第75話「ついにこの言葉を口にする時が来てしまった」
『聖竜様。ご存じかと思いますが、ハリアが領内で荷運びをやることになりました。これ、水竜に怒られたりしませんよね?』
『ん、まあ、大丈夫じゃろう。本人から言い出したことじゃしな。湖の方はまだ寂しいから、こっちにいる方が可哀想じゃないじゃろう」
『承知しました。一応、俺の方でも様子は気にしておきますね』
『うむ。大義である』
なんだか偉そうな口調で聖竜様が俺をねぎらってくれた。いや、実際偉いんだが。
俺は今、広場にある聖竜様の石像の前に座っていた。
時刻は昼過ぎ、昼食を終えたばかりである。
たまにだが、俺はこうして像の前で聖竜様と話すことがある。なんとなく、距離が近いように感じるからだ。贈り物をするついででもある。
『ところでこの前贈った本はどうでしたか?』
『おおっ。よくぞ聞いてくれたのじゃ。いやー、やっぱり基本って大事じゃな。まるで霞が晴れるがように作りがわかってきてのう。学ぶ喜びじゃのう』
とても嬉しそうだ。先日、ロイ先生に頼んで魔法陣についての基礎的な本を何冊か貸して貰い、後で高価な物は後で返却するように頼みつつ聖竜様に贈ったのだ。
『これまで貰った魔法具も含めて、色々とわかってきたぞい。もっと複雑で大きなものとかあれば、なんかこう、いけそうなんじゃが』
『本当ですか!? じゃあ、アイノの治療が一気に進む可能性も?』
『あまり期待はさせられんがのう。竜のやり方でだめなら、竜と人のやり方を組み合わせればいける……気がするのじゃ』
聖竜様が学んでいるのは魔力を変質させる人間の魔法だ。偉大なる聖竜様なりにひらめくものがあったのだろう。
世界の創造主なのに勉強をして己を高めるあたり、凄いんだか凄くないんだかよくわからないが、妹を助けるために尽力してくれるのは心底ありがたい。
「必要なものは高度で複雑な魔法陣。それも魔力を変換するようなものですか……。サンドラに頼んで第二副帝に心当たりがないか聞いてみましょう』
『うむ。よろしく頼むぞい。あ、それと頭を使って疲れたので甘い物も所望するのじゃ。できればトゥルーズの作ったものが良いのう』
『わかりました。頼んでおきましょう』
竜なんだから疲れないでしょうという言葉を俺はどうにか押さえ込んだ。ご機嫌なのだから、余計なことは言わない方がいい。
「あらアルマス。聖竜様とお話していたのね」
振り返るとサンドラとハリアがいた。
屋敷で昼食をとった後、今日もスティーナのところで打ち合わせがあるといっていたな。
サンドラは袋を二つもっていて、一つを聖竜様の石像にお供えした。
「屋敷に来たメイドの焼いたクッキーです。おあがりください」
すぐさまクッキーが消えて、聖竜様の声が聞こえる。
『ありがたくいただくのじゃ。嬉しいのう』
「聖竜様は喜んでるぞ」
「よかったわ。もう一袋はハリアの分。はい」
「ありがとう。おいしい」
そう言って開けた袋からクッキーを出すと、サンドラがハリアに与え始める。
ここの女性陣はハリアにやたらと菓子を与える傾向にある。竜だから太ったり健康に影響はしないと思うが、愛玩動物扱いされているのはいいのだろうか?
「聖竜様と妹のことで相談してな。後で第二副帝宛の手紙を書くから送ってもらえないか?」
「良い方向に行っているのね。良かったわ。……念のため聞くけど手紙の内容は?」
一瞬表情を明るくした後、じっとりとすた疑惑の目で俺を見るサンドラ。妹を心配してくれているが俺が何かやらかさないかも心配というところか。
「聖竜様がもっと大きくて複雑な魔法具や魔法陣を見たいそうでな。心当たりがないか聞いてみる」
「それなら大丈夫そうね。わかった、責任を持って手紙を送らせてもらうの」
安心したらしく胸を張って請け負ってくれた。……ここに来て一年経過するがまるで体格に成長がないな。これは指摘すると怒りそうだからやめておこう。
「大きな魔法具というと施設とかになるかもしれないわね。聖竜領にもってくるのは無理かも」
「そうであったら、落ち着いた頃にでかけさせてもらうさ」
春の忙しさが過ぎ去れば、でかける余裕くらいできるだろう。
「いいなー。おでかけ」
「ハリアも行きたいか。しかし、ここ以外の街の人は驚くだろうからな……」
「ちょっと難しいと思うの。クアリアの方にハリアの噂が広がればいけるでしょうから、そのうちいきましょう」
「わぁい」
次々とサンドラからクッキーを与えられていたハリアがその場を飛び跳ねるように喜んだ。
「そうだ。ハリアから色々と話を聞いて思ったのだけれど。アルマスは体を変化させたり空を飛んだりできないの?」
それは至極当然な質問だった。
むしろ遅いくらいだろう。この質問が来るのは。
俺は自分が竜であることを口にすることが多い。
竜とは大きく、空を飛ぶものだ。翼が無くても竜の魔法で空を飛べる。竜と空はそのくらい密接な関係にあって、当たり前のものだ。また、生活のために体格を変えるなど他の生き物にない能力も多彩に取り揃えてもいる。
「…………実は俺は、竜の力で空を飛べない」
ついにこの言葉を口にする時が来てしまった。
俺は人間のような竜であり、竜にあるいくつかの弱点を克服している。同時にそれと引き替えに自由自在に空を行く飛行の能力が失われているのだ。
「アルマス様、飛べないよ。おおきくもなれないよ」
聖竜様か水竜あたりに聞いたのだろう。ハリアは俺の事情を知っているようだった。眷属である彼は聖竜様と会話が可能だ。近くにいるとたまに緩い感じの話が耳に入る。
「でも、つよいよ。すごくすごくつよいよ」
フォローのつもりだったのだろう。ハリアは一生懸命そう主張してくれた。
「そうね。アルマスは強いわ。でも、いつも自分は竜だとか言ってるのに驚きの事実ね」
「うっ……言うな、ちょっと気にしてるんだ」
竜なのに竜らしい姿になれない。竜に当たり前に備わっている飛行の能力がない。これは俺のちょっとしたコンプレックスになっているのである。
「ごめんなさい。茶化すようなことじゃなかった。うん、アルマスは聖竜様の眷属として立派にやってると思うの。……ごく希にかっこいい時もあるくらいだし」
癖毛をいじりながらサンドラが優しく言ってくれた。気を遣わせてるみたいで逆に辛いぞ。
「素直に受け取っておく。それと、気にしているのは本当だが、それほど問題じゃない。竜の姿は不便そうだからそんなになりたくない」
「おおきいの村のなかじゃ大変だもんね」
うんうんと頷きながらハリアが同意してくれた。竜の姿は人間の里での生活に向かない。ほとんど小さい姿で過ごしているからな、この水竜の眷属も。
「それと飛行だが、人間の魔法でどうにかなる。別に飛べないわけじゃないんだ」
魔法士の魔法の中には空を飛ぶためのものもある。俺はそれを莫大な魔力で使いこなすことができるのだ。
それを聞いたサンドラはあからさまに落胆していた。
「なんかそれ、ずるくない?」
失礼な。
「ずるくないぞ、人間としての力も竜としての力も俺のものだ。どちらも結構役立つだろう?」
人と竜、二つの力が合わさっての俺だ。おかげで結構便利に動けるのだ。
「たしかにとても御世話になっているけれど……」
なんだか納得しかねているサンドラを見てハリアが口を開いた。
「アルマス様は竜からみてもかわりもの」
「なるほど。よくわかったの。ありがとう、ハリア」
「おい、それで納得するな」
今度は俺が納得できない番になった。
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