第76話「意気消沈しながらも的確に指示を出すルゼだった」
西側の開拓作業を人々に任せられる状態になって数日、俺は聖竜の森の奥にいた。
目の前には静かに水を湛える泉がある。
ここは昨年サンドラの病を治すための薬草を採取した場所である。今となっては懐かしい。 また、同時に地下にゼッカが育成している貴重な箇所でもある。
水と希少な魔法草のどちらもある上に、土地の魔力も濃く、エルフの村からもそれほど遠くない。
色々と条件的に良いということで泉から少し離れた箇所の森を切り開くことになったのだ。
「事前に区画はわけておきました。森の入り口にある畑よりも小さいですけど、いいですか?」
「ここはそれでいいそうだ。あくまで研究用の栽培だからな。極力森を傷つけない方針らしい」
「それは良かったです。正直、森を切り開くのはあまり好きではありませんので」
同行しているルゼが安堵した様子で言った。
彼女の後ろには小型のゴーレムが複数とエルフ達が数名ついてきている。
聖竜の森の中はエルフの細い道しかないため、大型のゴーレムが入れない。
あまり森を傷つけたくないというエルフの意志も尊重し、小型のゴーレムで開拓作業をすることになったのである。
「エルフ村の中に工房を置くことを了承してくれたこと、サンドラが喜んでいたぞ。エルフはそういうの、嫌いだと思っていたからな」
ここだとあまり意識しないがエルフというのはもっと多種族に厳しい人々だ。森の中にあるエルフの村に気軽に行き来できる方が珍しい。
「エルフにも色々とありますから。私の一族はそれほど排他的ではありません。というよりも帝国にいるエルフは人間と協力した歴史があるから、その辺りは他国より寛容です」
「なるほど。歴史的な経緯があったのか……」
過去にエルフと協力したイグリア帝国の歴史に感謝だ。
「では、さっそく作業を始めてしまおう。エルフの皆もこれを機会に少しゴーレムの扱いに慣れると良い」
領内の畑や開拓の仕事で人手が足りないので、森の中の作業はエルフが中心だ。ゴーレムの扱いも俺が教えることになっている。
ゴーレムとエルフを引き連れて、畑作りの区画へと向かう。
縄でもって区画を切られた箇所に到着するとそのまま作業を始める。
それぞれがゴーレムに命令し、木を切り倒しに掛かった。
「最初に木を置く場所を作りましょう。ゴーレムは命令を淡々と続けるから、あまり近づきすぎないように」
指示を出すのはルゼだ、何かない限り俺は主に見ているだけでいい。
「そういえば、マイアは元気ですか? 春になってサンドラ様の護衛をすることになってからあまり会っていないのです……」
「元気に護衛をやってるぞ。ルゼと探検に行けないのは残念がっていたが」
「そうなのです! こうして若長としての仕事をしていると、趣味の地図作りが進みません。知っていますか? 南の湖の地形は頻繁に変わっているのですよ。多分、ハリア様が何かやっているのです。そこが見逃せないというのに……」
ルゼの趣味は探検と地図作りだ。マイアと組んでよくでかけていたが、それを休まなければならないのでストレスが溜まっているようだな。
だが、彼女の本業はエルフの若長と医者なので下手に出歩かれてしまうほうが問題なのだ。 今のこの姿があるべき状況なのである。
「サンドラの護衛はどうしたって必要だからな。マイアが一番適任だし。君だって代わりのものがいないと出歩くのは難しいだろう」
マイアは聖竜領で俺とハリアに次ぐ戦力だし、大工など他の仕事もない。護衛に最適だ。
また、ここに来て聖竜領は規模が一段階大きくなる。エルフ村もその影響を受けるだろう。以前のようにルゼが出歩くのは難しくなるはずだ。
「くっ、やはり後継者をたてるしか……。若い他の医者を見つけて…………若長はどうしましょう?」
「俺に聞かれてもな。ここにエルフの皆を連れてきたのは君なんだから、早々交代なんてできないと思うぞ」
「ですよね……」
エルフは寿命が長く、リーダが変わりにくい種族でもある。ルゼの世代交代は難しい。
「忙しい時期が過ぎて、冬くらいになったら探検にいけるといいな……。あ、そこは伐採用から切り株を抜くゴーレムに切り替えてー」
意気消沈しながらも的確に指示を出すルゼだった。
○○○
そう広くない区域を畑にするとあって研究用の薬草畑を作る作業は順調に推移した。
ある程度目処がついたところで本日の作業を終えて、俺達はエルフ村に戻った。
冬の間も魔法で木々を成長させていた村は、前よりも家が増えていた。
中心部にある巨木のような屋敷も完成し、中は広く快適だ。
「なんだ、ハリアはここにも来るのか?」
「こんにちは。ちょっとおさんぽしてたの」
エルフ村屋敷に入ってすぐの広い空間にハリアがいた。
床に寝そべってエルフ達と談笑している。
「ハリア様はたまにふらっといらっしゃると、村の者と談笑して帰られます」
「迷惑じゃないのか?」
「とんでもないです、たまに竜の水を作ってもらいますので」
竜の水というのはハリアが生み出す不思議な水だ。飲むと疲労が回復したり色々なことが起きる。いつの間にかこの呼び名が定着していた。
「竜の水か……ロイ先生の新作ポーションの素材には使えなかったな……」
理由は強力になりすぎるからである。俺の作った魔法草とハリアの竜の水を組み合わせると人間には強すぎるものになってしまう。
「ハリア様、これ食べてください。人間の里で教わったお菓子です」
「こっちは春の森で取れた果実ですよ。さあどうぞ」
「おいしい」
三人のエルフに囲まれてハリアはご満悦の様子だ。
あいつどこに行っても食べ物貰ってるな。
『むぅ……美味しそうじゃし羨ましいのう、ハリアのやつ。ワシもああいう風に可愛い肉体を用意すべきか』
『何で嫉妬してるんですか……』
食べ物が贈られるようになってから欲望を隠さなくなったな聖竜様。
『ハリアはこれから働くわけですし、このくらいいいでしょう』
近いうちに始まるハリアの荷運びは結構な重労働になるはずだ。チヤホヤされるくらい、いいだろう。
『ふむ、まあそうじゃのう。労いは必要じゃ。ところでワシ、最近結構頑張ってるんじゃがの、勉強』
『わかっています。後でエルフ村のものを贈りますから』
『うむ。よろしく頼むのじゃ』
少し上機嫌になった様子で聖竜様の気配が遠ざかっていく。
「アルマス様、どうかしたのですか?」
俺の目の色から聖竜様と会話しているのを察していたルゼが心配そうに尋ねてきた。
「聖竜様にエルフ村のものを贈りたい。なんか、食べ物とかないか?」
その後、エルフのお菓子をいくらか貰って聖竜様にお供えした。
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