第89話「どうしよう、いっそこの場で破り捨てるべきか?」
「元気そうだな。話は色々と聞いているぞ」
サンドラの義兄、セドリックはその体格にふさわしい良く通る低い声で話を始めた。
その見た目からも態度からも自信が感じられる。
以前、聖竜領にやってきたデジレ・エヴェリーナは精神的に余裕のない感じだったが、こちらは違うようだ。
「ええ、おかげさまで元気にやっています。何かご用件でも?」
「久しぶりに妹に会ったのだ、話をするくらい不思議な話ではないだろう?」
これまで一度も連絡してこなかった上によく言う。その上、形としては自分の仲間を連れて俺達を包囲してだ。
現状、俺達はセドリックとその仲間の若手貴族に囲まれて、先ほどまでとは別の意味で会場で孤立してしまっていた。警戒したリーラが気持ち、サンドラと距離を縮めた。
立ち振る舞いから何人かは何かしらの心得があるようだが、それほど脅威に感じない。万が一荒事になってもサンドラを守る分には問題ないだろう。その後に上手く事情を説明したりできるかは自信がないが。
「話といっても、特にありませんが」
「大したものだ、たった一年で魔境と呼ばれた場所を領地とやっていけるようにしたとはな。帝都でも噂になっているぞ」
「そうですか……」
拒絶しようとしたが失敗したな。最初から逃がすつもりはなさそうだし、少し話に付き合うしかなさそうだ。
「聖竜領といったか。山奥だそうだな。色々と不便しているだろう?」
「いえ、今はあまり。むしろ冬などは帝都よりも快適なくらいですよ」
事実だ。俺が暖房の魔法を設置したからな。
「資金面は大丈夫か? できたばかりの領地は金で苦労するものだろう?」
「ご心配なく。それなりの収入を得る手段を複数用意しております」
事実だ。いくつかの特産品が高値で売れるだけでなく、第二副帝からの援助もある。物凄く裕福というわけではないが、普通に領地を運営していく態勢は整っている。
「食事などでも不便していないか? 手に入る食材に限りがあろう」
「隣がクアリアの街ですし。優秀な料理人がいるから問題は感じていませんね」
事実だ。食糧事情は日々改善している。そうだ、トゥルーズに何か土産を買っていこう。
「む……う……しかしクアリアまで遠いだろう? 山中を相当進むはずだ」
「それは古い情報ですね。街道が整備されたから一日もあれば行き来できますよ」
「いや、いくら街道といっても山ばかりだったはずだぞ?」
「山を動かす者がいたのですよ。名前の通り、聖竜様に関係するものが」
そういって、サンドラはちらりとこちらを見た。セドリックも俺の方を興味なさげに一瞥した。俺に話を振るな。こういうの苦手なんだから。
「……噂には聞いている。世界を創りし聖竜とそれに連なるものがいる故の聖竜領だと。しかし、いくらなんでも大げさだ」
「嘘じゃないわ。そこにいるアルマスは聖竜様の眷属よ。山を動かして聖竜領とクアリアを近くしてくれたのも彼よ」
完全に巻き込まれてしまった。仕方ないので挨拶くらいしておくか。
「アルマスだ。聖竜様の眷属をしている」
そう言うとセドリックのみならず他の貴族達の視線が俺に集中した。値踏みしているのがよくわかる。実にわかりやすい。
「申し訳ないが、山を動かすほどの魔法士には見えないな。クロード様は大分気にかけておいでのようだったが」
「クロードは聖竜領を訪れ、直接その目で見たからだ」
「……そして、貴方を聖竜の眷属だと認めたと?」
「その通りだ」
「失礼ながら。普通の人間にしか見えないが」
「俺は竜だ。人間だったのは四三七年前のことだな」
そう言うと若い貴族の一部が失笑した。信じていないのだろう。失礼だとは思わない。実際目にしなければ信じられないような話だ。
「話はこれだけか?」
「ん、いや。まだある。というか本題だ。サンドラ、見ての通り俺は帝都の貴族を中心に仲間が多い。何か手助けできることがあると思うぞ」
その言葉に一番憤ったのはリーラだった。表情は変わらないが気配でわかる。多分、マイアがこの場にいれば身構えるか剣の柄に手をかけただろう。そのくらいの殺気だった。
サンドラとずっと共にいた彼女からすれば「何を今更」と言った後に罵声を浴びせたい気分だろう。
だが、セドリックも一緒に居る連中もそれを察した様子はなかった。あくまで自分達が有利な立場にあると信じ、薄笑いを浮かべてこちらを見ている。
「……特に今は手助けを必要としていませんね。クロード様とスルホ兄様から助力を頂いていますし。帝国中央の方々では距離が遠すぎます」
一瞬考えたふりをしてから、サンドラは用意してあったであろう台詞を返した。一応、それなりに筋は通っているようにも思える。聖竜領は帝国の東の端だ。帝都の人々がどうこうするには距離がありすぎる。
とはいえ、これで簡単に納得してくれる相手とも思えないのだが……。
「なるほどな。わかった。だが、少しは心の留めておいてくれ」
「…………聞いたことは覚えています」
「そうだな。お前の記憶力の良さはよく知っている」
驚くほどあっさりと、セドリックは引き下がった。不自然だ。わざわざ不仲であった義理の妹に声をかけておいてこれはない。
「では、行くとしよう。邪魔をしたな」
そう言って周りの若手貴族を伴って俺達も前から去っていく。サンドラもそれは止めない。
「アルマス様……。これを」
目の前から人がいなくなっていくのを見ていたら、ずっと静かにしていたマノンが俺に手紙を渡してきた。
「これは?」
「貴方にとって良いお話と思えるものです。どうか、ご検討を」
標的はサンドラだけでなく俺もということか。
どうしよう、いっそこの場で破り捨てるべきか?
「アルマス、後で読むといいと思うの」
一瞬迷ったが、サンドラのその言葉を聞いて手紙を懐に入れた。
「わかった。受け取ろう」
「……ありがとうございます。では、また」
俺の態度を見たマノンはほっとした様子で礼を言ってから去って行った。彼女は彼女で事情がありそうだな。
「さて、どうしたものか……」
「後で一緒に考えましょう。それより、主役の登場よ」
その言葉を聞くと同時、会場の入り口付近から大きな歓声が上がった。
どうやら、スルホとシュルビアの二人が現れたらしい。宴はこれから更に盛り上がるだろう。
「結婚祝いのパーティーですから長引きます。お二人に挨拶をしたら適当なタイミングで退出するのが良いかと」
リーラのアドバイスに俺達は頷く。サンドラの体調のためにもそれがいいだろう。
「アルマス、場所を変えましょう。それに、せっかくだから美味しいものでも食べるといいわ。わたしも何だか食べたい気分だし」
「お嬢様、ドレス姿であまり食べるのは……」
「いいじゃない。少しだけよ」
その後はあまり会場内で目立つことも無く、上手い具合に過ごした上で、スルホ達に挨拶してから自室に戻ったのだった。
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