第91話「きっとストレスが溜まることが沢山あったに違いない」
幸いなことに屋敷の近くに来たときの馬車がまだ止まっていた。俺とマノンは馬車に乗り込み城へと向かう。ちなみに事情はマノンが上手く言ってくれた。彼女は口が上手い。
「何故、あんな連中と一緒にいたんだ?」
揺れる馬車の中、窓の外の景色を眺めているマノンに問いかける。
彼女はため息を一つつくと、諦めまじりの顔をして語り出した。
「……私は上に兄と姉が何人かおりまして。これからの身の振り方が決まっていません。親の都合で嫁ぎ先を決められるにしても何にしても、自分の居場所を作る上で役立つコネクションが欲しかったのです。そこで、新しめのグループに接触しまして」
「……サンドラの義兄がいたのは偶然か」
俺の言葉にマノンは首を振る。
「いえ、それも込みです。あの子はとても優秀でしたから、義理とはいえ兄もそうかと期待したのですが……」
残念ながら期待外れだったわけだ。
「それなりに有力者の子息もいるのですが、何分せっかちな方が多くてサポートのようなことをしていたら抜けられなくなってしまった、というところですね」
「なるほどな。……人が良いと言われないか?」
「うっ、たまに言われます。というか、アルマス様。なぜ私を連れてきたのです?」
「サンドラの友人だからだ」
「……………」
マノンは固まった。凄く微妙な顔をしている。これは補足せねばなるまい。サンドラのためにも。
「あー、誤解しないでやって欲しいんだが。君はサンドラの友人だ。サンドラは頭は良いんだが、人間関係に対してなんというか……非常に残念なところがある。君も覚えがあるだろう?」
「……………………」
マノンはじっくり考えた後、「あー」と呻いた。
「たしかに。そういうところがありますね」
「サンドラに聞いたところ、君の認識が正しい。学生時代の関係は友人のそれだと思うぞ。自覚がなかっただけで」
「それ、サンドラに伝えたんですか?」
「言った。結構ショックを受けていた。多分、会ったら謝ってくると思う」
それを聞いてマノンは安心したようだ。穏やかな顔で言う。
「まったく……あの子は変に理屈っぽいところがあるから……」
それには俺も同意する。早熟故の欠点かもしれない。まあ、年齢を重ねるにおいてその辺りの柔軟性も身につけていくだろう。周りに参考になる大人も多いことだしな。
「ところで、サンドラは大丈夫だろうか? 城で荒っぽいことになっていなければいいんだが」
「それなら大丈夫です。血の気の多い人は貴方との交渉に割り当てましたから」
「理由を聞いても?」
「噂通りなら帝国五剣とも引き分けるほどの強者です。その上、『嵐の時代』の生き残りだとも言われている。正直、どんな人が現れるか想像もつきませんでしたから……」
猛獣か何かかと思われていたようだ。失礼な話だ。
それはそれとして念のために確認しておきたいこともある。
「この状況で今更だが、君は連中と袂を分かつということで良いだろうか?」
「ちょうど良い機会ですから。彼らと共にいるとそのうち危険に身を晒すことになりそうですし」
晴れやかな表情でマノンが頷く。流石はサンドラの友人になれるだけあって、なかなか思い切りの良い性格をしている。
「では、城に向かった後、俺に協力してくれ。なにぶん、この国の事情に明るくなくて、政治的な事情が絡む場は苦手でな」
「いいですけど。具体的にどのようなことを?」
「もしサンドラに会うのを妨害された時、俺がやってもいい範囲の行動を教えてくれ」
我ながら暴力が前提なのはどうかと思う。これでは蛮族だ。
「なるほど……」
「穏便に済む方法があればそっちを教えてくれると嬉しい」
「わかりました。協力しましょう」
揺れる馬車の中、城までの短い時間、俺とマノンはいくつか気になる点を確認するのだった。
○○○
城に到着すると問題なくサンドラのいる場所を教えて貰えた。どうやら事前に手を打ってあったらしい。同行しているマノンについても特におとがめ無しだ。
サンドラ達は場内の応接用の部屋の一つにいた。
問題は、扉の前に若手貴族が二名ほど立っていたことだ。見張りのつもりだろうか?
「なんだマノン。なんでお前が来る、予定と違うぞ」
俺がマノンに懐柔されたふりをして入室するつもりだったが、姿を見せるなり駄目そうな反応が返ってきた。
「俺はサンドラに用があって来た。会わせてもらうぞ」
「無理だ。今、サンドラ・エヴェリーナは領地についての交渉を行っている」
「それなら尚更だ。聖竜領に関わる話し合いなら俺が同席する必要がある」
「駄目だ。お前のようなよくわからない輩を通すわけにはいかん」
なるほど。俺が行くと都合が悪いわけだ。よくわからない輩とは酷い言い様だが、彼ら的にはそう見えるのだろう。
「マノン、この場合、押し通ってもいいと思うか?」
「アルマス様は聖竜領の重要人物と聞いています。領地に関わる話し合いならば同席を断られるのはおかしなことかと」
「マノン、お前は……っ」
門番が気色ばむ。
対してマノンは素っ気なく言う。
「事前に何度も説明しましたよ。聖竜領の眷属なる人物は、重要人物。領地経営に強い決定権を持っているので丁重に扱うべきだと。判断を間違えたのは貴方達です。あ、怪我をしない程度にどかすのなら問題は起きないと思います」
「よし、わかった」
目の前の若者達が何か言いたそうだったが、面倒なのでどかすことにした。といっても、過激なことはしない。杖を足に引っかけて軽く転ばせるだけだ。
「おわっ」
「うぉっ」
扉の前がすっきりしたので、そのまま勢いよく開け放つ。
室内には十人ほどの男性と対面する形の配置で、サンドラが席に座っていた。
全員の視線が一斉に俺達に集中する。
それを見たサンドラが、心なしか明るい顔をした。
男達の中の一人、中心付近にいたセドリックが苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「マノン、これはどういうことだ」
「話し合いは失敗しました。更に言うと、アルマス様に向けて剣を抜いたことで全員返り討ちです。あ、怪我はしていません。悶絶しただけです」
「そういうことではない。なぜお前がそいつと一緒にいる」
素っ気ない返事にセドリックは苛立ちを隠さない。
「簡単に剣を抜くような短絡的な人達に嫌気が差したので……というところですかね」
その言葉にその場の全員の顔色が変わった。なかなかはっきり言うな。きっとストレスが溜まることが沢山あったに違いない。
俺とマノンは彼らの刺すような視線を受けながら、サンドラの側に立つ。席には座らない。椅子が用意されてないからな。
「サンドラ、大丈夫だったか?」
「ええ、思ったよりも早く来てくれて助かったかも。なにしろ話が長くて……」
サンドラはうんざりした様子だ。微妙な話をひたすら聞かれていたのだろう。
「これでようやく話をできる状態になったわ。さ、続きを始めましょう」
余裕のある態度でサンドラがそう宣言し、話し合いが始まった。
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