第108話「冷静に呟く俺の横でエルミアが動揺していた」
「では、見ていてください」
エルミアの鍛冶屋の外、試し切り用に作られた木の棒を指さしてマイアが言う。
彼女の手に握られているのはシンプルな短剣だ。剣を振るには目標までの距離が遠い、十歩以上ある。
マイアの報告を受けて俺はすぐに鍛冶屋へ向かうと、動揺しているエルミアがいて、そのまま実演となった次第だ。
「ふんっ……!」
マイアが気合いの声を出すと、短剣の刃がうっすらと輝いた。
間違いない、魔力の光だ。
「いけっ!」
鋭い声と共に、短剣を振ると、刃を覆っていた魔力が三日月状になり飛んだ。
魔力刃とでも呼べそうなその力は、矢のような速さで木の棒に衝突、小さめの丸太で出来たそれを半分くらい切り裂くと消滅した。
「……魔剣だな」
「や、やっぱり。ふ、普通に剣を打ったつもりだったのですだよ、なんでまた……」
冷静に呟く俺の横でエルミアが動揺していた。
「落ち着けエルミア。これは悪いことじゃない。ドワーフに魔剣を打てる鍛冶がいるのは事実だ。君がそうだった、ということだろう」
「エルミアはこれまで剣を打ったことがありませんでしたからね。ようやくここで才能が開花したのでしょう」
短剣を太陽にかざしながら、嬉しそうにマイアが言う。
「でも、困っただよ。どうやって作れただかがわからないですだよ」
当たり前だが狙って作ったわけではないようだ。この動揺も自分に何が起きてるか把握しきれないことから来ているのだろう。何でこうなったのかわからない、マイアもその辺りの知識はないので説明できない、そこで俺に相談に来たということのようだ。
俺もドワーフに詳しいわけではないが、幸い人間時代に魔剣を打つ者の話を聞いたことがあった。
「エルミア、剣を打つ時にどんなことを考えていたか覚えているか?」
「剣を? ……たしか、マイアさんが『自分は弓矢が得意じゃないから、いっそ剣が飛べばいいのに』と話してたから、そんな剣があったら面白いなと考えたような……」
「それだな。ドワーフの中には武具を作る際に魔法のような力を発揮する者がいるという。エルミアは知らずにその力を使っていたと言うことだ」
それは自分の考えた理想の武具を造り出すため、ドワーフに与えられた不思議な力だ。木々に作用するエルフの魔法とは違う、鉄に作用する魔法とも言える。非常にあやふやな能力であるため、体系立てた学問にもできず、出来上がりに個人差が多い。
「つまり、あだじは自分の想像した武器が作れるってことですだ?」
「かもしれない。すまない、俺もあまり詳しくないんだ。君の想像力が研ぎ澄まされ、具体的である程、強力な魔剣になるんじゃないだろうか?」
後で聖竜様に詳しいやり方をきいてみようか。いや、実際に力を振るえるドワーフの方が詳しそうだな。その場合、門外不出とかで教えてくれなそうだ。
「素晴らしいことですっ。試しに作ってくれた短剣でこの威力! エルミアに依頼して正解でした!」
マイアはとても嬉しそうだ。
聖竜領としても魔剣を鍛造できる鍛冶師がいることは有り難い。しかし、別の問題が生まれる。
「エルミアはどうする? いっそ魔剣専門の鍛冶屋になることもできると思うんだが」
「それだと、ここの普段の仕事ができないですだ……」
魔剣は高価だ。高い売り物になる。サンドラも喜ぶだろう。しかし、エルミアは聖竜領の鍛冶屋としての仕事があり、それは欠かせない。
「魔剣が造れると言っても、一本きりかもしれないし……」
エルミアもそれほど自信があるわけではないようだ。
そうだな、彼女にはまず、経験を重ねて自信をつけることが必要だ。
「アルマス様、ここは急がなくても良いのでは? エルミアに鍛冶の腕を鍛えてもらうというのは駄目でしょうか?」
遠慮がちに、マイアが言ってきた。エルミアを慮ってのことだろう。
「そうだな。サンドラに報告はするが、しばらくは鍛冶屋の仕事をしつつ、剣を作って貰おう。聖竜領の仕事の中で自分の腕を鍛えるといい」
「あ、ありがとうございますだ!」
エルミアは嬉しそうだった。気弱な彼女に期待やストレスのかかる仕事を振るのはまだ早い。サンドラも反対しないだろう。
「驚いているようだが、これは良いことだよ。領地の金で武器の素材を仕入れる理由になるので、やりやすくなるだろう。マイアのために良い剣が作れるといいな」
そもそも、エルミアの鍛冶としての腕はかなり良い。いきなり魔剣が出来たのも彼女の長い下積みがあってのものだろう。
「エルミア、私も協力しますから、一緒に良い剣を作ってください!」
「が、頑張りますですだ!」
マイアに励まされて、エルミアが元気に返す。ようやく自分のやったことに実感が出て来たのだろう。いつも前髪で隠れているその瞳が輝いている。
「俺が言うのもなんだが。色々なことが起きるな、ここは」
視線を丘の上の屋敷に向ける。そこで仕事をしている領主がこの報告を聞いたら、さぞ驚くことだろう。
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