第95話「多くは望まないが少しくらいは」

 東都より北にあるラエーブの街は周囲を石壁で囲んだ木組みの家が並ぶそこそこの規模の場所だった。家の壁が様々な色に塗られていて、街中が賑やかな雰囲気になっているのが特徴だ。また、北にある魔法装置の遺跡のおかげか魔法士も多く、大都市でも無いのに工房がいくつもあるようだ。


 クロード達との話し合いの翌日、馬車を用意して貰った俺達は無事にラエーブに到着した。 治安と街道の良いイグリア帝国での道中は穏やかなものだ。


 俺達は用意された宿に荷物を置いて、街中を散策。そのまま目についた喫茶店に入ったところである。


「思ったよりも面白いものがなかったな」


「そうね。魔法具なんかはあったけれど、どこでも買えるものばかりだし……」


「東都に戻った時にまとめて買うと致しましょう」


 俺達が相談しているのは聖竜領への土産についてだった。

 せっかく東都から離れた街に来るのだから珍しいものをと思ったのだが、このラエーブの街ではこれだという物品は見つけられなかった。

 一通り街中を歩き、これなら東都の大規模店で何か探す方が良さそうだという結論に至ったところである。


「この後のことだが、城壁に登って北側の魔力を見させて欲しい。一応、この辺りの土地がどうなっているか確認したいんだ」


「わかったわ。ここで軽く食べてから行きましょう」


 そんな話をしているとお茶とケーキが運ばれてきた。

 お茶は紅茶でケーキはスポンジ状のものの上に白い砂糖の衣が乗っているシンプルなもの。

 たしか、これはシュガーアイシングといって砂糖に牛乳なんかを混ぜてケーキを覆っているのだとトゥルーズに聞いた記憶がある。


 ケーキを一口食べると、スポンジの中に果実の種が入っていたらしく思ったよりも歯ごたえがある感触があった。ちょっとだけ苦みが混ざるのが不思議と味わい深い。


「苦みがあっていて美味いな」


「これはシードケーキね。今度トゥルーズに作ってもらおうかしら」


 そんな風に感想を言い合いながら食べていると、リーラがぽそりと一言漏らす。


「聖竜領の皆はどうしているでしょうか?」


「そうね。聖竜様が何も言ってこないから平気だと思うけれど」


「確認してみよう」


 このまま順調にいっても帰るまで十日以上かかる。ここらであちらの様子を聖竜様に聞くとしよう。


『というわけで聖竜領の様子を教えて欲しいんですが、良いでしょうか?』


『よかろう。ワシからの連絡がないことからわかるように順調じゃよ。スティーナがハリア用の荷運びの器具を完成させて、クアリアと聖竜領の間を空から輸送するようになっとる。竜が空をゆっくりと飛んで荷物を運ぶとか、牧歌的なのか恐いのかよくわからん光景じゃなぁ』


『俺が言うのもなんですが、凄い場所になりつつありますね……』


『まあのう。あと、マイアが荷物に紛れて空を飛んだことが発端で、皆が乗ろうとして問題になったくらいじゃ。危ないからとロイ先生が止めたぞい』


『……ちょっと楽しそうですね』


 気持ちはわかるが危険なのでロイ先生は正しい。人間は高いところから落ちたら死ぬ。


『お主も真似せんようにな。ところで問題は明日じゃな。魔法装置、それも相当凄いものが見られるのなら、アイノの治療に役立てるかもしれんぞ』


『今更ですが、魔法陣についての理解が早いですね、聖竜様』


『世界を創ったのは伊達じゃないということじゃよ。少し学べば仕組みは大体わかるのじゃ』


 そういうものか。聖竜様については俺如きでは計り知れない存在だからそれで納得していくとしよう。


『この後、城壁に登って北の方を観察してみます。なにかわかればいいですが』


『うむ。ワシも手伝うとするのじゃ』


 そこまで話すと聖竜様の気配が遠ざかった。


「話は終わったみたいね。どうだった?」


 じっと俺のを方を見ていたサンドラが問う。


「特に問題はないそうだ。ハリアが輸送の仕事を始めて、マイアがこっそり乗って空を飛んで怒られたらしい」


「……平和そうで何よりだわ」


 苦笑しながらケーキを口に運ぶサンドラは長閑(のどか)な自分の領地を想像したのか、少し楽しげだった。


○○○


「ここからは何も見えないな……」


 ラエーブの街の北側の城壁。吹き付ける温かい風を顔に受けながら、俺は遙か彼方を見据えてそう呟く。


「ここから歩いて一日以上の距離だもの。流石に見えないわよ」


 羽織った上着を飛ばされないように抑えつつサンドラが言う。

 北側に見えるのは草原と森と山だ。聖竜領周辺よりも起伏が緩やかだが、城壁程度の高さではそれほど遠くまでは見通せない。


「……とても砂漠があるような地域には見えませんね。普通に豊かな土地に見えます」


 目を細めて景色を見ていたリーラがそう漏らす。

 彼女の言うとおりラエーブの周辺は豊かな土地だ。本来なら砂漠の存在する余地はない。

 やはり件の魔法装置が砂漠化に関わっているのは間違いないだろう。

 

 そして、土地に作用する魔法ということは竜脈とも関係が深いはずだ。

 しかし、竜脈は人間には扱えない。そのため、魔法装置には魔力に対して特殊な作用をする機能が組み込まれている可能性が高い。


 俺と聖竜様の狙いはそこだ。竜の能力とは別系統からの魔力に対するアプローチ。その技術の一端を得ることができれば、アイノの治療に役立つかも知れない。


「さて、見てみるか……」


 杖を取り出し、遙か彼方までの魔力を見渡すべく、竜としての能力を活性化させる。

 視界では捉えきれなかった遙か彼方まで、この辺り一帯の魔力の流れ、すなわち竜脈を観察する。


「……なるほど。たしかに大地の魔力が完全に途切れている箇所があるな」


 北の方で急に大地の魔力が無くなっている地域があった。その周辺だけ、川に巨大な岩が置かれたかのように魔力の流れが避けている。

 通常ならあり得ない、この辺りは豊かな大地だというのに。そこだけ魔力が枯渇し大地が死んでいる。


「アルマス、何かわかった?」


「例の魔法装置が大地を流れる魔力に対して何かをやったということがわかった。……期待できるかも知れない」


『うむ。これはもしかすると、もしかするかもしれんのう』


 聖竜様も同意見のようだ。期待しすぎると外れた場合の反動が大きい。

 それはわかっていて尚、顔に出てしまったのだろう。

 明るい表情をしたサンドラが俺の方を見ていた。


「アルマス。良かったわね」


「いや、喜ぶのはまだ早い……」


 杖をしまい、心を落ち着けて再び北を見る。

 もしかしたら、と思わせてくれるだけで今は十分だ。


「上手くいくといいわね、アルマス」


「ああ……。ほんの少しでもいいから、アイノの治療に役立てたい」

 

 多くは望まないが少しくらいは。心の底からそう思いながら、俺はサンドラに同意した

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