第71話「なんだか感謝されているのでそのことはあえて口には出さなかった」
聖竜領にドワーフが槌打つ音が響き始めた。
エルミアが鍛冶屋に入るとすぐに何人かが仕事を持ち込み、引っ越しを済ませた二日後には鍛冶屋の炉に火が入ったのだった。
そんな聖竜領の新施設に刃物と余り縁の無い俺が訪れる仕事が出来た。
「なんで俺も一緒に行くんだ。マイア一人でいけばいいだろう」
「アルマス殿はエルミア殿とお会いしたことがあるでしょう。聞いたところ、初対面だとなかなか話をしてくれないそうですから。それで一仕事終えたところに声をかけたわけです」
「そういうことか・・・・・・。お使いも頼まれたしな」
朝のゴーレム作りや畑作りの後にマイアは声をかけて来た。
しかもたまたま畑仕事に出ていたトゥルーズに「頼んでおいたものを受け取って来てほしい……。今度お菓子作るから……」と頼み事までされてしまったのだ。行かない理由がない。
実際のところ、マイアとエルミアは相性が悪そうではある。横に俺がいた方が話が円滑に進むかも知れない。
マイアの目的は自分の剣を打ってもらうことだ。
現在彼女が使っているのはクアリアで買った普通の長剣だ。彼女の実力に相応しいものではない。使う機会が多くはないとはいえ剣士である彼女にとって良い剣を持つことは重要だ
「では、行くとしましょうか。ドワーフの鍛冶屋へ!」
目を輝かせながら俺はマイアと共に開業したばかりの鍛冶屋へと向かった。
○○○
「………………いらっしゃいませだよ」
鍛冶屋の扉をノックして入ると、俺とマイアの姿を確認したエルミアがどんよりと挨拶をしてくれた。
別に嫌われているわけではない。誰に対してもだいたいこういう反応なのだ。むしろ、言葉が出るまでの時間は話す度に短くなっているくらいだ。
「トゥルーズに頼まれて道具を受け取りに来た。こっちのマイアは知っているな。君に依頼をしにきたそうだ」
「屋敷で挨拶をしましたが、こうして面と向かって話すのは初めてですね。ドワーフの鍛冶にお願いがあって参りました」
「…………………………うっ。………ちょっと待つだ」
マイアの屈託の無い態度に圧を感じたのか、エルミアが少し顔を背けて部屋から出て行った。前髪で表情が見えないが、恐怖でも感じたか? やはり相性が悪かったのだろうか。
「どこに行ったのでしょう?」
「わからん……」
本当にわからなかったが、エルミアはすぐにドアの向こうから戻ってきた。
その手には薄い木の箱が抱えられている。
「…………こっちが先だ。トゥルーズさんのナイフ、研いだ分だよ。いい刃物なのに布に包んだだけだったから、箱も作っただよ」
そう言って俺に箱が手渡された。
「開けていいか?」
「……どうぞ。あだしの仕事を見ておくれだ」
箱を開けると中には四本のナイフが綺麗に並んでいた。
「ほう。これは……」
横から覗き込んだマイアが感嘆の息を漏らした。
ナイフの刃は見事に研がれていた。銀色に輝く刃が氷のような冷たさを感じる輝きを放っている。
俺は戦いの経験もあるので、刃物に対して見る目はそれなりにある。
エルミアの研ぎは見事なものだ。
「良い仕事だ。トゥルーズも喜ぶだろう」
「……ほんとだべか? お世辞だべ?」
何故か猜疑に満ちた返答が返ってきた。
初めての仕事で不安なのだろう。褒めるべきところは褒めなければな。
「俺はこれまで何人かのドワーフの鍛冶に会ったことがあるが、君の腕前はそれと遜色がない。自信を持っていい」
「…………ありがとう……だべ」
正直に言うと、エルミアは頬をかいてから頭を下げた。
「実に見事な研ぎです。やはりここに来て良かった。エルミア殿、私に剣を打って欲しい!」
俺の仕事が終わったと判断したマイアが前に出てぐいぐい詰め寄っていく。
「…………う、マイアさん。ちょっと近いだよ」
「これは失礼。どうだろうか。ちゃんと代金は払う」
「…………………」
問いかけに対してエルミアは黙り込んでしまった。
マイアの依頼は鍛冶屋に対するものとしてはおかしくはない。何か問題があるのだろうか
「マイアはこう見えて、帝国五剣の元弟子だ。今使っている長剣では物足りないだろうから是非お願いしたいんだが」
「帝国五剣!? ほんとだべか!?」
鍛冶屋として見逃せない言葉だったのだろう。無言をどこかにやってエルミアが反応した。
「いかにも。私は昨年まで帝国五剣の直弟子としてウイルド領で務めていました。しかし、アルマス様に敗北し、今はここにただのマイアとして暮らしています」
「……………ほんとだべか?」
疑いの眼差しで俺の方を見てきた。目が見えないのに何となく疑念が伝わってくる。
エルミアの前では戦う姿を見せたことがないから仕方ないことだ。
「本当だ。なんなら聖竜領の他の者に聞いてもいい。で、どうなんだ?」
鍛冶屋なら腕の立つ剣士の武器は作りたいもののはずだが。
エルミアがそういう鍛冶屋なのかはまだ俺にはわからない。
「…………正直、剣を打ってみたいだ。でも…………あだいは剣を打ったことがないだ」
「……それは、どういうことでしょうか? いえ、鍛冶屋だからといって必ず剣を打つわけではないのですが」
鍛冶屋にだって色々と仕事の種類がある。だが、ドワーフは別だ。彼らは種族として鍛冶の技に秀でており、その道に進んだものは一通りの技術を仕込まれる。
これは俺が人間だった時代よりも更に昔から変わらないことのはずだ。
「…………兄弟子達に「お前に武器は無理だ」ってやらされてもらえなかっただ。……親方は歳であんまり顔を出してくれなかったから、ずっとそのままだっただ。……あだし、人と話すの苦手だから……」
「そうか……」
どこの世界にだって人間関係がある。エルミアが性格的にそういうのが不得手で、兄弟子達に疎まれていたのは容易に想像できた。
気力を振り絞って話しているのだろう。彼女の手は震えていた。嫌なことを思い出すのは辛いものだ。
こんな自分だから帝国五剣の直弟子に剣なんて打てない。エルミアがそう言いたいのはよく伝わってきた。
「なるほど。ならば、私がエルミア殿の最初の剣を受け取れるということですね! これは僥倖です!」
マイアは全然気にしていなかった。というかむしろ前向きだった。
「…………う。でも、上手くできるかわからないだよ?」
「問題ありません。誰でも最初は上手くできないもの。私も最初に剣を持った時は十回も振れば腕が上がらなくなったものです。このマイア、エルミア殿に俄然剣を打って貰いたくなりました!」
「……なんでそんなにあだいをかってくるんだべ? 今日初めてまともに話したのに」
「貴方が研いだナイフを見ましたので。貴方の剣が欲しくなったのですよ、一人の剣士として」
笑顔でいいながら、マイアは腰に佩いていた量産品の長剣を抜いてみせた。
「どう思いますか?」
「……あまりいいものじゃないだ。帝国五剣の弟子らしくないだ」
「では、お願いします。私向きの剣をね」
返事の代わりにエルミアはじっとマイアを見詰めた。視線は見えないが、その向こうに真剣な眼差しがあるのは疑う余地もない。
「…………精一杯やってみるだ。でも、時間もお金もかかるかもだ」
「む、お金ですか。多少の蓄えはありますが……?」
マイア用の剣を打つとなれば普通の剣では足りないだろう。それにエルミアが武器作りに初挑戦する以上時間も金もかかるはずだ。
ここは修行中の剣士と鍛冶屋に助け船を出すとしよう。
「俺も協力しよう。金ならまあ、なんとかなるんじゃないか? 聖竜領の武器が特産品になるとか言えばサンドラも出してくれるだろうし。なんなら他のコネを当たってもいい」
聖竜領のコネクションは豊富だ。クアリアの領主、第二副帝、頼めばマイアの祖父である帝国五剣のロジェも協力してくれる。
「せっかくだから、やってみるといい」
俺がそういうと二人は揃って嬉しそうに頷いたのだった。
「アルマス殿、ありがとうございます」
「……アルマス様、感謝しますだ」
「なに、大したことじゃない」
本当に大したことじゃ無い。何せ、先ほどの発言は全部俺以外に金を出させる方法なのだから。
なんだか感謝されているのでそのことはあえて口には出さなかった。
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