第70話「まるで餌付けだな……」
会議の翌日、早速俺はロイ先生と協力してゴーレムを大量生産した。
とりあえずは既存の畑だ。秋に麦を蒔いたところ以外は冬の間休ませてある。
ゴーレムはできる先からアリアの指示を受けて、枯れ葉やら何やらを置いて雪から保護していた農地を凄い速さで耕していく。
マイアやユーグなども手伝って同じように指示を出せるし、細かい作業をするゴーレムを作れるおかげで人間の手作業は最小限ですむ。おかげで今ある畑の準備は数日で終わりそうだ。
昨年の開拓開始時は全員でやったものだが、一年分の経験の蓄積を感じる。
俺とロイ先生は畑仕事を皆に任せて、次に村の西側を開拓するためのゴーレム製造に取りかかった。村の西は緩やかな丘の向こうに森林が広がっている。
昨年、俺と聖竜様で地形を動かす前は山だった場所だが緩やかな地形になっているのが幸いした。ここは思い切って切り開いて農地にしてしまうことに決まっている。
最初にすべきことは魔法陣の製造なので皆が農作業に精を出している間、俺達はひたすら魔法陣を書き続けた。冬の間に少し書きためてあったのだがすぐ無くなってしまいそうだからだ。
これはかなり面倒だ。最初の春だからとユーグに農作業を任せたが、後で手伝って貰おう。
「そろそろ昼食だ。行こう」
「はい。先は長いですから寝食忘れるというわけにはいきません」
朝早くから作業に没頭するとあっという間に昼になり、俺とロイ先生は村の広場に向かう。
そこではサンドラを中心に作業に参加した者達が昼食をとっていた。
大人数で作業をするし天気も良いので今日の昼はここでまとめて作られているのだ。
宿屋にいるモイラ・ダン夫人とトゥルーズが作ったサンドウィッチなどを手に皆が満足気に食事をしている。
サンドラとリーラは聖竜様の石像の近くにいた。
石像前には空になった皿が置かれていて、すでに今日の「お供え」が終わったこともわかる。
設置されたテーブル上にある食事を手にとって近くに座る。
ロイ先生は畑をうっとりと見つめているアリアの隣に小走りで向かっていった。
「作業は順調か?」
「昨年とは比べものにならないくらい早いわ。エルフにも手伝って貰えば種まきも早いだろうし、早めに他の件に移れそうね。魔法陣の準備はどうなのかしら?」
「明日からユーグにも手伝って貰いたい。量が多いからな……」
「クアリアに連絡して向こうの魔法士にも協力して貰いましょう。向こうも無関係ではないのだし」
「助かる。しかし、サンドラは農作業をしていていいのか?」
第二副帝の性格があれなので実感がないが、最高権力者に近い人物からの仕事というのはかなりの責任が伴うはずだ。事務仕事に専念して準備を整えた方がいいのではないだろうか。
「まだ大丈夫よ。やることの規模は多いけれど、昨年と同じだし。人も増えているから。それより一通り作業が終わった後の方が恐いわ。秘書が欲しくなるかも」
さほど困った様子もなく、サンドラは用意されていたお茶に手を付けた。
とりえあえずは平気だろうか。もし無理をしていたらリーラが教えてくれるはずだ。
「わたしの方より聖竜様よ。あれからいくつか魔法具を送ったけれど、どうなの?」
石像を見ながら小声でそんなことを聞かれた。
冬の間、何度か第二副帝から魔法具の荷物が届いた。
中身は魔力を取り出したり変換する魔法具だ。どれも小さく簡単なものでアイノの治療の助けになるかわからないが、とにかく全て聖竜様に送った。
その後の音沙汰は無しだ。すぐに結果が出ると思っていないから俺はあえて聞いていない
『聖竜様、実際のところどうなんですか?」
『うむ……。なかなか面白いのう。三つめくらいから何となくわかってきての。こう、もうちょっとなんじゃが……』
『もっと複雑な魔法具を用意してもらった方がいいでしょうか?』
『複雑なのか……逆にわけがわからなそうじゃな。…………そうじゃ、魔法陣の入門書のような書物があったら送ってくれんか? 基本がわかればどうにかなるかもしれん』
聖竜様、本格的に人間の魔法を学ぶ気だ。
『入門書ですね。ロイ先生に相談してみます』
ロイ先生はものを教えるのが上手いし博識だ。今の時代の良書を知っているかも知れない。いっそ教材を作ってもらうのもありだ。
ちなみに俺は魔法を教えるのは苦手である。感覚でやってるところも多くて昔は苦労したものだ。
「聖竜様に聞いたところ、魔法陣に関しての知識が欲しいそうだ。ロイ先生に相談してみる」
「聖竜様、勉強するつもりなのね……」
サンドラがあからさまに驚いた顔をした。世界を創造した存在なのに好奇心や学習意欲があるのが不思議なのだろう。俺もよくわかる。
「これが上手くいってアイノが元気になれば嬉しいんだが……」
「そうね。会ってみたいわ。アルマスの妹がどんな人か興味がある」
「妹の話ならいくらでもするぞ。いくらでもな」
「あと、アルマスに対する愚痴も話したいわね」
「なんだと」
俺の抗議をサンドラが笑って受け流す。リーラも横でうっすらと笑みを浮かべていた。
吹いてくる風に混ざる土の匂いが春を感じさせる。
実に良い陽気だ。
そんな風に広場でのんびりしていると、少し慌てた様子で宿屋にいるはずのモイラ・ダン夫人がやって来た。
夫人は俺達を見つけると駆け寄ってくる。
「二人とも一緒で良かったですわ。お客様です、ドーレスが帰ってきたんですの」
夫人の報告は聖竜領の皆が待っていたものだった。
春先は聖竜領で宿屋を手伝う予定だったドーレスが不在にしていた理由。
「良かった。鍛冶屋が到着したのね」
彼女は冬の間に完成した鍛冶屋を営む職人を迎えに行っていたのだった。
○○○
「皆さんお久しぶりです。あてくしの友人にして鍛冶屋のヘルミナです」
「………………ヘルミナですだ」
酒場でドーレスと共の待っていたのは彼女と似たような体格の女性ドワーフだった。
前に伸びて目を隠すまでになった癖の強い白髪で表情がよく見えない。それ以外は一般的な女性ドワーフと変わりない人物に見えた。
「はじめまして。わたしがサンドラ、聖竜領の領主よ。こちらは聖竜の眷属アルマスとメイドのリーラ」
「…………よろしくですだ」
声量は少なくないが何ともおぼつかない反応だった。
それを見ていたドーレスが慌てはじめた。
「ヘルミナはとても無口でして。腕はあるんですが、ちょっと話しづらいかもですが、悪い子ではないですので……」
友人というのは本当なのだろう。頑張ってフォローしているのが伝わってくる。
鍛冶屋というのはそれなりに客を相手にしなければならない。大丈夫だろうか?
「なんか。昔のトゥルーズみたいでなつかしいわね」
「はい。そうですねお嬢様」
俺の杞憂をよそに領主主従は過去を懐かしんでいた。
そういえば、トゥルーズは昔は凄い無口だったというな。今でも無口だが誰とでも会話くらいはできる。
その経験があるからだろう、サンドラは笑顔で右手を差し出した。
「ようこそ聖竜領へ。あなたを歓迎するわ、ヘルミナ。鍛冶屋として頼られてもらうの」
「………はい。よろしくお願いしますだ」
差し出された手に一瞬びくっと反応しながらもヘルミナもしっかりと握手を返した。
「鍛冶仕事に使えそうな品も仕入れてきましたので、すぐにでも仕事はできますです。早速案内しておくですね?」
「わたしも行くわ。多分、すぐに仕事が入ると思う。新しい環境で慣れないと思うけれど、無理はしないで」
「………はい」
ヘルミナが静かに頷いたところで奥の厨房から人影が出てきた。
「挨拶が終わったみたいだから出てきた。良ければ食べる……? 歓迎のお菓子」
銀髪の料理人がトレイの上にのせていたのは真ん中が少し凹んだ円柱状の形をしたお菓子、カヌレだ。外は綺麗に焼き上がっており、中はしっとり。以前、トゥルーズが作って出してくれたことがある。とても美味い。
「私は料理人のトゥルーズ……。喋るのが苦手なもの同士よろしくね……」
いいながら全員の前に一つずつカヌレを置いていく。
いきなり目の前に菓子を置かれたエルミアは展開についていけず不安げにドーレスを見る。
「食べるです。トゥルーズさんの料理はどれもおいしいですから」
そう言われ、意を決したようにエルミアはカヌレを一口。
「………………すごく美味しいだよ。できたての領地で出るものとは思えないだよ」
「口にあったようで良かった……。長旅お疲れ様……」
一口で気に入ったらしいエルミアは感謝の眼差しをトゥルーズに注ぐ。
「…………またここに食べに来ていいですだ?」
「うん。私は屋敷にいることが多いけどね……。でも、鍛冶屋ならお願いすることも多いから……。それと、ここはいい人が多いから安心して……」
「…………ドーレスも同じこと言ってただ。あだし、頑張るだよ」
まるで餌付けだな……。
カヌレを頂きながら、俺はそんな感想を抱いた。うん、美味しい。
横を見れば、サンドラも似たようなことを考えていそうな顔をしていた。
「打ち解けてくれそうで良かったじゃないか。料理の力は偉大だな」
「そうね。昨年の今頃、パンを食べて泣いていた誰かさんを思い出したわ」
考えていたのはそれか。
「……あらためまして、よろしくですだ。聖竜領の皆さん」
先ほどまでとは打って変わって、口元を笑みの形にしたエルミアが俺達にそう挨拶してくれた。
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