第69話「もしかして、ちやほやされたいのだろうか?」

 春が訪れる少し前。聖竜領の森の中からも大分雪が溶けた頃、サンドラから領主の屋敷で会議を行うと連絡があった。

 聖竜領の主だったものが屋敷に集まり、夕食後に会議が開かれた。

 今回はドーレスが所用で出かけているため不在だ。その代わりではないが、冬に増えた新たな住民であるユーグとハリアが参加している。


「会議、はじめてみるよ」


「ハリアさんはここにいましょうねー」


「お菓子もあるよ……」


 ぬいぐるみのような見た目と感触で人気のあるハリアは、アリアとトゥルーズの間のテーブル上で実に居心地良さそうにしている。


『ぬぅ。可愛いだけで色々優遇されとるのう。小癪な』


『聖竜様はお供え物があるじゃないですか……』


 聖竜様は水竜の眷属になぜか嫉妬していた。もしかして、ちやほやされたいのだろうか? ちゃんと敬意は持たれていると思うのだが。


「ではみんな。今日は集まってくれてありがとう。春になったら忙しくなりそうなので、早めに会議を開くことにしたの」


 サンドラの発言に全員が静かになる。それぞれ手元に紙とペンがある。最近はやることが増えてきたので記録が必要だ。


「まずは重要事項からね。聖竜領で希少な魔法草が見つかったわ。それで第二副帝の方から色々と動きあったの。ユーグ、お願い」


 呼びかけに応じてユーグが立ち上がり前に出てくる。

 彼も冬の間で聖竜領に大分慣れたようであまり緊張している様子はない。


「聖竜領で希少な魔法草が発見されたことに関連して、領内に魔法草とポーション研究用の工房の建設が決まりました。帝国全体にとっても希少な上に機密なのもあり、魔法草の詳細は話せませんが……」


「あー、それは仕方ないですね-。本当に希少な魔法草は名前も産地も栽培法法も利用方法も一部の人しか知らないのですよー。秘密の工房が作られるんですねー」


 庭師のアリアが事情に詳しいので納得した様子でそう言うと周囲の者が「なるほど」と唸った。

 ユーグの言っていることを肯定するためにわざわざ捕捉してくれたのだろう。気遣いができる女性だな。

 俺はゼッカという魔法草であることを知っているが秘匿しておいた方が良さそうだ。


「今ある魔法草の畑とは別に、エルフの村の向こうに秘密の畑を作ります。栽培や管理はエルフと一部の人に協力してもらうことになると思います」


「先日相談されました。エルフの若長として了承しました。あまり大規模にはならないようですし。なんとかなるでしょう」


「正直、上手く栽培できるものでもないので小さめの施設と畑になると思います。むしろ聖竜様の加護があるこの地に、より希少なものが存在する可能性もありますので、研究を主体としたものになる予定です」


 ルゼの捕捉に頷きながらユーグがそう話を終えた。事前に話し合いがちゃんと終わっているので異議は唱えられない。


「知っての通り、ユーグは第二副帝に聖竜領の報告をするのも仕事なの。冬の間だけで思った以上のことが起きて、大事になってしまったわね」


「はい。水竜の眷属が現れたというだけで大きいのに、それに加えて魔法草ですから。クロード様は二回ほど城を抜け出そうとして捕まったそうですよ」


 ユーグの言葉に室内に乾いた笑いが広がる。

 この辺りの最高権力者の奇行となると、どう反応すればいいかわからない。というか、ここに来たときから全然変わってないのな。


「あー、質問いいかい? それって第二副帝様の直轄地みたいなことになるってことかい? なんか色々言われるようにならないか心配なんだけど」


 その場の全員が抱えているであろう質問はスティーナからだ。

 サンドラが髪をいじりながらそれに答える。


「アルマス、仮に帝国上層部が無理矢理わたし達の代わりの人を派遣して、聖竜領を経営しようとしたら、どうなるかしら?」


「ふむ。聖竜様次第だが……」


『あ? ワシやだぞ。サンドラ達が嫌な思いをするなら全員叩き出した上で地形を変えて人を近寄れなくしてやるわい』


 まあ、そうなりますよね。


「聖竜様はサンドラを始めここの者が無理矢理配置換えをされたら、聖竜領の元の魔境に戻すと言っている」


 俺の発言に会議の参加者がどよめいた。

 この回答こそがサンドラの狙っていたものなのだろう。彼女は凜とした表情になって口を開く。


「聖竜領は聖竜様に認められたものにしか治められない。それを帝国の上層部に認識してもらう必要があるの。クロード様が夢の中で聖竜様に会っているから当面は平気だと思う。あとはわたし達が上手くやって聖竜様から見捨てられないようにしなきゃいけないわ」


 静かになった室内にサンドラの言葉がよく通る。

 一年前、いかにも不安げな様子でこの地に来たときと比べると見違えたな。


『ワシはそう簡単にサンドラを見捨てたりせんぞい』


『皆で頑張ろうっていう話ですからいいじゃないですか』


『なんか恐い竜だと思われておるんかのう、ワシ……』


 世界を創った竜の一つなんだから畏れられて当然だと思うが……。今度ゆっくり話をしてみよう。


「クロード様は現状、聖竜領に大変興味を持っています。当面は庇護下に置かれているという認識で良いかと思います。それと、工房作りの際に皆さんに迷惑をかけることがあったら遠慮無くオレに言ってください」


 ユーグがそう締めくくって頭を下げた。


「随分と聖竜領寄りの物言いだな」


「ええ、ここは研究対象として興味深いです。ロイ先輩もいますし。住居も悪くない。不満なのは資料が少ないことくらいですね。工房ができるなら、そっちもそのうち解決しますし……」


 そう言うとユーグはロイ先生の隣の席に戻っていった。


「では、次の話ね。クアリアの街から若い夫婦が三組やってくる。家の建築と農地の拡張が必要になるわ。アリアと相談して畑は西に広げることにしたわ。家の建築についてはクアリアから人を手配する」


 こちらは誰からも意見がでない。冬になる前から予定されていたからだ。宿屋も鍛冶屋も完成しているのでスティーナ達は家の建築でしばらく忙しくなる。


「あたし達が仕事をしている間、農家はどうするんだい?」


「宿屋か屋敷に泊まってもらうわ。部屋はあるし。宿に代金は払うの。とりあえず人手は増えるから安心して」


「りょーかい。細かい話は後だね」


 話は終わりとばかりにスティーナは手近な菓子をつまんでハリアに与え始めた。会議が始まってからずっと食べてるけれど、いいんだろうかアレ。


「あの、つまり森と西側の開拓に家と工房の建築。更に既存の農地の種まきなどもするということですね?」

 

 それに加えて宿屋には行商人やクアリアの職人なども泊まりにくるだろう。つまり、ダン夫妻は労働力として期待できない。

 静かにメモをとっていたロイ先生の言葉に全員が言葉を失った。

 これ、忙しすぎないか?


「ロイ先生とアルマスには頑張ってゴーレムを造ってもらうことになると思う。エルフ達にも手伝ってもらって、できる限り作業をしてもかなり厳しい。だから、今回はみんなと相談して新しいことをやるのは後回しになるのだけれど……」


 いつもなら全員で新しい何かをする相談をするのだが、これはできそうにない。既に公的な仕事だけで聖竜領にできる仕事量を超えている。


「一応ですが、いくつか対処をしております。私の方で新しいメイドを手配しました。故郷からやって来ますので、宿や屋敷と厨房の手伝いなどを行えます」


「ああ! それは助かります。開店早々宿屋が忙しくなりそうで怯えていたところでして……」


 やはり心配していたらしいダニー・ダンがほっとしていた。


「……厨房に人、くるの?」


「私の故郷から来る者ですので、トゥルーズの指示にも答えられるはずです。特に料理の得意な者を選んでくれるように頼んでおきました」


「ん……やってみる」


 対人関係に不安があるトゥルーズの方もとりあえず納得してくれたみたいだ。


「明るい話は他にもあるの。魔法草の工房ができる関係で、第二副帝から領地を維持管理するための助成金が出るわ。金銭的に余裕ができるから色々できると思う。それと、ドーレスが鍛冶屋をつれて来る」


 その二点に皆がどよめいた。

 鍛冶屋は待望の人材だ。金物一つ手入れするにもこれまで大変だった。

 金があるのも頼もしい。色々と使い道が豊富だからな。


「わたしからの話は以上。問題なければ明日から色々と打ち合わせをしましょう。要望は先送りになってしまうけれど、みんなからの意見を聞かせてちょうだい」


 その後、いつも通り全員で話し合いが始まった。

 鶏を増やすとか牧畜だとか南の湖に小屋をとか色々と意見はでたが、残念ながら全て先送りとなったのだった。


 聖竜領に想定外に忙しそうな二年目の春がやって来ようとしていた。

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