第66話「この後、聖竜領に一緒に帰ったら、大騒ぎになった」

 水竜の若き眷属ハリアとの会話は夜まで続いた。流石にサンドラ一人では相手をしきれないので途中からリーラにルゼとマイアも加わり、ひたすら話をし続けた。

 どうもハリアは人間と会って話すのが初めてのようで、とにかく質問責めだった。

 日が傾いてきた辺りで流石に全員に疲れが見えてきたので、俺が間に入るとハリアは納得してくれた。


「おもしろい話ありがとう。つかれさせてごめん。これ、のんで」


 そう言うと、ハリアの眼前に魔力の輝きが現れ、一瞬で水になった。

 淡い輝きを放つ不思議な水はふわふわと浮遊し、サンドラの前までやってくる。

 俺はすかさず荷物の中から鍋を取り出すと、水をそのなかに入れた。


「元気のでる水。ぼくもねる。またあした」


 そう言うと、ハリアは名残惜しそうに湖の向こう側に消えていった。

 とりあえず、夜になってしまったので俺達はその場にテントを張り、野営をすることにした。

 こんな時もメイド服を着ているリーラが手際よく煮炊きを始め、料理の準備をする。

 一番質問に答えて疲れていたサンドラは、それを眺めながら水竜の残した水をゆっくり味わっていた。


「すごい。疲れが取れていく……」


「水竜の眷属は水だけでなく癒しも司るからな。その力の一端だろう。勿論、依存性も毒性もないから安心してくれ」


「流石にもう疑わないわ。これ、アルマスのハーブと組み合わせると凄い効果になりそうね」


 確かにそうだ。また新たな眷属印が産みだされてしまうかもしれないな。


「想像以上に穏やかな竜で安心しました。お嬢様に向かっていった時はどうしようかと思いましたが」


 鍋に具材を入れながら、リーラが大きく息を吐く。


「聖竜様が話をつけているとはいえ、あれは恐いからな」


 ハリアは若い竜だが人間から見ればあまりにも巨大だ。大きいというのはそのまま強さに直結する要素でもあるし、恐怖を覚えないはずがない。


「聖竜様に続いて水竜様の眷属に会うことになるとは思いませんでした。他の六大竜の眷属ともそのうちお会いできるのでしょうか?」


 うきうきしながらルゼが言ってくる。

 そうだな。せっかくだから、その辺りの説明もしておくか。


「実をいうと、聖竜様以外の六大竜は、現在休眠期にある。今回、水竜と接触できたのはたまたまだ。これは『嵐の時代』に力を使いすぎた影響でな」


 火竜、水竜、風竜、地竜、そして邪竜。この五つの竜は『嵐の時代』を乗り越えるのに力を使いすぎた。今は寝たり起きたりを数十年単位で繰り返している。


『実は水竜の奴も半分寝てたみたいで心配だったんじゃがなぁ。良かった良かった』


『たった今知る衝撃の事実ですよ。結構行き当たりばったりですね』


『い、一応大丈夫そうじゃからお主にも伝えたんじゃよ。事情も聞いてくれたし、水竜もうらやましがっておったぞ。起きてたら来たかもしれん』


 良かった。六大竜の一つが直接来ていたら、何か想像もつかないことを起こしそうだ。聖竜様からして予想できないことをするからな……。


「聖竜様が来ているのね。わたし達のやり取りに問題は無かったかしら」


「安心しろ。聖竜様は満足しているさ」


 不安げなサンドラにそう伝えておく。今発覚した事実は俺の胸の中にだけしまっておこう。

「ねぇ、アルマス。どうして聖竜様だけ起きているのか聞いて良いかしら? 『嵐の時代』は六大竜にとっても過酷だったのでしょう?」


「それは簡単な話だ。単純に、聖竜様は最年長で、最も強いからだ」


 聖竜様は六大竜で一番最初に産まれ、一番強い力を持つ。その能力も魔力の循環や調節に特化している。得意分野に自然現象に特化している他の六大竜よりも幅広い力を持つとは本人の談だ。


「なるほど。では、アルマス様の実力も眷属の中ではかなり強いということですね!」


「多分な。試したことがないからわからないし、俺は竜といっても特殊な眷属だからな」


 マイアの発言には言葉を濁して答えておく。

 自分以外の眷属と会ったのはハリアが初めてだし、自分の実力というのも今ひとつわからない。

 見た感じの印象では、ハリア相手なら負ける気がしないが。


「ここにいたのがアルマス様で良かったかもしれません。昨年の春、最初に出会ったのがあのような大きな竜でしたら、皆でクアリアに逃げ込んでいたでしょう」


 鍋の中で完成した料理を器に移しながら、リーラがにこやかにそう言った。


「ほんと。アルマスで良かったわ」


 ハリアの作った水を飲み終えたサンドラがしみじみとそう呟いた。

 

○○○


 翌朝、テントを片づけて帰り支度を始めた俺達の前に、再びハリアが現れた。

 それも昨日とは比べものにならない姿で。 


「おはよう。アルマス様、サンドラ、リーラ、ルゼ、マイア」


 ハリアは、大型犬くらいの大きさになっていた。

 顔の形状は昨日とほぼ同じだ。

 首は短くなり、胴は丸く。肌の質感も鱗よりも皮膚に近くなっている。

 なんというか、昔本で読んだ、アザラシとかいう海の生き物に近い外観だ。


 変わり果てた姿のハリアは、俺達の前で浮かんでいる。

 手足の形状はひれに近く、翼のように空を飛べそうに無いのに浮かんでいるのだ。

 竜の翼は魔法が宿り、羽ばたく力とは別の理屈で空を飛ぶ。恐らくその応用だ。


「ハリア、その姿はどうした……」


 驚愕する全員を代表して俺が問いかけると、ハリアは目をくりくりさせながら楽しそうに答えを返す。


「大きいからだ、みんな驚く。だから、小さくなった。ぼく、聖竜様の像をみたい。トゥルーズのごはんたべたい」


 なるほど。つまり聖竜領をその目で見たくなったのか。


「ここの管理はいいのか?」


「だいじょぶ。何かあったら大きくなって飛んで戻れる」


 丸っこい胴体を上向かせて言われた。どうやら胸を張っているらしい。


「サンドラ、領地まで一緒に連れて行っていいか? 本人も希望しているし」


「そうね。一度、わたし達の生活を見てもらうのは良いことだと思うの。……可愛くなったわね、ハリア」


「ありがと。サンドラ」


 サンドラに頭を撫でられて、ハリアは嬉しそうにその場で跳ね回った。


 当然ながらこの後、聖竜領に一緒に帰ったら、大騒ぎになった。

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