのか?」


 持っている肩書きが凄すぎる。人生を何周かしないととても修めきれないような経歴だ。


「人間ではないわね。皇帝の血筋はエルフやドワーフと混血が進んでいてね。クレスト陛下はそれぞれの特徴がわかりやすくでているの。見た目は人間だけれど、背が低く、耳が少し尖っていて、長命よ。確か、今年で百六十才だったかしら」


「なんと……凄いな国だな……」


 こういうのはもっと血筋とかを大事にするかと思ったのに、まさかの混血とは。


「わたしもお会いしたことはないのだけれど、見た目は可愛らしい少女だそうよ。若い頃から百年以上、帝国各地で活躍し、二十年前に皇位継承で揉めたのを平定。そのまま皇帝をやっているの」


「学識は豊かで強くて可愛く美しい、市井の事情にも詳しい歴代屈指の人気の皇帝なんですよ」


 補足をするようにマノンが付け加えてくれた。


「なんだか、悪い人のようには思えないんだが」


 俺の感想にサンドラは頷く。


「政治的に必要なら強引な手段も取るけれど、基本的にわたし達に悪意や敵意は無いと思うの。ただ、聖竜様とアルマスをどう捉えているかがわからなくて……」


「聖竜様と俺か……」


 まさかサンドラの悩みの種が俺達だったとはな。


「わたしは、丁重に扱うべき存在だと思っている。そもそもこの聖竜領だって、イグリア帝国どころか世界ができた時から聖竜様の場所なのだから。しっかり敬意を持って接すべきだと」


「あんまり褒められると恥ずかしいんだが。多少気安い方が俺は気楽だぞ」


 多分、聖竜様もそうだ。あんまり崇められると過ごしにくそうだしな。

 俺がそう返すと、サンドラは苦笑した。


「そうは言っても客観的な事実を積み重ねて検証すると、あなた達はとんでもない力を持った存在なの。ハリアだってそう。それを見て皇帝陛下がどう思うか……」


「結局、サンドラは何を心配しているんだ?」


 皇帝のことは凄い人物だということは少しわかった。人格面はわからないが、話はある程度できそうに思える。 

 その上でサンドラの懸念の中身が見えない。 

 彼女はじっくり考えてから、視線を中空にやって呟く。


「……そうね、皇帝陛下があなたを見て、想像以上にこちらに支援をすることかしら。それで人材が送り込まれて……。ああ、そっか……わたし、自分の居場所が奪われないか心配なのね」


 話しながらそう言うサンドラは、初めて自分の心中に気づいたようだった。

 癖毛をいじる手を止め、大きくため息を吐く。


「こんな時なのに、自分のことを心配してたのね。わたしは……」


 情けないと呟いて、再び頭を抱えた。


「サンドラ。自分の心配をするのはおかしいことでも、恥ずかしいことでもない。特にここは、君が一から作った自分の居場所だ」


 それが余所から来た他人にまるごと持って行かれるのは不服だろう。それは相手が皇帝であっても変わらない。


「ねぇ、サンドラ様。仮に皇帝陛下がもっと良い領地を与えると言っても、不服かしら?」


「もちろんよ。ここがわたしが住むと決めた領地だもの。みんなもいるしね」


 マノンの問いかけに、サンドラが即答した。

 それを聞いて室内のマルティナや事務のメイドをふくめた全員が微笑んだ。


「では、そうなるように俺も協力しよう。皇帝が俺達を尊重してくれるなら通るだろう」


 そもそも、聖竜様がサンドラ以外の領主は認めない。何とかなるだろう。


「ありがとう、アルマス。ごめんなさい、取り乱してしまって」


 少し不安が和らいだらしい。サンドラは穏やかな笑みを浮かべていた。


「仕方ないさ。相手が相手だ。周りの人間も君を支えてくれるだろうから、きっと大丈夫だ。ああ、ところで一つ相談があるんだが」


 懸念材料が一応片付いたところで、俺は別の話題を切り出した。


「実はクロードと書類を提出がてら魔法具で情報をやりとりしてな。皇帝が来るなら自分も行きたいと言ってるんだがどうしよう?」


 それを聞いたサンドラが胃を抑えて、呻くように言う。


「……できれば、日をずらして貰うようにお願いして」

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