第93話「過去を思い出したのか、サンドラがどんよりとした目をした」
「まさか家を捨てるとは……。サンドラあなた、突拍子もないことをするわね……」
「わたしだって好きでやったのではないわ。一番良さそうな選択をしただけだもの」
セドリック達とのやり取りが第二副帝クロードの乱入で終わった後、俺達は城内の一室でお茶を飲んでいた。当然、俺が連れてきたマノンも一緒だ。
「まさかアルマスがマノンを連れてきてくれるなんてね」
「あの場にいても良いことがなさそうだったからな。セドリック達の一派はあまり良い感じでは無かったし」
「流石に剣を抜くような人達とは今後はお付き合いできません。それに、今回の件は帝都でもすぐ広まるでしょうから、一度解散でしょうね。私はアルマス様に助けられたといえます」
リーラが淹れたお茶を口に運びながら、マノンが言う。すでに彼らとの関係が他人事となっているのは流石は貴族社会の中で生きている者だ。
「改めて聖竜領の皆さんに感謝を。おかげで我が家の面目を保つことができました」
カップを置くと、改まった顔つきでマノンはそう言って一礼した。
「いいのよ。アルマスが連れて来なくてもわたしから会いにいくつもりだったし。……先日はご免なさい。わたし、あなたに酷いことを言ってしまったわ」
「気にすることはないわ。ここに来るまでにアルマス様が教えてくださいましたし。考えてみれば貴方、昔からそういうところがあったわね。端から見れば人助けしてるように見えるのに、『そんなつもりじゃなかった。効率を考えただけ』と言い張ったり」
なるほど、サンドラらしい。
「そんなに沢山あったかしら。……なによアルマス、その顔は」
「いやなにも」
何やら不服そうだったので俺は目を逸らした。
その光景が面白かったのだろう、マノンがくすくすと笑いを零す。
「楽しそうで何よりです。辺境の地に行ったと聞いて、結構心配していたんですよ?」
「アルマスのおかげで思った以上に状況が良くなったの。……家を捨てても平気だと判断できるくらいにはね」
「それです。差し支えの無い範囲で良いので、聖竜領について教えて貰ってもいいかしら? アルマス様を見て俄然興味が沸いたわ」
「アルマス、なにかしたの?」
「邪魔する連中が剣を抜いたので、軽く転ばせただけだ。正当防衛だぞ」
俺がそう答えると、サンドラは納得したようだった。
「アルマスの強さを見たのね。じゃあ、聖竜領について話ししましょう。具体的な数字などは話せないけれどね」
「ええ、是非お願いします」
それから俺とサンドラは聖竜領についてマノンに説明することになった。
説明といっても殆どは楽しい雑談だ。
マノンは聖竜領についてそれなりに情報を持っていて、話は順調で、何度か質問が飛んでくることすらあった。
シュルビアの治療やゴーレムを使った土木作業、地形が変わったという噂話。
それらについて時に肯定し、時に修正する度にマノンは驚く。
「……私の想像以上の場所のようですね。いえ、アルマス様が想像以上というか」
「話したとおり、聖竜領の急速な発展の大半はアルマスが絡んでいるわ」
「俺なりにできることをやっただけだよ。人間よりも大がかりなことが起きてしまうのは竜だから仕方ない」
「仕方ないで済ませて良いことのようには思えませんが……」
「聖竜領にいると納得するようになるわ。この前なんか新しく大きな竜がやってきたしね」
「あれは驚きましたね」
空になったサンドラのカップに紅茶を注ぎながら、リーラが同意した。
大きな竜、という言葉を聞いてマノンはまた驚く。
「大きな竜……。それは安全なのですか?」
「普段は小さいアザラシみたいになっているから可愛いわよ」
「……?」
ハリアについては上手く伝わらなかったようだ。まあ、あれは直接見ないとわかりにくいだろう。
「話を聞いて理解しました。クロード様が貴方達を重視する理由。サンドラが多くの決断をしたこと、……そして、聖竜領という地がとても興味深いことを。なんだか、直接みたくなってしまうわ」
「それなんだけれど。……マノン、良ければ聖竜領に来ないかしら?」
マノンが冗談めかして言ったのに、サンドラが真剣な顔をしてそう返した。
「えっと、私が? 聖竜領に? 何のために?」
「今回の東都行きでわかったのだけれど。聖竜領には政治的なことが得意な人がいないの。わたしの代理ができる人もね。あなたなら人格と能力が信頼できるし……やっぱり駄目かしら?」
「…………」
突然の申し出にマノンは黙り考え込む。
難しい問題だ。彼女は帝都住まい、大都会からド田舎に来いというのは酷な話だろう。
「…………」
「や、やっぱりだめよね。ご免なさい、突然変なことを言って」
無理筋な頼みだという自覚があったらしく、マノンの長い沈黙にサンドラが慌ててその場を取り繕おうとしだした。
「いいですね。受けましょう」
「そう、やっぱり……いまなんて?」
呆気にとられるサンドラに、マノンは胸を張って言葉を返す。
「受けましょう、と言ったのです。どうせ帝都にいてもどこかの貴族と結婚させられて終わりなんです。私だって、少しくらい好きに生きたいですし、学んだことを生かしてみたいですから」
何かが吹っ切れたかのような顔をしてマノンはそう言った。
「いいのか? 俺が言うのもなんだが、本当にまだ何もないぞ。都会に比べると不便だし、農作業を手伝ったりしなければいけないこともある。過酷とまでは言わないが、快適ではないだろう」
決断が早すぎる。流石に心配になったのでそう言ったが、むしろ決意が強まったかのように、マノンは力強い笑顔を浮かべた。
「ならば快適になるように尽力しましょう。それに、体力の無いサンドラでも農作業ができたのでしょう? なら私は全然大丈夫です」
「……そういえば、マノンは運動だけはわたしより成績が上だったわね」
過去を思い出したのか、サンドラがどんよりとした目をした。
「問題は私の実家ですね。どう説得したものか……」
そんな思案を始めたマノンにサンドラは事も無げに言う。
「それは平気よ。クロード様に一筆お願いしましょう。貴方が優秀だから有望な土地に派遣したいだとか、上手いこと書いて貰えばいいわ。せっかく東都にいるのだから使えるコネは使わないと」
「なんだか逞しくなったわね。貴方」
「一年ちょっとの領主生活で色々あったから……」
遠い目をしながらサンドラは言った。
「サンドラの言うとおりにするとしても、すぐに聖竜領に向かうのは難しいですね。色々と準備を整えないと」
マノンが聖竜領に来るにしても一度帝都に戻ってからになるだろう。それは仕方ない。
「こちらであなたの仕事場を用意して置くから、無理のないように来てくれると嬉しいわ」
「では、お言葉に甘えます。よろしくお願いします。聖竜領領主、サンドラ・エクセリオ」
椅子から立ち上がってそう言うと、マノンは優雅に一礼した。
「よろしくね、マノン。……話が盛り上がって忘れていたわ。一つ、お願いがあるの。これは、領主としてはじゃなく、わたし個人としてのものなのだけれど……」
癖毛をいじりながら、遠慮がちにサンドラが言う。
「? なんでしょう?」
突然のお願いに困惑するマノンに、サンドラは少し顔を赤くしながら言う。
「……わたしの友達になってくれない?」
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