第125話「エケリアの沈黙はサンドラの推測の正しさを物語っているようだった。」

 翌日、朝食の後、慌ただしく準備をした二人を送り出すことになった。

 エケリア達に同行した者達にはろくに休息もできず気の毒なことをした。クアリア辺りでゆっくり休んで欲しい。


「では、二人とも。わたしが言うことではありませんが、お元気で。もう会うことはないかもしれませんね」


「……そうだな」


 サンドラの別れの言葉に、ラッツは言葉少なに答えた。どうも、『聖竜の試し』がかなり恐かったらしい。


「さようなら、サンドラ。こうして来た価値はあったと思っておくわ。あなたが魔法伯に興味が無いとわかったのだもの」


 義母のエケリアの方は一晩明けたら大分調子を戻していた。相当図太い性格のようだ。


「しかし、生まれ育った屋敷を捨て、こうして辺境で暮らす姿を本当のお母様、ソフィアが見たら、どう思ったでしょうね」


 恐らく最後の反撃のつもりなのだろう。エケリアは柔らかな笑顔に相応しくない嫌味ったらしい口調でサンドラに言った。


「…………お母様なら……」


 サンドラの表情がわかりやすいくらい変わった。義母から実の母について言及されたのが致命的にまで彼女の心を刺激したのが、横から見ていて明らかだ。


「お母様なら今のわたしを見てきっと褒めてくれますよ。自力で生きていくことを、ちゃんと見てくれる人でしたから」


 上着の下に手をいれて、サンドラは穏やかな口調で語る。服の下で母の形見であるサファイアのペンダントが握られているのを俺は知っている。

 そして、話し方はそのままに鋭い目つきになって、サンドラは義母に対して言葉を放つ。


「ずいぶんとエヴェリーナ家の魔法伯の地位にこだわりがあるようですが、ラッツ兄様をはじめ、誰もその近くまでは行けませんよ。……皇帝陛下が全てご存じでしたから」


「……陛下が?」

 

 想定外の名前の登場に、エケリアの笑みが消えた。


「ええ、陛下はすでにあなた達がわたしにしたことをご存じですよ。もちろん、お父様もね。表立って処罰はしないけれど、遠ざけるはず。要職につくのは難しいでしょう。あるいは……ラッツ兄様がとても有能なら話は別ですが」


 そう言ってサンドラの視線を受けたラッツは目を背けた。


「…………そんな、陛下が来ていたなんて。いえ、それよりもあの人まで……」


 エケリアの動揺が凄まじい。皇帝がここに来る前後、彼女は移動中だったはずだ。情報を知らなくても無理は無い。彼女にとって最悪の情報だろう。サンドラの父にまで事情が知れ渡っているという有様だ。それまで盤石だった自分の足下が崩れていくような感覚に違いない。


「安心してください。お父様も世間体というものがありますから、すぐにどうこうはしないはずです。そうですね、実の娘の予想としては飼い殺しかしら? 目の届く範囲で余計なことはさせないように取りはからうかと」


「………………」


 エケリアの沈黙はサンドラの推測の正しさを物語っているようだった。

 二人は昨日の『聖竜の試し』の時と同じくらい顔色を悪くした。

 

「また失神されては困ります。馬車に乗って聖竜領から退去してください。大丈夫、命をとられるようなことはありませんから」


 サンドラのその言葉に押されるように、二人はのろのろとした動作で馬車に乗り込んだ。

 様子を見ていた御者が扉を閉めると、馬車はすぐに出発していった。


「終わったな……。無事に追い返せたと言っていいのか?」


「ええ、これで大丈夫だと思う。今は落ち込んでいるけれど、道中で立ち直ってまた別のことを考えるわ、きっと。懲りない人達だから」


 去りゆく馬車を見つめ、サンドラがそんなことを言う。


「すこしだけ、すっきりしたわ。仕事に戻りましょうか」


 軽く笑みを浮かべながらそう言うと、サンドラはリーラを伴って屋敷へと戻っていった。

 その佇まいに、高揚もしていなければ、落ち込んでもいないように見えた。いつも通り、やるべきことをやった、という風だ。


「終わってみるとあっけないものだな」


 小さくなった馬車を見つめて、俺は一言そう呟く。


 時間にして一日も無い短い出来事。しかし、サンドラにとって結着ともいうべきやり取りは、こうして終わりを告げた。

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