第113話「なんだか目の前でよくわからない喧嘩が始まった。」

 夏の終わりが近づき、日中の日差しも少し和らぎ始めた頃。

 聖竜領に久しぶりの客人がやってきた。

 時刻は夕方、涼しい風が畑を渡り、田舎特有の美しい情景が自然と演出されている。


「一年ぶりじゃが、相変わらず良いところじゃの」

 

 馬車から降りた老人、帝国五剣のロジェは屋敷前で待っていた俺達の顔を見ると、笑顔でそう言った。


「お久しぶりです、お爺様」


「うむ。元気そうで何よりじゃ。少し逞しくなったのう」


「鍛練を積んでおりますから!」


 真っ先に近寄って行ったマイアは嬉しそうだ。今朝方馬車を見かけたハリアのおかげでこうして出迎えることができたのは良いことだった。


「お久しぶりです。ロジェ様」


「元気そうで何よりじゃ。色々と活躍は聞いておるぞ。サンドラ・エクセリオ」


「もう知られているのですか?」


「少し前に帝都で噂になっておった。家を捨てるとは大きく出たもんじゃのう。儂も少し驚いたわ!」


「方々を騒がせてしまったみたいですね」


「なに、多少なりとも事情を知る者としては痛快である。若い者が元気なのは頼もしい。見たところ、領地の方も順調なようじゃな」


「はい。おかげさまで何とかなっています」


 好々爺といった表情でからからと笑った後、ロジェが俺の方を見る。


「アルマス殿も元気そうじゃな」


「そちらも壮健なようで何よりだ」


「うむ。孫娘の成長を見るのが楽しみでな。どれだけ腕が上がったか後で試すとしよう」


 長旅を終えたばかりだと言うのに元気なことだ。腕試しに巻き込まれないように注意しよう。


「お爺さま、明日で構いませんので、見て頂きたいものがあるのですが」


「む、なんじゃ?」


「ここの鍛冶屋が魔剣を打てるようになったのです」


「は?」


 想定外の話だったんだろう。返事が素だった。

 説明が必要そうなので俺が前に出る。


「昨年、この地に来たドワーフの鍛冶がいるんだが。試しに剣を打ったところ魔剣になったんだ。その手の話に詳しい者がいなくてな、もし何か知っていれば見て欲しい」


 魔剣の鍛冶については聖竜領に詳しい者がいない。だが、帝国五剣の一人ならば、俺達に無い情報を持っている可能性は高いと思っての頼みである。


「……とんでもないところじゃな、ここ。魔剣を打てるドワーフの鍛冶はイグリア帝国全体で十人いないんじゃぞ」


 どうやら図らずも貴重な人材を得てしまったようだ。横でサンドラが「やっぱり魔剣を専門で造って貰って特産品に……」と呟いているのは今は置いておこう。


「お爺さま、長旅を終えたばかりですし、荷物を置いて明日にでも……」


「何を言っておる! 魔剣鍛冶となればおおごとじゃ。すぐにでも見る! 荷物はお供に運ばせれば良い。どこじゃ! 鍛冶は!」


 マイアの気遣いを無視して急かし出すロジェ。元気な老人だ。それを見たサンドラがメイドに指示を出して荷下ろしを手伝うように命じ始めた。


「俺もついて行こう。魔剣の話は興味がある」


 そう言うと、サンドラが軽くため息をついた。彼女は彼女で色々と出迎えの準備を整えていたからな。残念ながら空振りだ。


「夕飯までに帰ってきてね」


 まるで遊びにでかける子供にかけるような言葉に送り出され、俺達はエルミアの鍛冶屋へと向かった。


○○○


「うむ。間違いなく魔剣じゃ……」 


 エルミアの鍛冶屋。その外に設けられた試し切りの広場で、短剣を手にロジェが興奮気味にそう呟いた。


 村はずれにある鍛冶屋に駆け込んだ俺達は、エルミアに手短に事情を説明。そのまま薄暗い中、魔剣の実演をしたという流れである。

 ちなみにロジェの名前を聞いたエルミアは感動に打ち震えていた。帝国五剣は憧れの存在だそうだ。


「未熟な出来でお恥ずかしいですだ……」


「何を言っておる! 初めて作った剣が魔剣になったなど、お前さんの腕が良いからに他ならぬ! 魔剣を打つ才は地道な努力と丹念な仕事を重ねた者にのみ宿ると言うんじゃよ」


「……あ、ありがとうございますだ」


 ロジェの優しい言葉に、エルミアが涙ぐむ。こうして努力が認められる瞬間は誰だって嬉しいものだ。


「そこで相談なんじゃが。儂に一本魔剣を打ってくれんかのう? 金なら出す。気の済むまで試作して最高の一本を……」


「お爺様! エルミアが最初に魔剣を打つ相手は私ですよ!」


「何を言っておるんじゃあ! 魔剣の鍛造依頼は三年待ちが普通なくらいなんじゃぞ! こんな依頼し放題なの黙っておけん! 爺孝行せんか、孫娘! ずるいぞ!」


「お爺様といえど見過ごせないものがあります! エルミアは私の鍛冶です!」


 なんだか目の前でよくわからない喧嘩が始まった。おろおろしているエルミアが気の毒だ。


「こうなった実力で勝負じゃ! 勝った方が先に依頼するというのでどうじゃ!?」


「では、私はアルマス様を代理人に指名します」


 潔く実力差を認めた発言だった。形振り(なりふり)構わなすぎるぞ、マイア。


「ほう、なかなか手段を選ばなくなったようじゃ。悪くない……」


 いや、悪いだろ。俺を巻き込むんじゃない。


「二人ともそこまでだ。エルミアも困っているだろう」


「すいません、お爺様がわからずやでつい……」


「年甲斐も無く熱くなってすまん。剣となると話は別じゃからのう」


 二人とも謝罪して大人しくなったように見えて、ギラギラした視線が交差している。どちらも譲る気がなさそうだ。


「あ、あだじはまだ剣を打ち始めたばかりだから。もっと腕前を磨いて、二人に立派な魔剣を用意したいだ。ロジェ様とマイアの二人に相応しい剣を打ちたいだよ」


 色々と動揺していたエルミアだが、はっきりと、力強く言った。

 急に魔剣を打てるようになって戸惑っていたが、今の彼女は自分の行く道を見据えようとしている。そんな風に見える。


「どちらに剣を作るかはともかく、鍛冶としてはどうすれば良いと思う?」


 俺が聞いたのは鍛冶屋の今後の方針だ。それをしっかり察してくれたロジェが、顎に手をやりながら話す。


「……うむ。とりあえずは周囲に言いふらさないほうが良いじゃろ。魔剣の作り手と知られると周りが騒がしくなるかもしれん。落ち着いて腕を磨きたいなら、ここだけの秘密にしておくんじゃな」


「なるほど。それで私達の魔剣を造って貰うのですね、お爺様!」


「孫よ……、もう少し言葉を選ぶのじゃ。あっとるけどな」


 がっはっは、とロジェは大声で笑う。


「この二人の打算はともかく、方針としては良いと思う。エルミアも賑やかなのは苦手だろう?」


「……確かに助かりますだ。それに、お二人とも、お客様として十分すぎますだ」


 確かに、この二人が認めた剣ならどこに出しても通用するだろう。最初の顧客という意味では良いかもしれない。


「この件はサンドラに話しておこう。それと、魔剣の素材についても相談したいんだ。普通の鉄では駄目なのか?」


「駄目ではないが、もっと良い物を使った方が良い。金属類は儂のつてがあるが……ああ、ここならちょうど良い調達場所があるんじゃったな」


「?」


 ロジェ以外の全員が疑問符を浮かべると、帝国五件の老人はにやりと笑って言った。


「氷結山脈の魔物じゃよ」

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