第74話「くそっ、上司のせいで俺の言葉に説得力が足りない」

 季節はしっかりと移り変わり。春の暖かさにも慣れて来た頃。

 聖竜領の二年目の領地開拓は本格化していた。

 昨年作った領地内の畑はだいたい耕し終わり、皆で種を蒔いた。半分以上は小麦が生育中なので範囲が狭くすんだのも大きい。

 森の中のハーブと魔法草畑はエルフが手伝ってくれるのでそちらに任せることになった。


 エルフ以外の残った人員は西側の開拓へ乗り出すことになった。

 クアリアからゴーレムの扱いに慣れている職人を雇い入れ、草原と森を一気に畑へと変える。ロイ先生とユーグはとても疲れていたが、この日のために調整した疲労回復ポーションで強引に乗り切ろうとしていた。後でちゃんとした休暇が必要だ。


 もちろん、その作業には俺も深く関わらなければならない。


「思った以上に進むのが早いな。林の方もどんどん畑に変わっているじゃないか」


「昨年、クアリアの人達と街道を作ったのが大きいのよ。あれから職人達と交流があってゴーレムの扱いに慣れたし、ロイ先生も色んな型を作ったから」


 聖竜領の西方面。昨年、ウイルド領と小競り合いをした草原とその向こうに広がる林を眺める丘の上で、俺とサンドラは作業の進捗を見守っていた。


 この開拓は春の一大事業だ、サンドラも事務仕事の合間によく確認に来る。

 今も屋敷の仕事はメイドに任せ、マイアと俺を伴って頻繁にやってきているのだった。


 俺達の目の前では大型ゴーレムが掘り返した土地に小型のゴーレムが細長い溝を掘っているのが見える。

 西側は川から遠いため水路を作ることになったのだ。途中にため池を作りつつ現在切り開いている森の向こうにある川まで水を流す予定だ。


「ゴーレムを使った作業は早いな。人力ではこうはいかない」


「いっそのこと、アルマスが向こうまで川を作ってくれても良かったのだけれど?」


「駄目だ。新しく川を作るのは土地への影響が大きい。人間が自力で水路を作るのとはわけが違う。竜脈の乱れで魔物が活性化したり余計なことが起きかねない」


「それは何度も聞いたけれど、あなたと聖竜様が好き放題土地を動かしているのを見てるとできそうに見えちゃうのよね」


「…………あれは聖竜様の判断だからな」


 くそっ、上司のせいで俺の言葉に説得力が足りない。

 ともあれ、作業が順調なのは事実だ。ロイ先生とユーグが過労状態なのは問題だが、このままいけば早い段階で西側に新たな畑が完成し種まきを行えるだろう。

 ついでにクアリアから来た職人達で宿屋兼酒場も繁盛している。良いことだ。だが、メイド達が来ていなかったら本当に危なかった。


「クアリアから連絡があって、例の農家がもうすぐ来るわ。早速手伝ってもらいましょう」


「スティーナ達が家の建築を始めているが、彼らもしばらくは宿暮らしだな」


「もう宿が一杯になりそうだから屋敷にいてもらうつもりなの。人と資材を多めに用意して、早めにここで暮らせるようにしなきゃ」


「金は大丈夫なのか? かなり使っているようだが」


「平気よ。蓄えがあるし、春の開拓について相談のお手紙を出したらクロード様が手を回してくれて、援助金が多めに入ってきたの」


 流石は第二副帝だ。頼もしい。

 この上森の中に魔法草の研究工房まで作られるのだ。たった一年で随分と大金が動く場所になったものだな。


「アルマス様、サンドラ、こんにちは」


 俺は感慨に耽っていると、ふわふわと浮かぶ小動物がこちらに近寄ってきた。

 水竜の眷属ハリアである。相変わらず結構な頻度でやってくる。好奇心旺盛なのでよく現場を見物していて初めて見た人間に驚かれたりもするが、見た目のゆるさもあって早くも受け入れられていた。


「こんにちはハリア。今日も元気そうね」


 ハリアは当たり前のようにサンドラの腕の中に収まる。まるで大きなぬいぐるみのような扱いだ。隣に立っているマイアが羨ましそうな目で見ているがそれは気のせいではないだろう。人気者なのだ。


「あれはなにをしてるの?」


 ヒレのような手で現在造成中の水路を指し示しながらくりくりした目でそう聞いてきた。


「あれは水路よ。畑に水をあげるため、ああやって人工の川や湖を作るの」


「ぼくの湖にはないね。ああいうの」


「そうね。でも、帝国には水路を張り巡らせた街もあるの。とても綺麗なところよ。ああ、いっそ南の方はそういう感じにしてもいいかしら? 別荘なんかも建てたりして」


 手つかずの南についてサンドラが何やら想いを馳せ始めた。俺もかつて水路が張り巡らせた美しい都市を見たことがある。戦争中だったので燃えていたが……。

 だが、良い場所に見えたのは事実だ。


「良い案だな。しかし、そうなると資材を運ぶのが大変だな。南はまだ街道も作っていないし」


「そうね……。できれば年内にそれなりの方向性は示したいのだけれど……」


「ものを運ぶなら、川をつかうのはだめなの?」


 腕の中からサンドラを見上げながらハリアが問う。


「なるほど……水運か……」


「どうして考えつかなかったのかしら。……いえ、船で運んでも戻す方法を考えないと」


 聖竜領の川は上流側だがそれなりに広く流れは緩やかだ。

 船に荷物を載せて南に流すことは可能だろう。街道の整備無しで人や荷物を運べる水運はかなり有用だ。

 問題はサンドラが言うように物を運んだ後の船をどうするかだが。


「おふね、僕がはこぶよ? 竜になって飛んではこべば早いよ」


 自信満々な顔で、ハリアがそう言った。

 ハリアは大きさや姿を変えられる竜だ。大きくなれば首の長い水竜となり、翼もないのに竜の魔力で飛翔することができる。


「いいの? 竜が荷物運びなんて、迷惑じゃない? 怒らない? あ、クアリアとの

行き来とかもお願いできるの?」


 魅力的な提案にサンドラが確認に入る。ついでに要求まで足していた。

 冷静に考えると竜である俺も結構荷運びとかやってた気がするんだが、ここは黙っておいた。俺も大人だ。


「ぼくだけお手伝いできなかったから、がんばるよ!」


 ハリアの返答はとても前向きなものだった。


「さっそく相談しましょう。スティーナがいいかしら、ハリアにどんな風に運んでもらえばいいか、みんなで考えましょ」


「やったっ。ハリアもおしごとする!」


 なんだか楽しそうに決断した領主と水竜は領内で作業をしているスティーナのところに向かって歩き始めた。


「竜が荷運びですか、なんだか凄い場所に住んでしまいましたね、私」


 一緒に後を追って歩き出したマイアがそんなことを呟いた。

 俺としてはハリアがクアリアまで飛んでいって騒ぎにならないかが心配だ。

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