第97話「しかし、発見しすぎた」
「いやぁ、温かい食事はやはり美味しいな」
「まさか戻ってきて最初に言われるのが『食事に行こう』だとは思わなかったわ』
ラエーブの街、サンドラとリーラが泊まる部屋で俺は五日ぶりのパンとスープを楽しんでいた。クロードが手配してくれたこの宿は落ち着いた雰囲気で過ごしやすい。部屋もそこそこ広く、こうして室内で食事を取れるサービスもある。
魔法装置の解析は思った以上に時間がかかり、サンドラや研究者に魔法具で連絡をとりつつ、合計五日ほどかかった。
その間、基本的に飲まず食わずだ。更に殆ど眠らずに聖竜様と共に作業に没頭していた。
「これでも早く終わったんだ。不眠不休で作業をしたんだからな。人間だったらとても耐えられない」
「もう少し身体を気遣った働き方を考えた方が良いと思うわ」
「あまり時間をかけたくなかったし、この程度で竜の身体はどうにかならない。……ありがとう、リーラ」
リーラから紅茶のおかわりを貰い、それを飲んで一息つく。手早く食器が片づけられ、クッキーが並んだ。
「では、報告をしようか。色々とわかったことがある……」
わざわざ宿の一室で食事をしているのは理由がある。俺と聖竜様が魔法装置について得た知識を報告するためだ。
「魔法具で『終わったから帰る』という連絡があってから半日で帰ってきたのは驚いたわ。相当のことがわかったのね」
「いや、食事が恋しくなったから急いだだけだ」
「……………」
サンドラとリーラが呆れ顔で黙り込んだ。そのくらいいいじゃないか。
何となく沈黙が重いので本題を切り出すとしよう。
「実際の所、解析したり理解しているのは聖竜様なんだが。俺の方もいくつか便利そうな魔法陣を教えて貰った。ロイ先生に伝えれば、聖竜領の役に立つだろう」
「魔法装置の研究員が年単位で必死になって調べて出す結果を一瞬でやったのね。凄いわ……ではなくて。わたしが気にしてるのはあなたの目的に適ったかどうかなのだけれど」
俺の目的、それはアイノを助けるための知識を得ることだ。
「それについても収穫があった」
「良かった……。こんな遠くまで来て何も無しだったらどうしようかと」
「おめでとうございます。アルマス様」
二人の祝福の言葉に俺は複雑な気持ちで頷き言う。
「まあ、まだ確実というわけでは無いんだが。あの魔法装置の特性からいってどうにかできる可能性が高いという話でな。……そもそもあれは、世界の竜脈を治療する装置だったんだ」
「……治療? 砂漠化ではなくてですか?」
リーラの疑問はもっともだ。状況的に、あの魔法装置は環境に影響をもたらす兵器だと想像する方が容易い。俺達だけで無く、イグリア帝国の学者もそう考えていた。
だが、実際はその逆だった。
「そもそも『嵐の時代』が起きた原因は竜脈の乱れだ。世界中に流れる魔力が六大竜ですら制御できないくらい乱れ、天候不良や不作に代表される様々なことが起きた」
「前にアルマスから聞いたことがあるわね。そういうことを書いた本も読んだことがある」
『嵐の時代』の竜脈の乱れは酷いなんてものじゃなく、土地だけで無く生命にまで影響を及ぼすようになってしまった。
アイノの身体を蝕んだのもその一端だ。生命に害を与えるまでに変質した混沌と言われる竜脈の流れにどこかで触れてしまい、体内の魔力が変質した。妹の体内は『嵐の時代』の竜脈のように乱れた状態になっていたのである。
「『嵐の時代』の原因に気づいたのは六大竜だけでは無くて、どうにかしようとした人々がいたということだよ。立派な人々だと思う……」
あの魔法施設を作った人々は、『嵐の時代』の根本原因を見抜き、それに対処するため研究を続けたのだ。施設を形作る魔法陣は数百年以上たった現代を遙かに超える技術水準だった。相当の技術集団だったのだろう。
「でも、失敗したのね……」
「ああ、残念ながらな」
現状を見れば、彼らが失敗したのは明らかだ。実験を重ねた結果、あの周辺だけが死の砂漠へと変貌してしまった。
「だが、彼らのやり方は間違っていなかった。人間、エルフ、ドワーフといった種族で竜脈をどうこうするのはとても難しい。大地に流れる魔力は質が全然違うからな」
「それは、竜が関われば結果が違ったということ?」
「聖竜様が言うには、六大竜と会ったことのある者がいれば、この辺り一帯だけはいち早く『嵐の時代』から立ち直ったかもしれないそうだ」
「そこまで……。じゃあ、あれを調べた聖竜様はそれを生かして治療を?」
「時間はかかるが。アイノを治療するための魔法陣を構築してくれるそうだ。上手くいけば、一気に治療が進む……かもしれない」
聖竜様はアイノの治療こそできるが、六大竜という強大な力の前に人間の存在は小さすぎて慎重に事を運ぶしか無かった。
しかし、今回得た魔法装置の知識を活用すれば、人間用の魔法陣を作ることができるかもしれないということだった。
『いやー、人間の知恵というのは凄いもんじゃのう』と感心することしきりだったが、やはり聖竜様は偉大だ。
「簡単だが以上が俺からの報告だ。それと、別に相談したいことがある」
「相談? なにかしら?」
「これをクロードに報告すると、あれこれ聞かれて物凄く話が長くなると思うんだが、どうしようか?」
今回の魔法装置は大当たりだ。クロードには感謝してもしきれない。
しかし、発見しすぎた。東都の城に長期間足止めされそうな予感がする。
「……知識が膨大だから後から報告書を送るといいましょう。聖竜領で書類を作る方が楽でしょう? それと細かいところは聖竜様にしかわからないと言えばいいと思うけれど」
「よし、それでいこう」
「決断早いわね……」
即答した俺を見て、サンドラは癖毛に触れる手を離し、微笑みながら言った。
「これで大きく前進したわね。おめでとう。アルマス」
その言葉に俺は穏やかな気持ちで答える。
「ああ、君達のおかげだよ」
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