第102話「久しぶりに帰った自宅はとても綺麗だった」
久しぶりに帰った自宅はとても綺麗だった。
俺の自宅は森で作業する人々の休憩所にもなっているので不在の間も解放されていた。
訪れた者がしっかり片付けをしてくれていたようで、室内は整頓されテーブル上には綺麗な花が咲く花瓶まで置かれている。
これ、俺が住んでる状況より良いんじゃないだろうか。
俺の暮らし方は物が増えないので部屋の彩りが増えることが無い。
実際、東都への出発前は生活感がない部屋だと言われたことがあった。
いや、これは人間時代も似たようなものだったので、俺の習性みたいなものだ。無駄が少ない生活をしていると前向きに捉えよう。
「……茶でも飲むか」
なんだか色々考えてしまったので、とりあえず落ち着いた時間を過ごすことにした。
魔法で湯を作り、手早く茶を用意する。淹れるのはハーブティーではなく普通の紅茶だ。
こうして一人きりの時間を過ごすのは久しぶりだな。
そんなことを考えていたら、聖竜様の声が聞こえた。
『穏やかなひとときじゃのう』
『久しぶりに賑やかな時間を過ごしましたね』
『うむ。人の多いところは面白かったのじゃ。収穫もあったしのう。あの魔法装置のおかげで色々試せているぞい』
『え、もうそんなに進んでいるんですか?』
砂漠の魔法装置を調べてまだ一月もたっていないというのに。
『ワシの領域なら作業空間はいくらでも確保できるからの。あれを参考に色々と魔法陣を組んでみているのじゃ。人間のものを参考に作った竜用のものじゃから、ちと形は違うがの」
『そんなことが……』
『仕組みを理解すれば応用ができるのじゃ。まあ、最初に面白いことを思いつくのは人間が一番上手なんじゃがな』
聖竜様に比べて大して力がない人間が賞賛されているのは不思議な気分だ。
『時期の方は何ともいえんが、ワシが自力でやるよりもかなり早くアイノを治療できるはずじゃ。何度か試験を重ねるつもりじゃが、上手くいけば数年以内じゃ』
『そんなにですか!? 滅茶苦茶早いじゃないですか!?』
『それだけあの魔法装置の完成度が高かったんじゃよ。あれを作った者達に感謝するんじゃぞ』
『ええ、そうします』
あの魔法装置を作った顔も名前もしらない人々よ、どうもありがとう! 今度そっちに行くことがあったら花束とか色々供えに行く!
俺が心の底から感謝していると、ドアがノックされた。
「ルゼです。アルマス様が戻ったと聞き、ご挨拶に」
「ああ、中にいるよ。どうぞ入ってくれ」
そう言うとエルフの若長ルゼが入ってきた。
俺は彼女の分も紅茶を用意し、席につかせる。
「何か用件があったろうか?」
「留守にされていた間の報告です。聖竜の森の管理者はアルマス様ですから」
「ああ、そうか。ここ二年はあまり管理していないけどな」
「そんなことはありませんよ。アルマス様の許可がなければサンドラ様だって聖竜の森に手出しできないのですから」
確かにそうだ。聖竜の森もサンドラの領地ではあるが、そこに手を入れるなら聖竜様の許可が必要だ。
聖竜領の中でもこの森だけは別格。今も昔も、俺と聖竜様が管理責任者なのである。
「まずはこちら、最新の地図です」
ルゼが机の上に何枚かの紙を置いた。
綿密に描かれた聖竜の森の地図だ。目印になる洞窟や泉や木々、そして聖竜様の領域まで記されている。
もう少しで森の東端、海の方まで行きそうだ。
「かなり森の奥まで踏み込んだな。危険はなかったか?」
「この森には魔物はいませんから。獣の方はアルマス様のポプリで避けられますし。あ、また作って貰っても良いですか? 村で使いたいので」
「わかった。作っておこう。……聖竜様の領域だけはどうにかしたいな」
かつて俺とアイノが聖竜様の次元へと移動した場所は森でもっとも古い場所でもある。今は巨木が立ち並ぶ森の一画になっているが、あまり立ち入られたくない。
「それなんですが、今後のことも考えて迷いの森の魔法をかけておこうかと思います」
「エルフが森にかけるという魔法だな。うっかり入った者が遭難しないか?」
「魔法の範囲内に入ったらエルフの村の近くに出るように調節しようと思います」
それなら安全そうだ。聖竜領でもっとも神聖な場所を守る上でも良い提案に思える。
『聖竜様、良いですか?』
『ああ、構わんよ。ワシの家の辺りを観光地にでもされたら困るからの』
その手があったか。いや、やめておこう。うっかり聖竜様がその気になったら実現してしまう。
「聖竜様からの許可も出た。やってくれ。魔力が必要だったら俺も手を貸そう」
「ありがとうございます。かなり大規模な魔法になるので、アルマス様の助力をお願いしたいと思っていましたので」
ルゼが穏やかな笑みを浮かべて喜んだ。
こうしていると上品で知性的なエルフの若長なんだが、マイアと一緒に探検に出る話になると微妙に残念なことになるのが不思議である。
「それと、こちらをどうぞ」
次にルゼが取り出したのは小さな木箱だった。
手の平に乗るくらいのもので、ルゼが中を開けてみせる。
「……灰? いや、微妙に違うな。なにかの結晶か?」
「聖竜の森の倒木を利用して作ったエルフの肥料です」
言われてじっと箱の中を観察する。
一見灰のように見える白い粉だが、よく見ると半透明な雪の結晶のようなものの集まりだ。
「はじめてみたな」
「命が尽きて倒れた木が、新たな命を育む。そのためにエルフは魔法の力でこういったものを作るのです。森のためのものですので、人里には出回りません」
「……俺が貰っていいものなのかそれ?」
なんだかエルフと言う種族にとってとても大切なものに思えるんだが。
「アルマス様は聖竜の森の管理者……いえ、守護者ですから。是非お納めください。できれば、この森の中で使って頂ければと思いますが」
守護者とはまた大げさな、とは流石に言わない。実際そんなところだし。
「使い方は? 普通に蒔けばいいのか?」
「魔力を通しながら土に蒔くのです。それによって活性化し、大地に恵みをもたらします。綺麗に光りますから、なかなか幻想的な光景ですよ」
「なるほど。やってみよう」
エルフの肥料、もしかしたら凄い効果が出るかもしれない。
そこでふと、俺はあることを思いついた。
アイノが帰って来る目処が立ちつつある今、金が必要なのではないだろうか?
まずこの家だ。リビングと俺の寝室しかない。アイノの部屋は絶対に必要だ。それと、皆の休憩場所になっていることも問題だろう。俺はともかくアイノのプライバシーが危ない。
増築、改築、新築、何かしらの行動が必要だ。
勿論、サンドラに相談するつもりだが、金はあった方が良い。
その上で、この肥料は俺の作るハーブと魔法草の商品価値を高める役に立つのでは?
「ルゼ、この肥料は人里に出さず、ここで俺が使うと約束しよう。必ずだ」
「あ、ありがとうございます」
俺は立ち上がり、棚からメモ用紙とペンを準備する。
「さっそく使ってみようと思うんだが、細かい使用法を教えてくれないか? もちろん、誰にも使い方は話さない」
「は、はい。えっと……まず用量ですが……」
突然勢いを増した俺に戸惑いながらも、ルゼはエルフの肥料の使い方を教えてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます