第96話「アイノのためですから、徹底的にお願いします」
ラエーブの街から北へ一日。その場所へ近づくと、あまりにも唐突に景色が変わった。
砂漠だ。細かい砂粒ではなく、小さな石が多く見られる礫砂漠というやつが俺達の前に広がっていた。
事前に見た地図に描かれた通り、まるでそこに境界線が引かれているかのように唐突に草原が砂漠に変わる異様な場所。
砂漠といえど極端な気候になっているわけでも危険な魔物が棲んでいるわけでもないこの地にはしっかりとした街道が整えられている。
主に遺跡を調査する学者向けのその道を俺達はゆっくりと馬車で進んでいた。
「不思議な場所だ。この辺りの大地からすっぽり魔力が抜け落ちている。元に戻ろうとする気配もない」
実際に近くで見ても、ここは城壁の上から見た通りの場所だった。
死んだ大地、そんな言葉がぴったりだ。これでは生き物は寄りつかないし、植物も育たないだろう。
「ねぇ、アルマス。ここに危険はないの? 大地から毒でも出ていそうなんだけれど」
あまりにも景色が変わったことに動揺したサンドラがそんな心配をする。
「そこは問題ない。ここはただ単に大地から魔力が失われ、回復しないだけだ。生命が生きていけない環境だが、いるだけで身体に悪いことが起こるわけじゃない」
「そう……。安心した。でも、魔法装置がこれを引き起こしたなら、とても恐ろしいわね」
「俺もそう思う。相当なことをやっていたんだろうな……」
魔法というのは使い方次第で恐ろしいことを引き起こすものだ。
「見えてきました。あれが研究所ですか。まるで砦ですね」
外を眺めていたリーラの言葉通り、進路上に二階建ての頑丈そうな石造りの建物が見えてきた。背が低めの石壁に囲まれたその姿はまるで小さな砦だ。
あれは遺跡の研究所であり、十人程度の研究者が在住して日夜遺跡を調べているという。
「あれが魔法装置か……」
砦のすぐ隣にそれはあった。
大きさは研究所の半分くらい。黒曜石を切り出して磨き上げたかのような、黒光りする異様な建築物だ。
あれこそが『嵐の時代』に作れたという魔法装置の遺跡だろう。
元は周りに建物があったが、何らかの事故が起きて中枢である部分だけが残ったという。
「今気づいたのだけれど。辺りにある大きめの岩って、建物の残骸なのね……」
サンドラに言われて周囲に目を配ると、ちょうど大きめの岩が近くにあった。
風雨にされされた影響か、表面はかなり削れているが、うっすらと彫刻のようなものがある。
「魔法装置によって崩壊したエーブの街の名残だな」
ラエーブの街の人々はここに居住していた人々の子孫だと言う。
今わかっているのは、エーブの街が一夜にして滅んだわけではないということくらいだ。そうでなければ、住民が逃げることなどできない。
「聖竜様、アルマス、危険なことをしないで……いえ、起こさないでね」
「いや、俺達が何か起こすと思われるのは心外なんだが」
俺が軽く抗議する中、馬車は研究所の敷地に入っていった。
○○○
「クロード様からお話は聞いておりましたが、まさか『嵐の時代』の賢者様にお会いできるとは思いませんでした。あ、その辺り段差があるから気を付けてください」
研究所に到着して二時間後、俺達は意外なほどすんなりと遺跡の中に入れていた。
全てはクロードの根回しのおかげだ。
俺の情報はしっかりと現場に伝わっており、サンドラ達同伴で魔法装置内部に入らせて貰えた。
装置内部は人がすれ違うのがやっとな通路が張り巡らされており、後付けの明かりの魔法具によって内部が照らされていた。
見た目と同じく、室内も真っ黒だ。たまに壁の一部がはがれていて、そこにびっしりと魔法陣が描かれていたりする。
「俺がいうのもなんだが、国家機密的なものをこんな簡単に見させて貰っていいのか?」
「アルマス様は特別です。この遺跡と同世代の賢者、その上聖竜の眷属。むしろ、この遺跡に関する研究を進めるきっかけになることを期待しております! ……実はあんまり芳しくないのですよ、成果が」
主任研究員だと自己紹介した眼鏡の男性はそう言って肩を落とした。
ちょっと疲れた感じの中年男性なのだが、穏やかな口調がどこかロイ先生を思わせる人物だ。
「あの、ここでの研究成果で新しい魔法陣が生まれると聞いたのだけれど」
「年に数度そういうことがあるのは事実です。ですが、我々はこの遺跡全体の二割も把握できていないのが現実でして……」
サンドラの疑問に答えつつ、再び肩を落とす主任。
「宝の山ですが、宝が重すぎて持ち帰れないのですね」
「その通りです。恥ずかしながら、アルマス様には期待しているのです」
ぼそりと言ったリーラに反応しながら、主任は期待に満ちた目で俺の方を見る。
「そう言われても俺もここは初めて見たし。魔法陣は専門でもない。『嵐の時代』といっても俺が生きていた頃と年代も違うみたいだし……」
なんか期待させて申し訳ない気持ちになってきた。聖竜様に頑張ってもらおう。
「もし見覚えのあるものがあったら遠慮無く申してください。あ、もうすぐ中枢部です」
そんな言葉が聞こえた後すぐ、広い空間に出た。
半球状に形作られた部屋。魔法具に照らされるのは継ぎ目の無い黒い壁。
非常に殺風景な部屋だ。研究用に設置された魔法具以外は家具の一つもない。
「中枢という割になにもないな」
「あれがあります」
指で示された方を見れば、部屋の中心部に黒い台座が飛び出していた。
「恐らく、この遺跡を制御するのに使うものかと思います。故障しているらしく、どうしても動きません。内部はまだ未解析の魔法陣でびっしりです」
案内されるまま、俺達は台座の前に立った。
俺の胸より少し低いくらいの台座の上面には丸い窪みがある。
「ここに何らかの魔法具を設置して制御したというところか」
「恐らくは……」
「触っても?」
「どうぞ。私達では何も起こせませんでした」
試しに表面に触ってみる。
「……………」
何も起きない。
『のうアルマス、ちょっと魔力を流してくれんか? 明かりの魔法くらいのちょっとだけじゃぞ』
『……わかりました』
唐突に聞こえた聖竜様の声。それに従い、微量な魔力を流す。
すると、台座の表面に魔力の光が走りうっすらと無数の幾何学模様が浮かびだした。
「反応したな……」
「おおっ……! これは一体!?」
主任が驚き叫ぶ。
「……アルマス、何をしたの?」
サンドラとリーラは驚き目を見開いた。
「聖竜様の言うとおりにしたら動いた。ちょっと待ってくれ」
『ふふふ、驚いたようじゃのう。これはワシの研究の成果じゃ。竜の魔力を魔法具に流し込むとじゃな、魔法陣の中でどう魔法が発動するか見極めることができるのじゃ。魔力をゆっくり流して、魔法具の中で発動する魔法をゆっくりと時間をかけて動かしたりして、反応を観察するのじゃよ』
『普通は魔法陣を発動させないとどうなるか判断できないのに』
人間の魔力は魔法陣を書き、それを発動させて成功か失敗かを見極める。そのため、いきなり原因不明の暴走をしたりする。
しかし、竜の魔力を使えば、少しずつ魔法陣を発動させどこが不味いか判断できるということだ。
聖竜様、相当研究していたようだな。
多分、いや確実に、もう俺よりも魔法陣に詳しい。
「どうやら、竜の魔力を使えば、少しずつ装置に魔力を流し込んで、どこがどう動くのか把握できるらしい。俺じゃ無く聖竜様のやり方だが……」
「凄い。そんなことがっ。それで、この施設の全容がどのようなものか掴めるのですか?」
『どうなんですか?』
興奮する主任の質問をそのまま伝えると、聖竜様から申し訳なさそうな声が帰ってきた。
『あー、多分じゃが。ワシに把握できるのは『ここにこういう魔力が流れてるので、こんな風になる』というフワッとした感触でのう。人間にわかる形で説明するのは無理じゃ』
どうも感覚的に把握することしかできないらしい。
『まあでも、ここが何のための施設かくらいは掴めるかもしれないのう』
「細かい魔法陣についての説明は難しいが、この施設の正体は掴めるかもしれないそうだ」
かいつまんで説明すると、主任が歓喜に包まれた。
「そ、それだけでも十分です!? それで、作業をお願いしても?」
『ワシとアルマスが全力でやってどのくらいかのう……。とりあえず三日な。時間がかかったら延長で』
『今ちょっと適当に見積もりましたね……』
『だって初めてやることじゃし。わからんし』
それもそうだ。
『念のため、皆には避難しておいて貰いましょう。何が起きるかわからない』
『うむ。それが良いじゃろう』
話がまとまったので、あからさまにワクワクしている主任に告げる。
「とりあえず三日欲しい。それと、研究員とサンドラは念のため避難していてくれ。何が起こるかわからない」
○○○
研究員は割と簡単に避難を承諾してくれた。クロードが最大限の便宜を図るよう事前に言ってくれていたのが大きい。
その代わり、サンドラの説得に少し手間取った。どうも俺がここで何をするか見届けたかったようだ。しかし、そこも何とか納得して貰った。
砂漠化を引き起こしたような危険な遺跡に俺達以外の人間を置くわけにはいかない。
誰も居なくなった遺跡の中枢。制御盤の前で俺は杖を掲げていた。
『聖竜様、この遺跡。何のためのものだと思います? 俺は竜脈を利用した兵器だと思うんですが』
『まあ、それが妥当なところじゃろうなぁ……』
『嵐の時代』は戦の時代だ。竜脈を利用して戦況を有利にしようと考えてもおかしくない。 それが上手くいかなくて制御装置は暴走。周辺を砂漠化して停止。
このあたりが妥当な推測だろう。
『ま、それもこれも見ればわかるじゃろう。アルマス、力を貸してもらうぞい』
『ええ、よろしくお願いします』
両目が熱を持つ。強大な力が降りてくる気配がする。
聖竜様が俺に強く干渉している。大地を動かす時と同じくらいの力強さで。
杖を制御盤に押しつける、魔力が流れ込み、それが徐々に広がっていく。
死んでいた遺跡が擬似的に蘇る。
聖竜様が俺を通して遺跡の各所に魔力を流す。時に強く、時に弱く。
『ほう、ほうほう……』
『これだけで本当に何の魔法装置かわかるんですか?』
『だいたいな。魔力の流れる様子や変化をお主にはできない範囲で観測できるのじゃ。こう見えて六大竜じゃからなあ』
単純に生き物としての能力で俺とは桁が違うからこそのようだ。
『そこは流石は聖竜様ですね……。俺は好きにしてくれて構いませんから、ごゆるりと』
『うむ。すまんが付き合ってもらうのじゃ』
『アイノのためですから、徹底的にお願いします』
俺と聖竜様による遺跡の調査はそれから休憩やラエーブの街にいるサンドラ達への連絡を挟み、合計五日間続いた。
全てが終わった後、聖竜様がもたらした結果は、驚くべきことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます