第106話「屋敷を訪れた時の楽しみといえば、食事である」
屋敷を訪れた時の楽しみといえば、食事である。トゥルーズの料理は東都の料理人と遜色ないかそれ以上に美味しい。
そんなわけで、今日も俺は屋敷の食堂で昼食をとっていた。
本日のメニューは豆のスープと豆と魚の煮物、それとパンだ。何故か最近豆料理が多い。個人的に研究でもしているのだろうか?
まあ、作り手の腕が良いと同じ食材でも調理法の違いで飽きが来ないものだ。
「ごきげんよう、アルマス様。ご一緒して宜しいかしら?」
「どうぞ」
一仕事終えてやってきたらしいマノンが、厨房のトゥルーズに声をかけつつ俺の前に着席した。
「どうだ、仕事は順調か?」
「まだ始めたばかりですから何とも。できるだけ早くお役に立てるようになりたいですね」
「すぐにそうなると思うがな」
パンをちぎりつつ、そう答える。
マノンが来てから五日ほどだが、思った以上に早く聖竜領に馴染んでいる。彼女自身の努力も大きい、いきなりサンドラの真下について、皆に指示を出す立場になることを考慮しているのだろう。積極的に人と関わり話を聞くようにしていた。
何より本人が有能なのも大きい。サンドラと共に領地内を見回りつつ出来そうな仕事を肩代わりし始めているようだ。
「……どうぞ」
「ありがとう、トゥルーズ。貴方の作る料理はどれも美味しいけれど、豆料理が多いのはここの特徴なのかしら?」
テーブル上に並べられた料理を見て、素朴な疑問といった様子でマノンが聞く。
「……この前、ドーレスが街に行った時、安かった豆を大量に買い付けてきた。多めに消費しないといけない。それに、豆は栄養がある」
「なるほど。ドーレスが関わっていたのか」
「……そう。あの子、お買い得だと思うと沢山買う癖があるみたい」
「まあ、損はしていないわけだし良いんじゃないか?」
「……品質も悪くなかったんだけど、同じ食材ばかり調理するのは気が引ける」
「あら、トゥルーズさんのお料理は美味しいから気になりませんよ?」
スープを口に運びながら、マノンがそう褒めた。
「俺もそう思う」
「……ありがとう。二人とも。食事、楽しんで」
俺達の感想に嬉しそうな顔をすると、トゥルーズは厨房の奥へと戻っていった。
豆料理の疑問が解決してスッキリしたので心置きなく料理に集中できそうだ。
「私の想像以上に面白い人材が揃っていますね、この領地は。まさかあの、マイア・マクリミック様がいるとは……」
微妙に頬を紅潮させながらマノンが言う。そういえば、マイアは帝国五剣の直弟子、有名人なのか。
「俺はマノンがマイアを見た時の反応の方が驚きだったがな……」
最初にマイアを見たとき、マノンは飛び上がって驚いた上に、慌てふためきつつも握手を要望した。その反応に驚いたものだ。
「何を言っているのですか。マイア・マクリミックといえば剣の技のみならず、その凜々しい佇まいと武人らしさから帝都の若い男女の憧れの的だったのですよ!」
「そ、そうなのか……」
マノンの机を叩かんばかりの勢いにちょっと気圧される。いや、剣の腕前が相当であることは俺も良く知っているんだが、そこまでだったとは。
ちなみにマイアも褒められまくって動揺していた。「こ、こんな扱いは久しぶりです……っ」とちょっと嬉しそうでもあった。
「ここだと護衛をしたり、地図を作ったりしている普通の剣士だからな……」
「聖竜領で敗北して以来、どこかで修行しているという噂でしたが、まさかそのまま居着いていたとは思いませんでした」
どうやらマイアについてはそういう話になっているらしい。恐らく彼女の祖父、帝国五剣であるロジェの仕業だろう。
「そうそう、ドーレスさんの代わりの人を捜しに、近いうちに彼女とクアリアに行きます。彼女には外に出て商売して貰いたいとサンドラが話していましたので」
「やってきて早々に出張か、大変だな」
こういった人材確保も前はサンドラがクアリアとやり取りしていたが、マノンがいれば代わりにやって貰える。領主の負担が減るのは良いことだ。
「クアリアまで一日ですから、それほど負担ではないですよ。ハリアさんが空から運んでくだされば、半日で往復できそうですけれどね」
「気持ちはわかるが、空は危険だ。万が一ということもある」
「マイアさんがこっそり乗って怒られたそうですね。ちょっと想像できません」
「ああ、俺もその様子は見たかったな」
まったく、面白いことを見逃したものだ。
「そうだ、クアリア行きの際に眷属印の品も持っていきます。追加の物品や欲しいものがあれば言ってください」
「そうだな、獣避けのポプリを増産したからそれを、あと聖竜様が喜びそうな食べ物があったら買ってきて欲しい」
「……あの石像にお供えしたら消えるの、今だに驚くんですよね」
マノンが道中で買ってきた菓子が美味しかったので一緒に聖竜様の石像に供えた時、滅茶苦茶驚いていたのを思い出す。
「正直、あれは俺達も驚いたからな。なんでああなったかもわからないんだ」
「凄いところですね、ここは……」
何せ、聖竜様ですら知らなかった現象だからな。今後もそういうことがあるだろう。
「まあ、なんだ。慣れれば過ごしやすいところだよ。どんどん良くなるはずだから」
「ええ、私もそうなるように頑張りますとも」
話しながらも食事がそろそろ終わろうかというところで、食堂に近づく足音が聞こえた。
数は二つ。一つは小さく軽い、もう一つは規則正しい。
「サンドラとリーラが来たな。休憩か」
今日はリーラが護衛の日だ。話し合いの結果、たまにマイアと交代することになった。
「ああ、良かった。アルマスはゆっくり昼食をとるからいると思っていたわ」
予想通り、サンドラ達がすぐに姿を現した。
「すごい、眷属の力でわかるんですか?」
「足音を聞いただけだ」
「アルマスは足音とか気配で来客を察知するのよね。マノンもそのうち慣れるわ」
「そのうちが遠そうですね……」
サンドラに対し、苦笑しつつマノンが答える。
「ん、リーラは何を持っているんだ?」
見れば、リーラが両手に巨大な箱を抱えていた。ちなみにサンドラの近くにいるのが嬉しいのか、表情はいつも通り少ないが、どこか満足気である。
「クロード様からアルマスへの荷物よ。多分、東都で見た魔法施設の報告書を送る直通の魔法具ね。大型の特注品みたいよ。手紙もついてたから催促されてると思うの」
「…………何だか嫌な予感がするんだが。クロードと連日やり取りするハメになるような」
報告書は聖竜領へ戻る最中に書いたので後は仕上げだけだ。しかし、それを送ることでより詳細なレポートを要求されるのではないだろうか?
「第二副帝と聖竜領の関係は貴方の働きにかかっているから、頑張ってね」
冗談めかしてそう言いつつ、サンドラは隣の席についた。リーラは俺の横に木箱を置いていく。
「久しぶりに帰ってきたんだから、少しゆっくりしながら働こうと思っていたんだがな……」
思わぬ仕事が増えてしまった。あのクロードのことだ、細々としたことを問い合わせてくるに違いない。
「あの、アルマス様。困ったら、ヴァレリー様に止めて頂けば良いと思いますよ」
「そうか、その手が……っ」
様子に気づいたマノンのアドバイスに一気に展望が明るくなった。いざとなれば、奥さんの方にどうにして貰おう。
「ありがとう。少し気楽になったよ」
「いえ、大したことではありませんから」
礼を言うと困ったように笑みを浮かべて、マノンがそう返した。
「この手のことなら、マノンも相談に乗れるから助かるわね」
「アルマス様が相談して来なくて寂しいのですか、お嬢様?」
「いや、それはないわね」
横でサンドラ達がそんな会話をしているのだが、全然気にならなかったのだった。
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