第90話「なんだか俺が凄い悪人みたいじゃないか」

「さて、これをどうしようか?」

 

 宴の席から撤退した俺達はサンドラの部屋に集まって話し合いをすることになった。

 マノンから渡された手紙にどう対応するか。歩きながら開封し、中身を読んだ俺はすぐに決める必要があると感じたのだ。


「……アルマス様を勧誘ですか。それも明後日。事前に準備をしていたのでしょうね」


 テーブル上の手紙を読んだリーラが言う。

 手紙の文面は短く『明後日に迎えの馬車を寄越すから話を聞いて欲しい。貴方にとって大きな利益になるはずだ』ということが書かれていた。


「これはマノンだけでなく、あの場の若手貴族全員の総意ということだろうか? ……俺を勧誘する理由が今ひとつわからないのだが」


 リーラから手紙を渡されたサンドラがじっと文面を見定めながら答える。


「誰も止める気配がなかったのだから、そうでしょうね。アルマス、あなたのことは帝都の貴族間でもそれなりに広まっているのよ。帝国五剣と引き分けたとかね」


「あの件がもうそんなに広まっているのか……」


 マイアの祖父と引き分けたことが情報として広まることは織り込み済みだったが、それで目を付けられることになるとは。


「それだけじゃないわ。クロード様の付近にいるものから聖竜の眷属の力についても知ることができるかもしれない。その、あなたはあまりにも力が強いもの……」


「確かに、それだけ聞けば俺の利用価値は高いと踏めるか……」


 人間では不可能な魔力の運用、強力な戦闘力、こう考えてみれば欲しがるところはいそうだ。そんなに便利なものじゃないんだが。


「しかし、アルマス様が聖竜領を離れることはできないでしょう? 聖竜様の眷属だという話を聞けばそのくらいの想像はつきそうなものですが」


 確かにその辺りは少し調べればわかるはずだ。

 昨年の動きを見れば俺は聖竜領からほぼ出ていないし、眷属という立場についても多少なりとも調べがつくだろう。

 そこを踏まえると、別の推測も立ってくる。


「この手紙には陽動の意味も含まれているな。恐らく、俺が留守の間にセドリック・エヴェリーナがやってくる」


「でしょうね……」


 俺の推測にサンドラは頷いた。

 連中が俺に関する情報を半分でも信じるならば、俺とサンドラ達を引き離しにかかるはずだ。自分で言うのもなんだが、俺の存在は不確定要素すぎる。予想がつかない未知のものほど恐い物はない。


「多数に囲まれて、交渉とも呼べない話を持ちかけてくるはずだ。どうする?」


 セドリックは聖竜領に干渉するための足がかりを得るために仲間を引き連れてサンドラ相手に話を持ちかけてくるだろう、昨日の宴の席のような状況を作ってだ。荒っぽいことをされないか気がかりだ。 


「多分、大丈夫よ。対策もあることはあるし。それに、日付は明後日。一日あればクロード様に事情を話して準備を整えることもできる」


「いっそのこと、クロード様から手出しをしないように釘を刺してもらうことはできないのですか?」


 リーラの発言にサンドラは首を横に振った。


「それもできるけれど、このくらいならわたしが自力で切り抜けるべきだと思う。わたしの家の問題なのだから、できる限り自分で解決したいの」


「他人を頼るのは悪いことじゃないぞ?」


「もちろん、クロード様の力は借りるわ。それとアルマス、あなたが早く戻ってきてくれるととても嬉しい」


 そういうとサンドラは遠慮がちに笑みを浮かべた。

 もちろん、その申し出を俺が断る理由はない。

 

「任せてくれ。手早く話を終えて戻ってくるようにしよう。いっそ向こうが武器でも出してくれると楽なのだがな……」


「できるだけ穏便に終えてきてね……」


 軽い冗談のつもりでいったのだが、思った以上に真剣に受け止めてしまった。



○○○


 明後日の朝、約束通り迎えの馬車が来た。

 貴族向けの豪華なものではなく、屋根付きのありふれたものだ。俺はサンドラ達を城に残し、素直にそれに乗り込む。


 馬車はすぐに出発し東都の町並みがゆっくり過ぎ去っていく。どこに向かうのかは知らないが、念のため外の景色をよく見て経路を覚えておくのを忘れない。


 馬車はやがて東都の郊外といえる住宅地に到着した。比較的大きく古い屋敷が多い。裕福な者が住まう地域なのだろう。


「ここか……」


 御者に指示され降りたのはその中でも古めかしい屋敷の前だった。庭の手入れは申し訳程度で、それも最近やった形跡がある。このために空の建物を利用して慌てて用意したようだ。

 俺が庭に入ると、ドアが開きマノンが現れた。


「おはよう。なかなか大変なようだな」


「おはようございます。ようこそおいでくださいました、どうぞこちらへ」


 俺の挨拶に最低限の返事を返すと、マノンは扉を開けて中へ誘う。


 屋敷の中はすぐにホールになっていた。そこには他の部屋から持って来たであろうテーブルと椅子が配置されており。十人くらいの若者達が座って待っていた。

 その中にセドリック・エヴェリーナはいない。むしろ、柄の悪いのを集めた感じだ。


「どうぞ、お座りください」


「いや、いい。手早く済まそう。俺も色々と用件がある」


 マノンは一つ頷くと席に座る男達の横に立った。……どうやら、彼女は立場が違うらしいな。


「ふむ。我々と同じテーブルにつかない分別はあるようだね。貴族に対する礼儀を知っているようだ」


 座っている若者の一人がそんなことを言った。俺が椅子を断ったのを身分に配慮したと判断したらしい。そういうものか。


「手早く、ということなので手早く行こう。聖竜領の自称賢者アルマス。君が古くから生きる魔法士かどうかはともかく、我々はその能力を非常に高く買っている」


「俺がお前達に自分の能力を披露した覚えはないが?」


「…………っ。噂話だけでも十分だ。山を動かし、帝国五剣と互角の実力、強大な魔力と知識で魔境を一年で真っ当な領地に変えた立役者」


「全てが俺の手柄というわけでもないぞ」


 大分話が大きくなっているな。聖竜領がまともになったのはサンドラ達の頑張りのおかげで俺は少し手を貸しただけなんだが。


「話半分でも評価するに十分ということだ」


 男の一人が苛立ち紛れに言った。俺が敬意を払っているわけではなく、面倒なので着席しないことに気づいたのかもしれない。


「それで、評価してくれるならどうするんだ?」


 聞くと、マノン以外の全員が薄笑いを浮かべた。俺が誘いに乗ったとでも思ったのだろう。

「我々はまだ若輩ながら帝国内の有力な貴族だ。君に相応の報酬や身分を用意することができる。働き次第では伝統と格式ある帝国貴族の末席に名を連ねることも可能だ」


 その伝統と格式ある帝国とやらは俺よりも歴史が短いのだが、彼らの尊厳を傷つけないように指摘しないでおこう。


 しかし、なんだか新鮮な気持ちだ。目の前に並ぶ若者達はいかにも貴族という感じで、俺のことを侮っている。サンドラ始め、これまで会った帝国貴族が妙に親しみ安かったので驚きすら感じる。いや、第二副帝のあれは流石に不味いと思うが。


「貴族か……興味がないな」


 率直な感想を言うと目の前の若者達は驚き戸惑った。


「……働き次第では地位も名誉も金も手に入る。こんな東部辺境よりもよほど豊かな暮らしができるぞ?」


「豊かな暮らし……?」


「贅沢な食事、快適な生活、君が噂通りの能力ならなんなら女だっていくらでも寄ってくる。帝国の中心にいれば栄華を極めた生活だよ」


 どうだ、といわんばかりだ。実に俗な感じで若者らしくて良いと思う。ちなみに話の途中でマノンが一瞬不快そうな顔をしていた、真面目な性格なのだろう。

 しかしまあ、彼らと俺では決定的にまで価値観が違うな。俺の想像する贅沢な生活というのは、そういうものではない。


「この話は断る。率直に言ってお前達に興味が沸かない。……では、さらばだ」


 きっぱり断って帰ろうとすると、連中が一斉に席を立った。

 ちらりと見ると一部の人間は近くに置いていた剣に手をかけている。

 何人かは顔が真っ赤だ。どうやら怒っているらしい。冷たく接しすぎたろうか?

 横のマノンはそれを見て顔を引きつらせて硬直している。物凄く小さな声で「……最悪の展開に」と言ったのが俺の耳に聞こえた。


「一つ言う。剣を抜いたなら容赦しないぞ。……俺の話は聞いているのだろう?」


 警告したつもりが逆効果だったらしい。


「いいか、殺すなよ!」


 誰かの叫びと同時、その場の全員が一斉に剣を抜くべく手をかけた。


「遅いな」


 俺は彼らより素早く動いた。

 聖竜様の杖を取り出し、拳大の魔力の塊を作成。超高速で男達に叩き付ける。


「うげっ」

「ごぅ」

「……かふっ」


 そんな短い悲鳴が合計十回響いた後、男達はその場に全員崩れ落ちた。

 魔力塊を連中の鳩尾やら股間やら、当たると痛い部分にそれなりの勢いでぶつけただけである。


 効果は上々で全員が「うぇぇ」だとか「俺……わたし……どうなってんだ?」とか呟いている。股間に直撃した者には少し悪いことをした。


「殺してもいないし、大した怪我もしていない、安心しろ」


「え、あ、はい……」


 呆然と佇むマノンにそう言うと何ともおぼつかない返事が返ってきた。心ここにあらずという感じだ。目の前に広がる光景に現実感がないのだろう。

 一つ、思いつくことがあった。


「そうだ。マノン、良ければ俺と一緒に来るといい」


 そういうと恐怖と驚愕が入り交じった目で俺を見てきた。

 なんだか俺が凄い悪人みたいじゃないか。


「君はここにいるのが不服そうに見えた。城に戻ってサンドラがこれからやることを見て、身の振り方を考えるといい」


「セドリック様がサンドラの所に行っているのを把握しているのですね」


 やはり、思った通りの行動に出ているようだ。


「君がサンドラの友人だと思ってくれているなら、これから起きることをみると良いと思うが?」


 そう言うとマノンは意を決したように俺の方に向かって歩き出した。

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