第104話「思ったより早く済んだので宿屋で昼食をとった」
宿屋兼食堂が出来て以来、俺はたまにそちらでも食事をとるようにしている。
主に、屋敷に用がなかったり、食事時でもない時間に退出した時などだが、情報収集も兼ねて意識して訪れることもある。買い物もできるしな。
今日は屋敷でこれからの工事の打ち合わせがあったが、思ったより早く済んだので宿屋で昼食をとった。
「ごちそうさま。ここの食事も美味いな」
「ありがとうございます。トゥルーズさんのおかげですわ」
「指導者と生徒の両方がいいんだよ」
肉料理の定食を食べ終えた俺とモイラ・ダン。ここはトゥルーズが料理の指導をしているので味が良い。
座っていると、カウンターの奥からメイドの一人が紅茶の入ったカップを持って置いてくれた。紅茶の香りを楽しみながら、店内を軽く眺める。
スティーナとその助手二人、それと聖竜領にハーブとエルフの携行食を仕入れに来た行商人が席に座っていた。
常に満席というわけではないが、そこそこに客は入っている。夜は酒場と化すので日によっては農家の人々も来たりと賑やかだ。
「さて、ごちそうさま。また来るよ」
紅茶を飲み終えて席を立つと、俺は宿屋に併設されている雑貨屋に向かった。
そこでは棚に並んだ様々な製品を売るべく待機しているドワーフの商人ドーレスがいる。
里全体の日用品を扱う彼女は忙しく働いている。
「おや、アルマス様。おひさしぶりです」
「一月も離れていると、懐かしさを感じるな」
言いながら棚に並んだ品々を見る。店の広さは小さめの部屋だが空間をできるだけ使って商品が置かれている。ペンにナイフ、中古の服の他に野菜や菓子など点数が豊富だ。
「……本まで仕入れたのか?」
ドーレスのいるカウンター前に並んだ小さな本が目に入った。子供用の簡単なものと以前リーラが買っていた恋愛小説などが置かれている。
「中古の安い物が入ったので試しにというところです。必要ならクアリアから仕入れますですよ?」
「そのうち頼むかも知れないな。いや、自分で走って買いにいけば良いのか?」
本気で走ればクアリアまで半日かからない。ドーレスより早い。
「アルマス様ならではの考え方ですねぇ……。あてくしもそのくらい足が速ければ行商に行くんですが」
「外に出たいのか?」
問いかけるとドーレスは申し訳なさそうに笑って言った。
「もともと外の世界を歩いて回るのが好きなのです。それに、聖竜領の面白いものを広めていきたいという目標も出来ましたですので」
「そうか。何か上手い方法があるといいんだが」
「実は、サンドラ様に相談済みです。ここで物を売るための人を雇って貰うです。パン焼き窯の増築の話もあるですし、人手は増やすですから」
既に相談済みだったか。流石に行動力がある。実際、仕入れや商品管理はダニー・ダンが出来るだろうから、ドーレスは外を飛び回ってる方が良いかも知れないな。本人の性にも合うようだし。
「ところでアルマス様。今度来るマノンという方はどんな人なのでしょうか?」
棚に並んだ菓子類を眺めているとそんなことを聞かれた。
「サンドラの友人で学友。俺も会って話したが貴族というのを意識させない話のしやすい子だな。サンドラの兄達の尻ぬぐいというか、フォローにようなことを頑張っていた。悪い子ではないから安心してくれ」
「一安心です。あてくし達の上になる方というのは気になりますし、貴族というのは正直厄介な方も多いですから……」
「むしろサンドラよりも付き合いやすいかもしれないぞ」
東都で会った貴族達のことを思い出すと、ドーレスの心配もよくわかる。実際にマノンが来てそれらの疑念を払拭してくれるのを願おう。
「ところでアルマス様。何かお買い求めですか? 棚のものとは別に高めのクッキーがあるのですが」
「いただこうか。それも多めに」
しっかり商売人しているドーレスから品物を買い、俺は店外へ出た。
○○○
買い物を済ませた俺は今や村の中心部となりつつある広場に向かった。
東都で聖竜様に聞いた通り、広場の外れに木製の遊具がいくつか設置されている。俺達が出かけている間、大きな作業の無かったスティーナ達が作ったと言うが良い出来だ。今も農家の子供が楽しそうに遊んでいる。
微笑ましい光景を横目に、俺は聖竜様の石像の前に立つ。
綺麗に手入れされた石像は今日も聖竜様の気配を感じる。
俺は先ほど買ったクッキーを一袋、そこに供えた。
『むほ。これは美味そうなクッキーじゃのう』
石像が淡く輝くとクッキーが消え、聖竜様の声が聞こえてきた。
『ドーレスの店で買ったものです。東都土産はもう少しお待ちください。食材もあるのでトゥルーズに何か作ってもらいます』
『いいともいいとも。結構お供え物が多いからワシは嬉しいのじゃ』
『食べたいものがあれば言ってくださいね。できる限り手に入れますから』
アイノの治療に専念してくれている聖竜様を手助けするにはそれくらいしか思いつかない。なにかもっと直接的に協力できればいいのだが、こればかりは聖竜様に任せるしか無い。
正直、我ながら不甲斐ないと思う。
『……アルマス、自分を責めておるようじゃの。ワシにはわかるぞ』
俺と聖竜様は精神的にもある程度繋がっている。ばれてしまうか。
『筒抜けですね。まったく、情けない兄ですよ。俺は』
『そんなことないじゃろう。考え方を変えてみるんじゃよ。そもそも、妹を連れてワシに会うことすら普通は叶わんのじゃぞ? というかまず無理じゃ。魔境と呼ばれたこの森を乗り越え、ワシに会えた段階でお主は十分働いたと考えるのじゃ』
聖竜様の声は穏やかで優しい。俺を励ますかのようだった。
『今だって妹が帰ってきた時のために頑張っておるじゃろう。お主はよくやっとるよ』
『ありがとうございます。聖竜様』
つい弱気になってしまった。アイノのことになると、後ろ向きになってしまうな、俺は。ここはこれから先の明るい未来を見据えていこう。
『持ち直したようじゃな。ところで、差し入れなら肉料理を所望するのじゃ。できればトゥルーズの作ったやつがいいのう』
さりげなく、しっかりと要求してくるあたり、聖竜様は抜け目が無いな。
『頼んでおきます。何の肉がいいですか?』
『なんでもいいのじゃ。あ、お主とトゥルーズが昨年作ったキンソウタケのオイルがまだあったら使ってくれんかの。味を知りたい』
『えぇ……あれは俺も大切に使ってるんですが』
『少しくらいいいじゃろうが』
優しい上司は美味しいものを知ったことで少し要求が細かくなっていた。今年もエルフの森でキンソウタケが採れたら、ちょっとだけ分けてもらおう……。
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