第114話「家族の関係としては変わっているが、これはこれで良いのだろう。」
「おおおぅっ!」
「そおりゃああ!」
氷結山脈の山中。草木の無い岩だらけの狭い地形にマイアとロジェの叫びが響く。
二人の前にいるのは人間大の大きさはある漆黒の巨大な猪。氷結山脈の奥地でなければ目にすることもない珍しい魔物だ。
魔物は全身が傷だらけで、どす黒い血を地面に流している。もう何度二人に斬られたかわからない、流石の丈夫さだ。
「む、これは決まったな」
帝国五剣とその元弟子が魔物の左右に回り込み、ほぼ同時に剣を振るった。
ロジェが振るうのは魔剣、マイアの剣には俺の魔法がかかっている。
「終わりじゃあ!」
「だああ!」
動きの鈍った魔物を左右から、強烈な斬撃が襲う。
「ブオオオオオオ!」
辺りを揺るがすような轟音をあげて、魔物はその場に横たわる。
舞い上がる土煙。地面に広がる黒い血。
致命傷だ。まだ痙攣しているが、放って置けば死ぬだろう。
「二人とも、止めをさしてやってくれ」
「うむ。では、致命の一撃を与えた儂が」
「いえお爺様。私の剣の方が早かったです。ここは私が」
「なんじゃと」
「……どちらでもいいから早くしてくれ」
氷結山脈に入って三日目、幾度となく繰り返されたやりとりを見ながら、俺はため息と共に言った。
○○○
「うーむ。無いもんじゃのう」
「今度は大物だからいけると思ったのですが……」
「魔石というのはそう簡単に手に入るものではないということだな」
魔石。それは、大型の魔物の体内からときおり発見される魔力の塊だ。加工して魔剣の材料に使うなどで、強力な効果を発揮するという。
するという、なんていう曖昧な表現なのは俺も見たことがないからである。
魔石を体内に宿す魔物の条件は大型であること年月を経ていること。体内に強大な魔力の循環を持った上で、長い時をかけてようやく作り出されるものなのだ。
この年月というのが問題で、数百年で小指の先よりも小さく、数千年生きていてようやく拳大の大きさになる。
何千年も生きている魔物というのは数が少ない上に強力で、生息域が人里から遠く離れている。端的に言って危険すぎるので魔石目的の魔物狩りは滅多に行われない。
ロジェが提案したのも数百年程度の魔物狙いの狩りである。
しかし、聖竜領を離れて既に三日、俺達三人は氷結山脈のかなり奥地まで来たが結果は出ていなかった。
先ほどの黒い猪は一番の大物だったが、残念ながら外れだった。
全員でがっかりした後、肉体的にも精神的にも疲れてきたし、日暮れが近いので焚き火を囲んで休憩することにした。
「アルマス殿、お前さんの力ででかいもっとでかい魔物を見つけてくれんか?」
「今日のあれもかなり大きかったんだがな。だが、氷結山脈には大型の魔物があまりいないんだ」
「それはどうしてですか?」
「近くに俺と聖竜様がいるからだ。強い魔物になれば知性もある、危険な相手がいる場所には近づかない」
「なるほど……」
「確かに聖竜領近くは殆ど魔物がおらんかったの」
おかげで氷結山脈の奥深くに分け入ることになり、文明的な暮らしから遠ざかって三日だ。いくらエルフの携行食が美味しいといっても、限度がある。
「散々暴れ回らせておいて何だが、休暇がこんなのでいいのか?」
聖竜領に来るなり、山へ入って魔物狩りだ。危険な上に過酷、休暇とは程遠いのではないだろうか。
俺のそんな質問を聞くと、ロジェはにやりと笑う。
「いや、むしろこの方がいいんじゃよ。帝都にいると机仕事ばかりな上、気軽に剣が振れんでのう。強くなって偉くなると剣を抜く機会が減るんじゃよ」
「そういうものか」
「それにこうやって孫娘と一緒に剣を振れるのは幸せじゃ。若い頃は家内と一緒に魔物狩りで生計を立てていた時期もあってのう」
「お婆さまは魔法士でして。若い頃はお爺様と帝国各地を回っていたと聞きます」
「なかなか面白そうな話だな。興味深い」
「お婆さまに昔話を聞くと『あの頃はロジェに連れ回されて大変だったよ……』と誰も知らないような武勇伝を聞かせてくれたんですよ!」
「あいつそんなこと言ってたのか……。孫よ、それは間違いじゃ。そもそも魔物の研究者だったあいつに儂が巻き込まれてたんじゃよ」
そう言うロジェの顔は穏やかだ。これはこれで休暇として機能しているらしい。
「ところでアルマス殿。魔石のことで気になっていることがあるんじゃが。……お前さん、竜じゃよな。それもかなり強力な」
最後の一言に、マイアが息を呑んだ。そのうち言われそうだと思っていたが、やはり来たか。
「確かに俺は竜だが、残念ながら体内に魔石はできない。ああいうのは、体内で魔力が上手く循環していない生物にしかできないそうだ」
眷属になってすぐ、気になって聖竜様に聞いたことがある。体内に石ができたら凄い痛そうなので気になったのだ。
「しかし、竜の体内には確実に魔石があると聞いたことがありますが」
「それは魔物に分類される下等な駄竜の話だ。俺やハリアは世界を創りし六大竜の眷属。同じ竜でも別物だ」
魔物というのは成長し続けると体内の魔力の流れが歪んでいき、魔力が結晶化するようになる。これに対して眷属は最初から莫大な魔力が循環するように作られている。
魔物としての竜は、六大竜を模して作られたのだが、眷属の肉体ほどの造りにはなっていない。勿論、竜が他の生物とは一線を画す存在なのは間違いないが。
「念のために言っておくが、ハリアの身体にも魔石はできないぞ」
「軽い冗談じゃよ。真面目に返答しおって」
「そもそも手に入れられる気がしません。いえ、交渉でなんとか……」
軽い口調で言う二人だったが、俺の体内に魔石があればどうにかして手に入れようと画策しそうで恐いな。
「まあ、領内で次の工事が始まるまでまだ時間がある。もう少しくらい付き合うよ」
「かたじけない。久しぶりに遠慮無く剣が振れるのが嬉しいでの。大物をもう二、三仕留めときたいのう!」
そう言って楽しそうにロジェが笑った。
横のマイアも満足気だ。家族の関係としては変わっているが、これはこれで良いのだろう。
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