第101話「まだ畑として使われていない広い草原に俺は立っていた」

「なるほど。ここに来るのか」


 聖竜領の南側。集会場として使われている広場よりさらに南。まだ畑として使われていない広い草原に俺は立っていた。

 俺の前にはちょっとした倉庫くらいの大きさがある木製の箱が置かれている。上部にはフックをかけるためだという金具が複数取り付けられ、全体的に頑丈そうだ。


 これはハリアが空を飛んで荷運びするための箱である。

 聖竜領内で荷物を降ろす場所として、この草原を利用していると聞いて見物に来た。草原は軽く整地され、荷卸し用の道具が置かれている。


「おはよう。アルマスさま」


「ああ、おはよう。ハリアも来たのか」


「うん。アルマスさまが出ていくのがみえたから」


 俺もハリアも昨日は屋敷で一泊だ。サンドラは朝から打ち合わせでここにはついてこれなかった。


「ハリアはあれを運んで重くないのか?」


「おもくないよ。かんたん。たのしいよ」


「そうか。これがあれば皆助かるだろうな」


 あの箱は大きくなったハリアの胴体よりも大きい。輸送が大変かと思ったが、そんなこともないらしい。竜は強いからな。


「おはようございます。朝から見学ですか?」


 ハリアに続けてやってきたのは魔法士のユーグだ。相変わらず少年のような見た目の彼は箱を見ながら楽しげに語る。


「来る途中に見て驚いたでしょう? アルマス様がいない間に皆で頑張って作ったんですよ。ハリアの身体にかける道具を何度も試作したりね」


「ユーグも手伝ったのか?」


「一部ですが、ロイ先輩の代わりにゴーレムも作ったりしましたよ」


「ユーグ、だいかつやくだったよ」


「そうか、見たかったな」


 俺がいないと聖竜領のゴーレム製造量は著しく減る。というか、ロイ先生だけだと一日一体だ。ユーグが来てくれていて助かった。


「苦労した甲斐はありましたよ。輸送量は多いし、早くて安全です。これは実際にやってみてわかったんですが、一番の利点は揺れが少ないことですね」


「そうなのか?」


「ハリアの飛び方、ゆれないんだよ。けっかい、はるから」


「なるほどな。翼の無い竜は身体の周りを覆う形で飛行魔法のようなものを展開するからな」


 飛行は俺には無い力なので詳しく語れないが、そう聞いている。魔法の力で飛ぶので風や天候の影響が少ないとも聞く。


「竜の力は不思議ですね。魔法のようで魔法で無い。ハリアは手足を動かすような感覚で、空を飛んでいるようです。しかも、その飛行の力はハリアを中心に球形に広がっているようで、荷物も安定するんですよ」


「びっくりしたね。ユーグと調べるじっけん、楽しかった」


「そんなことをしたのか?」


「最初に割れやすいものを入れたらほぼ無傷なのが気になって。おかげでハリアと仲良くなれましたよ」


「ともだち、だよ?」


 そう言うとふよふとと飛んでハリアがユーグの腕の中に収まった。ハリアが満足気に頬を緩ませる。女性陣が羨みそうな光景だ。


「揺れないのは大きな利点だな。量に関しては馬車を沢山用意すればいいが、振動はそうもいかない」


 イグリア帝国内の馬車も板バネなどで改良されているが、それでも揺れる。繊細な品を運ぶのは手間も多い。


「はい。ポーション製造の器具なんかを運ぶのに助かりました。たまに割れたり歪んだりしてますからね。いっそ、東都までハリアに飛んで欲しいくらいです」


「ぼくも都会にいきたいなー」


「いきなり行ったら大騒ぎになるから駄目だ。まあ、第二副帝があれだからそのうち行けるかもしれないな……」


 東都ならハリアの好奇心を満たすものが多くあるだろう。そして、第二副帝クロードはハリアに会いたくてたまらないだろう。今度出す報告書にちょっと書いてみれば動いてくれるかも知れない。


「機材も揃いましたし、オレもそろそろ引っ越しですね。エルフの森の中の工房で仕事しないとですから」


 少しだけ寂しそうに、ユーグが言った。


「屋敷からでは駄目なのか? 大した距離でもないし」


 ロイ先生を先輩と慕うユーグとしてはそちらの方が楽しく暮らせるように思えるのだが。


「魔法草とポーションの研究がオレの仕事ですから。それに、ロイ先輩とアリアさんの邪魔をするわけにもいきませんからね」


「……まさか、二人に進展があったのか?」


 この一月、ロイ先生はそれなりに多忙だったはずだ。その間に二人の関係に変化があったというのだろうか。


「忙しい先輩を心配して、夜にアリアさんが差し入れに来たりするんですよ。手伝っていたオレもお茶とかご一緒することが多いんですが、邪魔かなって」


「ユーグ、きづかいだね」


「まあね。ロイ先輩、昔から女性に興味なさそうにしてたんですけど、アリアさんだけは別みたいなんで。たまに凄いテンションでアリアさんのこと話されたりするんで、少しは協力しないとなって……」


「良い後輩を持ったな、ロイ先生は」


「あと、割と見てて面白いんで楽しんでます」


 その気持ち、俺も少しわかる。


「あの二人のことはそれぞれに任せておこう。もう大人だし、他にもお節介なのが沢山いるからな」


 ロイ先生達のことは聖竜領の他の面々のみならずクアリアの職人達も見守っている。何もしなくても状況は動いていくだろう。


「そうします。でも、オレが森の中にいる時に何かあったら教えてください」


「わかった」


「りょうかいだよ」


 楽しそうに言うユーグに俺とハリアは同時に答えた。人間関係を娯楽にしているようだが、この場合は悪い方向にはいかなそうだからまあ良いんじゃないかと思う。


「さて、そろそろ俺は家に戻るよ。一月以上空けていて心配だからな」


 流石に自分の家の状態は気になるので、サンドラとろくに話さず屋敷の外に出たのだ。

 思いがけず色々と情報を仕入れてしまったが、本来の用件を片づけてしまおう。


「アルマス様の家でしたら、森の畑仕事での休憩時に皆が掃除していますよ。あと、スティーナ達が窓ガラスと暖炉を設置してくれました。ハリアが輸送した時、ついでに調達しちゃえって」


「おお、ついに入ったか。それは早速確認しないとな」


 窓ガラスも暖炉も昨年のうちから話していたが、他を優先して後回しにしていたものだ。

 ちょうどここでスティーナ達の手が空いたということだろう。助かる。


「では、俺は家を確認にいく。何か用件があったら言ってくれ」


「アルマス様、おみやげは?」


「別便が馬車で届くぞ。もしかしたらハリアも運ぶかもな」


 土産だけで無く第二副帝から物資などがこれから続々と届く予定である。中には繊細な道具もあるからハリアが活躍するかも知れない。


「わーい。たのしみー」


 ユーグの腕の中で小躍りを始めたハリアを少し眺めた後、俺は自宅へと向かうのだった。

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