第115話「これはきっと、厄介なことに違いない。なんとなく、全員がそう察知した。」

「ようやく文明らしい所に帰ってこれて嬉しいよ」

「今更じゃが、アルマス殿は結構俗っぽいのう。聖竜の眷属ならもっと超然としてそうなもんじゃが」


 聖竜領のダン夫妻経営の宿屋兼酒場。そこで料理や飲み物を前にして喜ぶ俺を見て、ロジェが呆れ気味にそう言った。


「人里離れた場所で世捨て人のような生き方をするより、色々と充実している方が便利でいいだろう?」


 俺は進んで不便な生活をしたいわけじゃない。森の中で四百年以上生きていたのもそれが役目だからだ。


「成果は今一つでしたが、充実した日々でした……っ」


 肉料理をガツガツ食べながらマイアが言う。

 それを見て酒を飲んでいるロジェが目を細めた。孫娘との濃厚な日々に満足したようだ。


 結局、氷結山脈での魔物狩りは七日ほど行われた。

 残念ながら魔石は無し。年月を経た大物はこの辺りにはいないらしい。

 代わりに高く売れそうな魔物の素材を大量に確保できたので、それはそれで良しだ。量が多すぎるので、そこかしこに置いてきたので回収が大変ではあるが。


「魔石に関しては気長に探すしかないな。あるいは、氷結山脈のもっと北側に行けばいいかもしれないが」


「北か……あんまり行くとドワーフ王国の領土になってしまいますからね」


 聖竜領の北に聳える壮大な氷結山脈。その向こうはドワーフ達の国、北方ドワーフ王国だ。あちら側までは聖竜様の力も届いていないので、魔石を採れるくらいの魔物がいる可能性は高い。

 とはいえ、俺達が行くのは無理な話だ。イグリア帝国とドワーフ王国の関係は良好だそうだが、国境付近というのは古来から扱いが繊細なものである。


「いっそ、ドワーフ王国から氷結山脈を通って、色んなものを運んで貰えればいいんじゃがな」


「それは危険だな。昨年、一人のドワーフが実践したが、あと一歩で死ぬところだった」


 行商人のドーレスが聖竜領に辿り着けたのは奇跡に等しい。単独であったのと本人の強運の賜物だ。商隊で来たら魔物に襲われて全滅だろう。


「むぅ……。ここに流れ込んでおる川も山の途中で切れておったから水運もできんしなぁ」


「そんなことを考えていたのか」


 帝国五剣といっても剣のことばかり考えているわけではないようだ。たしかに聖竜領内の川は氷結山脈が源流なので北まで抜ける道はない。


「いっそハリアに運んで貰えばいいのでは?」


「おお、その手じゃ! 流石は儂の孫!」


「いや、大騒ぎになるだろう……」


 確かにハリアの輸送なら平気だろうが、確実に大騒ぎになる。政治的な調整が相当必要だ。

「やはり気長に探すとしましょう。エルミアが腕を上げたらそれに見合った魔石を用意してみせます」


「そうじゃのう。儂も色々と伝手(つて)をあたって情報を集めておくのじゃ」


 とりあえず、二人の意見は無難なところにまとまったようだ。


「ところでアルマス殿、マイアに良い人はおらんのか?」


 急に真剣な顔をして、ロジェがそんなことを言ってきた。


「お、お爺様、なにを突然!?」


「儂も老い先短い身じゃ。ひ孫を抱きたいと思うくらい構わんじゃろう?」


 言いながらロジェは空になった酒瓶を逆さにして振る。なんだか後百年は生きてそうなくらい健康に見えるんだが。


「俺の知る限りではそういう話は聞かないな。というか、本人が目の前にいるんだから直接聞けばいいだろう?」


「む、そうじゃな。で、どうなんじゃ?」


「そういう話はありませんし、おりません!」


 顔を赤らめながら即答するマイア。それを聞いて憮然とした表情になるロジェ。


「なんと。これだけの美人を前にして何もせんとは。聖竜領の男どもはどうなっておるんじゃ。孫娘に寄って来た男を見定めるつもりじゃったのに」


「見定めるって具体的に何をするんだ?」


「勿論、儂と手合わせするのよ」


 ひ孫が見たいのか見たくないのかどっちなんだ。


「まあなんじゃ。こういうのも年寄りの楽しみじゃよ。悪いが付き合ってくれ」


「巻き込まれる方は大変だな」


「まったくです」


 楽しそうに笑うロジェ相手に俺とマイアがぼやくと、酒場に新しい客が来た。


「良かった。ここに居たのね」


 入ってきたのはサンドラとリーラだった。


「人里に戻ってきたので人間の生活を噛みしめているところだが。何かあったのか?」


 急いできたのか、サンドラの方は息を弾ませている。彼女が慌てて、しかも直接来なければならない用件があったと見るべきだ。


「帝都からロジェ様に至急の手紙が来たの。ちょうど帰ってきたと聞いたから急いでね」


 そう言うと、サンドラが手紙を取り出す。


「儂に? 休暇中なんじゃがの……」

 

 そう言いつつ、手紙を受け取ったロジェは封を破って中身を読み始めた。


「氷結山脈から無事に帰ってきた上、とても元気そうで良かったわ。明日からロイ先生も交えて工事の打ち合わせをお願いすると思うけれど、いいかしら?」


「ああ、構わない。思ったより長く家を空けてしまってすまないな」


「いいのよ。これでロジェ様の歓待になってるみたいだから。マイアもお疲れ様」


「ありがとうございます。明日からは心機一転、護衛の仕事に戻ります!」


 サンドラに会うのも七日ぶりだ。話すべき事は沢山ある。ロジェが手紙を読んでる間に軽く情報を交換しておくことにする。


「ふむぅ……これは困ったことになったかもしれん」


 小声でやり取りする俺達の横で、ロジェがそんなことを言った。

 全員が彼に注目する。

 休暇中の帝国五剣に急ぎの手紙。それで困ったこと。

 これはきっと、厄介なことに違いない。なんとなく、全員がそう察知した。

 次の言葉を待つ俺達に、ロジェは厳かな口調で言う。


「近いうちに、皇帝陛下がこの聖竜領にいらっしゃるそうじゃ」

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