第107話「スティーナの工房は川向こうの森の近くにある」
スティーナの工房は川向こうの森の近くにある。エルミアの鍛冶屋の比較的近所だ。
ずっと建設中だったのだが、俺達が東都に行っている間に完成し、稼働が始まっていた。
屋根付きの大きな作業場の隣に資材置き場、その横に小さめの一軒家という、仕事重視の彼女らしい作りの工房であった。食事は酒場で取ることが多いし、家は寝る場所という感じらしい。
俺は今、作業場内で事務仕事用に簡単に区切られた場所で、スティーナと自宅について相談していた。
「生活環境としては二部屋、妹の部屋と物置の増築で考えているんだが……」
「そうだねぇ。妹さんだからアルマス様と部屋を離しておいた方がいいかもね」
「確かにその方がいいな……」
何百年も眠っていたとはいえ、目覚めた際のアイノは十代後半の女性である。年頃だから、プライバシーへの配慮も必要だろう。
「増築自体は難しくないからいいけど、問題は休憩所代わりになってる方だね。個人的にはリビングの向こうに新しく休憩所を作って、行き来できるといいと思うんだけど」
そう言いながらスティーナが簡単な図を描く。リビングを仕切り代わりにして新しく一室、休憩施設が増築される形だ。
「いっそのこと、別の建物を建ててしまったほうがいいんじゃないか?」
「アルマス様が嫌じゃなければ、管理人みたいな感じでたまに見て貰える方が有り難いんだよ。たまに使うだけの休憩小屋を建てると荒れたり、倉庫代わりになっちゃいそうだからさ」
なるほど。管理人といっても、現状は俺の家を使った人が綺麗にしてくれるくらいなのだが、それも『人が住んでいる』という前提で皆が利用しているからかもしれない。
「休憩所を森の中の打ち合わせ用の部屋にもできるし、いざとなったら宿泊させることもできるな」
森の中は魔法草の工房が出来たこともあり人の行き来が増えるだろう。畑も大きくなっているし、森での作業が続く者が泊まったりするのも良さそうだ。
「そうそう。森の中の宿の管理人みたいな感じでね。サンドラ様なら管理費みたいな名目でお金出してくれるんじゃないかな?」
「それは助かる。増築も金がかかるしな」
「サンドラ様は多分、全額出すだろうから、気にしなくてもいいと思うけどねぇ」
俺が金を払おうとしているのに怪訝な顔をしながらスティーナが言う。
「ただでさえ家を建てて貰ったんだ、あまり頼るのも良くないと思ってな」
「川を流したり、山を動かしたりする金額に比べれば些細なものだと思うよ?」
「……あと個人的に、妹が目覚めた時にちゃんと自分の稼ぎで建てたと言ってやりたいんだ」
「あ、なんか凄い納得したよ。お兄ちゃんなんだねぇ、アルマス様も」
「まぁな」
人をやめてもアイノの兄であることは変わっていない。誇るとは言えなくても、それなりの存在でありたいと俺は思うのだ。
「しかし、大分賑やかだな」
話が一段落したので、周囲を見回して言う。
作業場内は賑やかだ、助手二人以外にもエルフが一人と、農家の子供が一人手伝いに入って、何やら工作を続けている。
「水車小屋を作らなきゃいけないからね、その加工。他に屋敷の増築用の資材とか、倉庫なんかも作らなきゃいけないからね。エルフ達と農家から元気な子を貸して貰えて助かってるよ」
「今後は領内に家が建つこともあるだろうから、忙しくなるな」
「仕事があるのは良いことだけれど、ちょっと大変だね。人手のことをマノンに頼んではいるよ」
ドーレスの代わりになる人材を求めてクアリアに旅立ったマノンだが、他にも色々と仕事を任せられているようだ。
「そんな事情だから建築できるのは先になっちゃうけど、一度図面を書いておくよ。それを見て色々と検討して欲しい」
「ああ、忙しいところ助かるよ。無理をしないようにな」
「困ったら眷属印のハーブでも貰いにいくよ」
「わかった。スティーナ用に確保しておこう」
話は終わったので席を立とうとした時だ。
慌ただしい足音と共に室内にやってくる者がいた。
「ここにいましたかアルマス殿! 大変なことが起きました!」
作業音をかき消さんばかりの大声をあげて現れたのはマイアだった。
「どうしたんだ、そんなに慌てて。怪我人でも出たか?」
彼女の言う大変なことの想像がつかない。領内に魔物が入ってきた気配はないし、厄介な来客があるわけでもない。あるとすれば怪我人くらいだが、それなら聖竜様が教えてくれそうだ。
心を落ち着けるためか、何度か深呼吸をしてからマイアは口を開いた。
「魔剣です! エルミアが魔剣を打ちました!!」
「なんだと……」
これはまた、大変なことになったな。
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