第78話「マイアの感想は物凄く配慮したものだった。大人だな」

 農家を受け入れて慌ただしい春の大規模工事も人手が増えてどうにか作業が回るようになった頃。

 東都より派遣されてきた工房建設の人員がやってきた。

 といっても来たのは二名だ。それぞれ建築と土地の専門家でユーグと協議しながらエルフ村のなかにどんな工房を作るのかをじっくり打ち合わせて行く予定である。


 彼らを出迎える場に俺も当然ながら招かれた。

 今日もマイアを伴ったサンドラとユーグを前に屋敷の前で出迎える様子を見守る。

 日差しも空気もすっかり温かい。過ごしやすい春の日だ。領民は労働で忙しいがな。


「ようこそ、聖竜領へ。歓迎致します」


 この台詞を言うサンドラを目撃するのは何度目だろうか。流石に手慣れてきたな。


「クロード様から報告は聞いております。工房の計画書も東都である程度作成してありますので、ユーグ殿と協議に入りたい」


「できれば現地の確認も早めにさせて頂けると助かります」


 派遣されてきた二人が事務的な口調で言う。

 サンドラが一瞬ユーグの方を見ると心得たとばかりに彼が口を開いた。


「話が早くて助かります。見ての通り、春になってからここは忙しくて……。さしあたってオレが対応し、必要に応じて各現場の責任者と相談する方針で良いでしょうか?」


 よし、これで工房建設はユーグに一任できる。冬の間だけとはいえ彼は聖竜領に大分馴染んでいる。上手くやってくれるだろう。


「十分です。………ところで竜が住んでいるというのは本当ですか? 実は自分は学生時代に竜の生態を研究したいと思っていて。是非お目にかかりたく……っ」


「あ、ずるいぞ! じゃあ、こっちだって魔力の流れが強いっていうこの辺りの土地を調べさせてもらいたい! 竜が育てた魔法草の報告も聞きました。それに関しても研究させてっ! それとそれと……」


 ……やるな第二副帝。似たような人材を送り込んできたか。進んで聖竜領に馴染んでくれそうな人材を選んでくれたと言うべきだろうか。


「そこに聖竜様の眷属がいます。ここに住んでいれば詳しく話を聞くことができるでしょう。まあ、いるだけで想像もつかないことが起きますから、退屈はしませんよ?」


 ユーグがにやりと笑うと派遣されてきた二人は喜色満面といった様子になった。


「やったああああ! 新しい研究材料の山ですよここは! ありがとう、クロード様!」


「ほんとほんと、これからの日々が楽しみ! あ、荷物はどこに持ち込めば? 迷惑はかけません、追い出されたくないので。あ、聖竜の眷属の方、できれば後でお話しさせてくださいっ!」


「お、おう……」


 いきなり凄い剣幕でお願いされて、流石の俺も圧倒される。


「二人とも落ち着いて。とりあえず荷物を中に。では、オレが二人を案内しますので。皆さんは仕事に戻ってください」


 俺達に迷惑をかけないようにというユーグの配慮がありがたい。

 二人は荷物をそれぞれ降ろしていく。


「あ、そうだ。クロード様からの手紙を預かっております。そちらの聖竜の眷属様……」


 荷物を出しながら一人が言った。それ結構大事なことだぞ。


「アルマスだ。呼び方は好きにしてくれ」


「では、アルマス様、お手紙です。今度色々とお話を聞かせてください」


「ありがとう。助かる。話はほどほどで頼む」


 手紙を俺に手渡すと今度こそ東都から来た専門家二名は屋敷の中へ入っていった。

 

「今回もなかなか個性の強いのが送り込まれてきたな……。第二副帝の周りはあんなのばかりか?」


「専門分野に特化した人というのは、なにかしら個性的なものよ」


「なるほどな。俺にはわからない世界だ」


「………………」


 サンドラとマイアが微妙な目で俺を見ていたが何か変なことを言っただろうか?

 それよりも手紙だ。第二副帝クロードから直接手紙が来るなど想像もしていなかった。

 察するに先日の魔法具に関するお願いの返事だろう。俺はその場で封を切る。


「落ち着いたところで読んだ方がいいと思うけれど?」


「内容によっては君に相談するんだ、なら早い方が良い」


 そう言いながら手触りだけで最高品質とわかる紙を広げ、流麗な字でしたためられた手紙に目を通す。


『親愛なる聖竜の眷属 アルマス殿へ


 やあ、久しぶりだね。こうして手紙をやりとりできることを嬉しく思うよ。

 元気にしているかな?

 僕は元気だ。冬の間ユーグの報告が届くたびに抑えきれないくらい好奇心が高まって、二度ほど城を抜け出そうとして妻に捕まったくらいさ。

 ちなみに三度目は計画段階でやめておいた。妻が剣の柄に手をかけたからね!


 さて、書きたいことは沢山あるんだけれど、先にアルマス殿からの要望に回答しておこう。

 結論からいうと大型の魔法陣のあてはある。

 東都から少し離れた場所に『嵐の時代』の遺跡あってね。そこは魔法陣で組まれた施設らしい。戦時中だから剣呑な目的のために作られたはずだが、詳細不明だ。もしかしたら、同じ時代を生きたアルマス殿なら何かわかるかもしれない。


 東都に来る際に案内できるようにこちらの態勢は整えておくよ。

 何が起きるか楽しみだ。


 では、書くべき事は書いたのでこちらからの質問だ。

 まず、ゼッカのあった場所について詳細を教えて欲しい、やはり竜脈というのが関係しているのだろうがそれはアルマス殿からどのように見えるかを聞いてみたい。それと新しく来たという水竜の眷属だ。絵の上手い者が領内にいるのだから描いてもらってくれないかい? 金ならあるよ! それと……………』


 必要な情報が前半に集中していたのでそちらはよく読んだ。物凄い長文な後半はほぼ俺への要望なので流し読みした。これ全部答えないと駄目なんだろうか?


「サンドラ、読んでくれ。前半だけでいい」


「前半だけ? …………うわ」


 素早く手紙に目を通したサンドラが引いていた。後ろで興味ありげだったマイアに「見てもいいぞ」といったらやっぱり引いていた。


「クロード様の性格は存じておりましたが……。ずいぶんと親しみやすい手紙を書く方ですね」


 マイアの感想は物凄く配慮したものだった。大人だな。


「把握した。東都にいかなければいけないのね。行くとしたらもう少し状況が落ち着いてからだけれど。アルマス一人じゃ不安だし……」


「直接その遺跡とやらに行くのなら問題ないだろうが。クロードに会う以上、何かしら貴族との付き合いが発生するだろう」


 俺と聖竜様は特別扱いされているがイグリア帝国内で生きているのも事実だ。余計な軋轢を生み出さないように行動する心がけが必要だ。

 そして、帝国内の勢力関係を把握していない俺がうっかり政治の場に飛び込んだら何か起こすのは想像に難くない。

 

「わたし、あなたの妹さんの件は聖竜領でも優先事項だと思っているの。だからどうにかして、年内のうちに東都に行けるようにする。約束よ」


 サンドラが俺を真っ直ぐ見ながらはっきりとした声で言った。

 表情も雰囲気も無理をしている様子はない。

 凜とした佇まい、迷いの無い態度。

 これは、聖竜領領主サンドラの約束だ。


「わかった。たった一年で立派な領主になったな。頼りにさせてもらう」


 俺がそう言うとサンドラは表情を笑みに変えて答える。


「ええ、たまにはわたしを頼ってくれてもいいと思うの」

 

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