第105話「俺の目の前でなかなか見応えのある光景が展開されていた」

 俺の目の前でなかなか見応えのある光景が展開されていた。

 時刻は昼前、聖竜領のハリア発着場。

 ちょうど今、今朝方出発したハリアが荷下ろしをしているところだった。

 本来の姿である巨大な竜へとなったハリアの胴から下には先日見た巨大な荷箱がぶら下がっている。

 ハリアが整地された着陸場にゆっくりと荷箱を降ろす。


「よぉし、外すぞ-!」


 その場にいたスティーナの助手、ベッテルとビリエルが荷箱の金具にかかったフックを外しに掛かる。この役目は農家の人々も含めた男性陣が交代でやっているそうだ。


「完了です。動いて平気ですぜ、ハリアさーん!」


「わかったの」


 荷箱のフックが外されたのを確認すると、ハリアはすぐ横にゆっくりと着地した。そのままどんどん小さくなって、いつもの姿になる。荷運び用の巨大な器具だけが地面に残った。


「クアリアと聖竜領を半日で往復か。本当に早いな」


「ええ、それに揺れも少ないから割れ物とかを運ぶのに便利でして。姉さんが高い酒を混ぜて貰ったりしています」


「あれはびっくりしたっすねぇ」


「そんなことをしているのか……」


 そんな雑談を交わしながら、ベッテル達は箱の中にあった書類を見る。


「えっと、今回の中身は手紙と……主に魔法具みたいっすね。うわ、第二副帝様からだ」


「このまま荷車に乗せて屋敷に運んじまおう。下手に開けてユーグさんやらに怒られると恐い」


 二人はそんなことを言いつつ、近くの荷車に荷物を載せ始めた。このために、開拓初期からいる荷馬を屋敷から連れてきている。


「俺も手伝おう。良いものを見れた」

 

 一緒になって荷物を運んでいると、ハリアが近づいてきた。


「アルマスさま、こんにちは」


「こんにちは。働き者だな、ハリアは」


「空をとぶの、たのしいよ。きょうは、馬車がここに来るよ。多分、いってた人」


「……マノンのことか? 思ったより早かったな」


 俺達が魔法施設を調べてからこちらに帰って色々やっている内に、彼女も仕事をしたということだろう。

 

「到着は夕方になるな。サンドラに伝えに行こう」


「ぼくもいくよ。新しい人、たのしみだね」


 それから荷車に荷物を積み終えた後、俺達は屋敷へと向かった。


○○○


 夕方、予想通りマノンを乗せた馬車が到着した。

 大型だが装飾控えめ、それでいて頑丈そうな馬車から赤髪の女性が降りてくる。付き人だろうか、一人のメイドが後に続いて現れた。


「お久しぶり、マノン。ようこそ、聖竜領へ」


 屋敷の外で一緒に待っていたサンドラが笑顔で出迎える。


「お久しぶり。ようやく着いたわ。帝国を横断する旅は楽しかった」


 急ぎの長旅だったろうに、マノンは疲れた様子すら無かった。


「元気そうで何よりだ。道中、何事もなかったか?」


「ええ、ここまでの道が良かったので。……今朝方、大きな竜が空を飛んでいるのを見た時は流石に驚きましたけれど」


「初めて見ると驚くだろうな……」


 巨大な存在というのはそれだけで恐怖や畏怖の対象だ。驚いて引き返されたりしなくて良かった。


「ごめんね。でも、ぼくのお仕事だからね」


 ふわふわ浮いてきたハリアがマノンの前に浮いてきて、首を上下した。謝罪のつもりらしい。


「あの、この空を飛ぶアザラシのような生き物は?」


「君が今朝方見た巨大な竜だ。ハリアという」


「ハリアは身体をかえることができるんだよっ」


 胸を張るハリアを見て、マノンの横にいるメイドが「かわいい……」と呟いた。やはり見た目は強いな。


「えっと……、理解が追いつかないのだけど……」


「マノン、聖竜領はこういうところだから、そのうち慣れるわ」


 サンドラがなかなか説得力のあることを言った。この一年あまりで、彼女も成長したものだ。


「……想像以上の所のようね。そうだ、サンドラさえ良ければ、皆さんにご挨拶に回りたいのだけれど」


「夕食の後に皆に紹介するつもりだったのだけれど。疲れているだろうし」


「休養も十分とったし、大丈夫よ。これから御世話になるのだから、こちらからご挨拶したいし。荷物は彼女が運び込むわ」


 確かにそういう彼女に疲れは見えない。旅慣れているのか、体力があるのか、どちらかだろう。


「付き人は一人だけなのか?」


 俺達がメイドの方を見ると、彼女は静かに一礼した。


「ええ、身軽の方が良いと思って。一番良い人材を連れてきたのよ。それと、これから私は仕事中は『サンドラ様』と呼ぶわ。そこはしっかりしないとね」


「なんだか気を使わせてしまって悪いわね」


「悪くないわよ。貴方は領主なのだし、私はその下で働くと決めたのだから。帝都からここに来るのだから、それなりの覚悟はあるということよ」


 強気な笑顔で言うと、マノンは右手を差し出した。


「これからよろしくね、サンドラ。こうと決めた以上、貴方を全力で支えるわ」


「ええ、頼りにしているわ。マノン」


 穏やかな笑みを湛えながら、サンドラは握手を交わす。


「そうだ。帝都を出る前に沢山お手紙を頂いたのよね」


 そう言うと後ろに控えたメイドがマノンに大量の手紙を手渡した。

 色とりどり、様々な厚さ大きさの封筒が全部で十以上ある。


「なんの手紙だ?」


「殆どが簡単な挨拶かと。元々、聖竜領が帝都で噂になりつつあったところで、私が行くことになりましたから。ここで関係を持とうとする人々もいるのですよ」


 俺の問いかけに、マノンがそう説明してくれた。

 そうか、既に帝都で噂になっているのか。今後は色々と付き合いが増えそうだな。


「マノン、中はまだ読んでいないのね?」


「はい。こちらに来てから判断を仰ぐべきと思いましたから、サンドラ様」


 二人の口調が変わった。これは仕事の話ということだな。


「今回の手紙はマノンが一読してから報告してちょうだい。わたしよりも帝都の事情に詳しいだろうから、色々と相談にのってくれると嬉しい」


「喜んで。挨拶廻りの後でも?」


「もちろん、帝都からの手紙に急ぎの用件はないわ」


 帝都に重要な知り合いはいない。いるとすればマイアの祖父くらいだ。もし急ぎなら魔法具なりでこちらに連絡が来るだろう。


「では、挨拶廻りに行きましょうか。領内全部は無理だから、この屋敷と宿屋くらいになるけれど。アルマスも来る?」


「ああ、せっかくだから同行しよう」


 その後、マノンの挨拶廻りは滞りなく行われた。

 途中、聖竜様から『のう。今回の荷物とかマノンの荷物に珍しい菓子とか入っとらんかったかのう?』としつこく聞かれたのが一番の問題だったくらいだ。

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