第94話「俺達が何かやらかすと思っているのだろう」

「いやー、タイミングをはかって登場したつもりだったんだけれど、上手くいかないものだねぇ」


 紅茶の入ったカップを口に運びながら言うクロードは実に楽しそうだった。

 サンドラがマノンを勧誘した日の夜、俺達は城内でも風変わりな一室に呼び出されていた。

 あまり広くない部屋で、室内にある棚という棚には書物や魔法具、なんだかわからないものが雑然と並んでいる。応接用の机と椅子も簡単なもので、第二副帝がいるに相応しいとは思えない場所である。


 なんでもここはクロードが趣味を満喫するために作らせた部屋だそうで、この城に来る前の部屋を再現しているらしい。

 『第二副帝の私室』と呼ばれるこの場所に招待されることは大変な名誉らしく、サンドラとリーラは当初とても緊張していた。


「まったく、手を出さなくていいと言っておいたのに……」

 

 クロードの隣でヴァレリーが呆れ顔で言う。「この部屋は私達夫婦がもてなすのがルールなので」と全員分の紅茶は彼女が入れてくれた。ここは夫婦のプライベートな空間らしく、いつもより表情が柔らかい。


「おかげで話がすんなり終わったので助かりました。さすがに驚きましたけれど……」


「終わりよければ全て良しさ。僕としてもせっかくの有望な領地に帝都の方から軽い気持ちで介入されるのは面白くないからね。よしこの話は終わりだ。無事に結婚式も終わったことだし、今後のことについて話そうじゃ無いか」


「あの、その前に一つ。セドリックの派閥にいたマノンという女性についてお願いがあるのですが」


「マノン? ああ、男性陣のフォローのようなことをして回っていた女性だね。彼女だけ礼儀をわきまえているようだから調べさせたんだった。たしか、サンドラの同級生だとか」


「流石だな。そんなことまで調べていたのか」


「こういうのは僕の仕事だし、趣味でもあるんだよ」


「昔から人間観察といって厄介事をおこしてきましたから……」


 俺が感心して言うとヴァレリーがため息を吐きつつそんなことを言った。

 クロードの趣味は、情報の重要性を承知しているということだろうが、一歩間違えると危ない人になってしまうのもたしかだ。彼女の苦労が偲ばれる。


「それで、そのマノン嬢がどうしたんだい?」


「彼女はわたしの友人でして、聖竜領でわたしの助手をやって貰おうと思うのです。社会情勢に詳しくて、政治的にも動ける人を探していたというのもありまして。そこで、彼女の実家に一筆書いて頂けないかと」


「なるほど。帝都から聖竜領へ移住する理由が欲しいわけだね。ぼくの見たところ人柄も悪く無さそうだし、いいだろう」


 クロードは特に迷う様子も無く言った。


「大丈夫なのか、そんな簡単に第二副帝が動いても?」


「お安い御用さ。優秀な人材が増えれば聖竜領はぼくにもっと面白いものを見せてくれるだろうからね」


「すいませんアルマス殿。この人は自分の好奇心を満たすのを優先することがあって。今回もそれです」


「いやまあ、悪いことになってないならいいんじゃないか?」


 これが悪い魔法士で人体実験でもしていれば話だが、クロードはそういうことはしなそうだ。やっていいことと悪いことを見極めた上で行動する人間に思える。


「マノン嬢については後で一筆書いておくとしてだ。改めて本題だ。アルマス殿の目的の方だね」


 そう言うと、クロードは机の上に一枚の地図を出した。

 

「イグリア帝国東部の地図だな。市販されているものより詳細なようだが」


 先日読んだ本に乗っていたものよりも大分詳細な地図だった。きっと、ここでしか見られないものに違いない。


「アルマス殿は砂漠というのは知っているかな? 砂や岩しかない地域のことでね。珍しいことに、帝国東部のごく一部にも存在するんだ」


 そう言って、クロードは地図の北にある一画を指し示した。

 周囲に森や平地があるにも関わらず、不自然なまでに円形状の空白になっている場所。

 そこには『エーブ砂漠』と書かれていた。


「エーブというのはその辺りの古い地名でね。少し南に行ったところにラエーブというちょっとした街がある。『嵐の時代』にエーブという街から避難した人々によって作られたという話だ」


「たしか、『嵐の時代』の遺跡があるという話だったな……」


「そう。遺跡はこのエーブ砂漠の中心にあるのさ。四角い建物で、壁、床、天井にびっしりと魔法陣が張り巡らされている。周囲に建物の跡があることから、昔の研究施設の名残だと推測されているね」


「あの、クロード様。砂漠の中心にあるって……」


「うん、サンドラの推測は当たっていると思うよ。この遺跡は魔法装置であり、エーブ砂漠の原因だと思われている。残念ながら、停止している上に分析できないので、何を目的としたもので、どうしてこうなったか、本当のところはわからない。ただ、この遺跡は素晴らしくてね。相当斬新な発想をした魔法士が作ったらしく、ここを調べるだけで新しい魔法陣が生まれたりするくらいなんだよ」


「そんなところを見てもいいのか? とてもありがたいが」


「いいとも。むしろ、聖竜と接触することで何か面白いことが起きないかなと思っているくらいだ。全面的に協力を約束するよ」


 俺の疑問にクロードは満面の笑みで頷いた。俺達が何かやらかすと思っているのだろう、実に楽しそうだ。


「ラエーブの街はここから三日、砂漠の中の魔法装置までは一日と少しだ。遺跡の近くに研究用の建物もあるし、道もある。どうだい、行ってくれるかな? ぼくに準備できる最高の情報のつもりだけれど?」


『おおっ、凄く助かるぞい。是非みてみたいのじゃ』


 話を聞いていたらしい聖竜様が反応した。

 俺としても反対する理由はない。むしろ期待が高まる。


「聖竜様も見たいと言っている。是非ともよろしく頼む」


「よし、決まりだね。出発はいつにする? 話は通してあるから明日でもいいくらいだけれど」


「俺はそれでいい。むしろ早い方が助かる。……サンドラはどうする? 東都でやることがあるんじゃないか?」


 横で話を聞いていたサンドラを見ると、彼女は癖毛に触れ、少し考えてから言う。


「わたしも一緒に行くわ。遺跡というのにも興味があるし、聖竜様とアルマスに関わることは見届けたいもの」


 着いていくのは当然という顔だった。

 それを見たクロードはにこやかに頷く。


「では、明日、聖竜領ご一行様用の馬車を手配しておこう。君達からの土産話を期待しているよ。あ、ヴァレリー、できるだけ馬車は大きめなので頼むよ」


「ちょうど良いサイズを選びます。こっそり同行などさせませんよ」


 あっさりと真意を見抜かれたクロードはわかりやすく肩を落とした。


 自分の好奇心を満足させることに失敗したクロードはともかく、俺達の次の行き先は決まった。『嵐の時代』の遺跡とやらがアイノの治療に役立てばいいのだが……。

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