第103話「家の増改築について方針を決めたことを相談に来た次第である」

「と、いうわけで、家の増改築を見当しているんだが」


「事情は理解したわ。おめでとう、アルマス。妹さんと早く会えそうで本当に良かった」


 屋敷の執務室、俺から話を聞いたサンドラは嬉しそうにそう返した。

 昨日、家の増改築について方針を決めたことを相談に来た次第である。


「そんなわけで金が欲しいので畑のハーブや魔法草の種類を増やそうと思う。ユーグやエルフ達に相談するつもりだ」


 一応、エルフの肥料のことも伝えたが、流石にエルフの秘伝と聞いてはサンドラも特産品にしようとは言わなかった。あれは森の中でひっそりと使うつもりである。


「承知したわ。ユーグ達にも協力するように伝えておく。聖竜領的にも眷属印の商品が増えるのはありがたいことだし」


「本当に税金をかけなくていいのか? 払うぞ?」


「聖竜領の名前が売れるからいいのよ。やっぱり、アルマスから税を取るのはちょっとね……」


 そんなに気を使わなくてもいいんだが。まあ、ここは有り難いと思っておこう。そのうち稼いだ金を聖竜領で派手に使って還元するなどすればいい。


「でも、今日来てくれたのは良かったわ。あなたの家を便利に使わせて貰っているのは悪いし、対応しなきゃと思っていたの。増改築については聖竜領からも補助金を出すから実施しましょう。ただ……」


 おお、と俺が喜ぶ前にサンドラが微妙な顔つきになった。


「なにか問題があるのか? 金がないならいっそ氷結山脈で一暴れして魔物でも狩るが……」


 あそこの魔物は結構な金になるからな。


「いえ、そうじゃなくてね。実は建築関係は仕事が山積みなの。粉挽きのための水車小屋と宿屋を増築してパン焼き窯を作ることになって。あと水回りの工事も。クロード様から汚水対策の魔法具が届いたから下水の整備をしようかって。それと、屋敷近くの最初に作った畑の辺りにも水路を通したいってことになってね……」


 どれも一朝一夕では終わりそうに無い建築予定が次々と並ぶ。


「それ、忙しすぎないか?」


 サンドラがこくりと頷く。


「スティーナ達だけじゃ人が足りないからクアリアから人を呼ぶつもり。アルマスにもゴーレム造りで協力してもらうと思う」


「一度に全部やるとまた皆が疲労困憊してしまわないか? これから収穫もあることだし」


 サンドラだって他に仕事が沢山ある。手が回らなくなってしまうだろう。


「ええ、だから優先順位をつけて順番にやるつもり。水車小屋と宿屋の増築を先に初めて、水路の拡張、最後に下水ね。ごめんなさい、あなたの家の増改築は冬以降になるかも……」


「構わないさ。アイノが目覚めるのは早くて数年先だ。じっくり改築プランでも練るとしよう」


「そう言ってくれると助かる。忘れないし、協力は約束するわ。時々、スティーナも交えて簡単な打ち合わせをしましょう」


 十分すぎる回答だ。いっそ自分で金を用意してやろうと思っていたくらいだからな。


「わかった。協力感謝する。俺の方も早く家に手を出せるように働こう」


 妹のためだと思うと急に働きがいが出てきた。俺は明るい気持ちで部屋を退出するのだった。


○○○


 屋敷の外へ出ると、坂を下って行くリーラが目に入った。

 聖竜領に戻った彼女はメイド長として多忙である。なんとなく気になったので近くに行って様子を見る。


「こんにちは。アルマス様。お嬢様との打ち合わせでしたか」


「ああ、無事に終わった。リーラは忙しそうだな」


「メイド長としての仕事がありますので……」


 横を歩きながら、気づくことがあった。

 無表情に見える彼女だが、感情の変化が意外と出る。それなりに一緒に過ごすとわかるようになるのである。


 その俺の経験からいうと今のリーラは疲れていた。体力的なものではなく精神的なものだ。

「リーラ、調子が悪いようだがどうかしたのか?」


「……流石ですねアルマス様。私のお嬢様分欠乏症を見抜くとは」


「すまん、今なんといった?」


 よくわからない単語が出てきたぞ。


「お嬢様分欠乏症です。お嬢様の近くに一定期間いないと体調を崩すのでそう呼んでいるのです。仕事で仕方ないとはいえ、お嬢様と過ごす時間が極端に減るのはとても辛いことです。東都では毎日御世話できていたというのに……」


 どうしよう、重傷だ。なんか遠くの景色とか眺めている。


「時を超えたシスコンであるアルマス様なら私の気持ちがわかるということですね?」


 なんてこと言うんだこのメイド。


「……アイノは俺にとってかけがいのない存在だ。だが、いつも側にいなければならないわけじゃない。そもそも俺は別の場所で暮らして働いていたぞ」


 アイノは実家に、俺は都市部で魔法士をやっていた。リーラのように近くにいなければ体調を崩すということはない。


「離れた場所で成長を見守ることも必要だろう。人生の助けになっても、邪魔になってはならない」


 そう言うとリーラがわかりやすく動揺した。


「……今、アルマス様に人間性で負けた気がしました。まさか、こんな形で生き方を説かれるとは」


「まだまだということだな。リーラ」


 なんだか勝ったらしい。悪くない気分だ。


「ちなみにアルマス様、帰省の頻度は?」


「……できるだけだな」


「安心しました。やはりアルマス様はアルマス様でした」


 そう言うリーラはいつもの無表情だった。多少は気晴らしになったらしい。

 

 いつのまにか俺達は街の入り口近く、ダン夫妻の宿屋の辺りまで来ていた。工事があったり行商人が来たりでそれなりに繁盛しているという。建物の周りに並んだ箱や樽は仕入れた商品だろうか。


「雑談というのも悪くはありませんね。良い気晴らしに……こちらへ」


 清々しい口調だったリーラが、突然箱の影に隠れた。

 俺も素速くその動きを追って隣に座る。


「どうした、何があった?」


「あれを」


 小声で言ったリーラが指さした先には、宿屋の入り口から出て来たロイ先生とアリアがいた。

 耳を澄ますと二人の会話が聞こえてくる。

 

「ハリアさんのおかげでここの商品が増えて助かりますね」


「ですねー。ちょっと食材も豊富になりましたしー」


「食事が美味しくなるのは有り難いですね。そういえば、先日は夜食を頂いてしまい、ありがとうございました」


「気にしないでいいですよー。また持っていきますね-」


 何とも仲の良いことだ。


 じっとその様子をみリーラがこちら振り向いた。


「以前より距離が縮まっていますね。これは見逃せません」


 目をキラキラと輝かせていて、実に楽しそうだった。


「なんだかんだで楽しんでいるだろう、ここでの生活」


 可哀想だからたまにはマイアと護衛を交代してはとサンドラに進言しようと思っていたのを、一瞬考え直した俺だった。

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