第67話「後でサンドラにでも詳しく説明しておいてもらおう。」
ハリアが聖竜領にやってきてからしばらくたって、何度か雪が降った。
雪かきやら日々の生活に追われる内に春は近づき、冬の間に行っていた作業に一つの成果が出た。
ダン夫妻が経営する宿屋が完成したのである。
昼の気温も上がり、雪も大分溶けた冬の終わり。
俺はサンドラ達と聖竜領の入り口に出来た宿屋にやってきていた。
「見事なものだ。中もちゃんとしている」
「ずっと皆さんで作っていましたですし。あてくしも頑張って商品を揃えましたからねー」
内部を見て感心する俺に答えたのは、先日行商から帰ってきたドーレスだ。
冬の間、彼女は何度もクアリアと聖竜領を行き来して、宿屋に必要なものを取り揃えてくれた。
スティーナを初めとした大工達のおかげで宿屋はとても立派だった。
三階建てで一階は酒場と店舗を兼用。雑貨屋としての店舗スペースのおかげで、ここに来れば食事と買い物が一挙にできる。
二階は客室。三階の一部にはダン夫妻やドーレスの生活空間も用意されている。
酒場のカウンターの向こうに見える棚には、多くの酒瓶が並び、客を迎える備えは万全だ。 雑貨屋の方にも保存食や聖竜領産のハーブなどの品が置かれている。こちらは棚が空いているのでこれからに期待だ。
ここが聖竜領の商売の中心になる。
そう確信させてくれる見事な仕事だった。
「正直、わたしは建物には詳しくないのだけれど、良いものを作ってくれたと思う。みんなにお礼を言わないといけないわね」
店内を歩きながら一通りチェックを終えたサンドラも満足気だ。
「ちなみに準備の方は無事終わったんですが、人の手配が終わりませんでして。しばらくはあてくしもここで働く予定です」
雑貨屋の辺りを指さしてドーレスが言う。
「仕方ないわ。冬の間に移住して貰うのは無理があるもの。もう少しすれば建物の建築も増えるでしょうし。ここに住み込みで働く人も来るでしょう」
「はい。そのつもりです。ところで、鍛冶屋の方は進捗いかがです?」
「予定通り。もうすぐそちらも完成。炉があったりする関係もあって、川の向こう側になっちゃったけれど。良いのかしら?」
「完璧です。知り合いのドワーフの鍛冶屋が来ますですので、よろしくお願いするです」
「ほう。ドワーフの鍛冶か、楽しみだな」
ドワーフは鍛冶の技術に秀でた種族だ。一部の職人は魔剣を打つことができる。何らかの魔法を剣に込めて、それが長く保つ。これは、同じ行程を人間やエルフが真似してもできない、ドワーフ特有の技術である。
竜の魔力のようなものをドワーフは鍛冶においてのみ発現させているのだと思うが、俺も詳しくはわからない。
ちなみに、ユーグが研究している魔力の保存については、ドワーフの魔剣鍛造技術を研究するのが一般的だったりする。
「ちなみにそのドワーフは魔剣が打てるのか?」
「流石に魔剣が打てるような職人は里から出してくれないですよー。でも、腕と性格は保証するです」
「それもそうか。だが、とても助かるな」
「ええ、日用品を作ったり、直したり。馬の蹄鉄だって変えなきゃいけないし。ありがとう、ドーレス」
「へへへ、あてくし、ここで頑張ると決めましたですので」
褒められたドーレスが嬉しそうに照れている。サンドラと並ぶと同じくらいの背丈なので、子供同士が会話しているようで微笑ましい。
そんな風にしていると、酒場の奥からダン夫妻とトゥルーズが現れた。
「いらっしゃいませ。サンドラ様、アルマス様。酒場の主人の仕事は慣れませんが、精一杯おもてなしをさせて頂きます」
「料理は私とトゥルーズの作品なのでご心配なく」
モイラ夫人がそう言うと横のトゥルーズがコクコクと無言で頷いた。
今夜は酒場の完成記念パーティーだ。これから続々と聖竜領の人々がやってきて、宴会になる予定である。
「こんにちは。きたよ」
ダン達が料理を厨房から出し始めると、ハリアがふよふよと浮かびながら入ってきた。
彼は今日という日をとても楽しみにしていた。
「トゥルーズ、ごちそう、ぼくのも、ある?」
「いらっしゃい……。ハリアの分もあるから安心して……」
「うれしい。じゃあ、時間までまってるね」
トゥルーズに頭を撫でられるとハリアはそのまま自分用に設けられた台の上に着席した。
ハリアは最初こそ皆に驚かれたが、すぐに馴染んだ。
性格は素直で穏やかだし、なにより見た目が可愛いのが強かった。
女性達からは既に圧倒的な人気を勝ち取っており、とても大切にされている。
ちなみにトゥルーズの料理が気に入ったようで、三日に一回は領主の屋敷に来る。
「あ、あの。今の浮かんであるアザラシはなんですか?」
見ればドーレスがただ一人、滅茶苦茶驚いていた。
そういえば、出かけてばかりの彼女は会うのは初めてだったな。
「あれは水竜の眷属ハリアだ。この冬に出来た南の湖を中心に管理してくれている」
「はぇっ。水竜? じゃあ、アルマス様みたいなものですか? 南に湖とは?」
「湖はつい最近できた。村の中に来るときは小さくなってるが、向こうにいるときはすごくでかいぞ」
「へえぇ……。相変わらず、ここは想像もつかないことが起きますねぇ……」
俺の説明を理解するのを諦めたらしく、ドーレスはそう言うと近くの席に着席した。後でサンドラにでも詳しく説明しておいてもらおう。
「そろそろ皆、集まってくるな。気配を感じる」
宿屋の外に魔力を探ればわかる。領内のほぼ全員がこの場所を目指してやってきている。スティーナをはじめ酒好きには待望の施設だ。これから先、賑やかになるに違いない。
「では、みんなが集まるのを待ちましょう。リーラ……じゃなくてモイラ、お茶を注文してもいいかしら。せっかくだから、お金も払うわ」
「承知しましたわ。サンドラ様はこのお店最初のお客様ということで、お代はサービスです」
「あら、得してしまったわね」
笑みをこぼしながら、サンドラが着席すると、リーラもそれに続いた。今日は彼女も客の一人だ。俺も何となく、同じテーブルにつく。
「穏やかに冬を過ごせて良かったな」
「……南の方で大変なことがあったので穏やかとはいいきれないけれど、概ねそうね。うん、結果的に良かったわ。屋敷の中に暖房も設置して貰ったし」
「ユーグ様が必死に調査していたけれど、何の成果も得られないと嘆いておられましたが」
この前屋敷に暖房魔法を設置したのだが、そんなことになっていたのか。
「それに関して俺は悪くない。ユーグが落ち込んでいたら励ましてやってくれ」
竜の魔力の解明は簡単なことではない。ユーグの人生全てをつぎ込んで成果が出るか怪しいことだ。俺にもよくわからんし。聖竜様も教えてくれないし。
「領内が良い方向で賑やかになったと思う。春からもこんな調子だと良いのだけれど」
「大丈夫だ。君は一人でいるわけじゃないんだからな。皆、協力してくれる」
「……そうね。忙しくなるだろうから、みんなと一緒に頑張りましょう」
一瞬陰ったサンドラが表情を明るくなった。
どうやら、今回は上手く励ますことが出来たようだ。
「どうぞ。聖竜領特産、眷属印のハーブティーですわ」
モイラ夫人によってテーブル上に並べられたカップに手を伸ばし、口元に寄せるとよく知った香りが鼻孔をくすぐる。
「いらしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
そうこうしているうちに店の入り口の扉が開き、次々と領民がやって来た。
皆、表情が明るい。冬の終わりを日々実感しているのも関係しているだろう。
二年目の春は、何が待っているだろうか。
『のうアルマス。お主とハリアばかりご馳走を食べるのはずるいのじゃ。後で何か像に供えておくれ』
『わかりました。良いものを選んでおきますよ』
『うむ。いやー、良い場所になったのう、ここ』
何というか、聖竜様がこの調子だし、今まで通りで何とかなる気がする。
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