第65話「犯人はわかった。後で抗議しよう。」
「本当にサンドラも来るのか?」
「はい。私も止めたのですが……」
「だって、南を管理するために聖竜様が他の六大竜に頼んで派遣して貰った眷属なのでしょう? 聖竜領の領主として挨拶しなければならないわ。それに、一度南は確認しておくべきだと思っていたの。今なら雪もないし、仕事も少ないしね」
物凄く慌てているルゼとマイアを家に招いてから、俺は速やかに事情を説明した。
サンドラにかなり微妙な顔をされたが、話はすぐに通った。
南にやってきたのは聖竜様が水竜に頼んで派遣して貰った眷属だ。水竜はその名の通り、水と親しい。湖も含めた南の管理には打って付けだろう。
色々と言いたいことはあるだろうが、サンドラも聖竜様のやったことに抗議はしない。
ならば、やってきた眷属を直接見に行こうということになり、サンドラもついてくることになったのである。
普通なら竜の近くに戦闘能力の無い領主を向かわせるなど正気の沙汰ではないのだが、ここは聖竜領だ。やってきた竜の安全性はある程度保証されている。
「言っておくが、荒っぽい性格という可能性もあるんだぞ?」
「それこそアルマスが何とかしてくれるのでしょ?」
「まあ、そうなんだが………」
確かに話としては筋が通っているのもある。
昔、聖竜様に聞いたことがあるのだが、六大竜は複数の眷属を持つことが普通らしい。役割ごとにわけて用意するのだそうだ。
その中で見ると俺は特殊で、聖竜様のたった一人の眷属であるため非常に強い力を与えられている。
並の眷属相手なら、まずどうにかなることはない。
何より、ここは聖竜様のお膝元だ。最悪、何ともでもなる。
つまり、安全が保証できてしまうので、サンドラの同行を許可するしか無くなってしまったのである。
「南へはまだ道がない。徒歩で二日だ。往復で五日はかかる。仕事の引き継ぎはしておいてくれ」
「ええ、それは今からすぐにでもやるわ。ユーグの同行は不可としておくの」
「助かる。あまり大所帯になると動きにくいからな」
今回一緒にいくのは俺とサンドラとリーゼ、それとルゼとマイアだ。どうせなら最後まで関わってもらおうということになった。
「一目散に逃げてしまいましたが、安全な竜だと知っていれば接触したのに……」
ルゼが残念そうにそう漏らす。好奇心の強い彼女らしいが、逃げたのは良い判断だ。普通、竜との接触は非常に危険だかな。
「二人が見たのは出来つつある湖の中、首の長い竜で間違いないな」
「はい。とても大きな、この領地で作るストーンゴーレムの倍はありました。背中に翼はないように見えましたが、それ以上詳しくはわかりません。……流石に竜殺しに挑戦する気にはなれませんでしたね」
マイアがうっかり斬りかからなかったのも幸いだ。彼女が力試しをしようとも思わないくらいの強大な存在がやってきたということでもある。
「では、出発は明日の朝だ。二人は戻ってすぐで悪いが、体調を整えておいてくれ」
ルゼとマイアは特に文句も言わずに頷く。疲れているだろうから休んでも良かったのだが、自分達の見た存在を確認したいという好奇心が疼いているのも確かなようだ。
『ちなみに聖竜様、どんな性格の竜が来たか本当に知らないんですか?』
『うむ。水竜からは穏やかな者を寄越したと聞いておるがのう。ほら、どうせなら実際に会って確かめた方がいいじゃろ。そのほうが楽しいし』
もう少し詳細な情報を貰って欲しいところだが、俺はその言葉を飲み込んだ。
もし何かあったら、この上司に責任をとって貰おう。
○○○
南への旅は順調だった。サンドラにとって馬車を使わない徒歩の旅は久しぶりだが、聖竜領での一年近い生活が彼女を強くしていた。
ルゼやマイアといった旅慣れた人間には及ばないが、余裕のある道行きだ。事前にゴーレムで道を作ってあったのも良かった。なにより雪が無いのが幸いだったとも思う。
家を出発して二日後、予定通り規模を大きくしつつある湖に俺達は到着した。
「なんか、思ったよりもでかくなってるな」
「はい。この前私達が見た時よりも大分大きいです……数日でこの拡大とは……」
俺の言葉にルゼが困惑しながら反応した。
先日見た時は大きな池程度だったはずの場所が、今では立派な湖と言える規模になっていた。対岸まで船が必要なくらいの広さだ。水も深く、澄んでいる。
川から流れ込む水量だけではこうはいかない。環境を整えたものがいるのは間違いない。
『アルマス、来るぞい』
『そのようですね』
聖竜様が教えてくれるのと同時、それは姿を現した。
大きな影が湖の向こうからこちらに向かってゆっくりとやって来る。
人間が縦に三人重なったくらいの高さはあるだろうか。長い首を持ち、水中から半分ほど出ている胴は丸っこい。
鱗の色は水色。わかりやすく、水に住まう竜の特徴だ。
「お嬢様、念のため、私の後ろに」
「ええ。アルマス、お願いね」
「任せて貰おう」
少し緊張感の伴った会話をしている内に、水竜の眷属は目の前までやってきた。
水上を音も無くやって目の前まで移動してきた竜は、ゆっくりと首をもたげて俺達を見下ろす。
「なんか、想像よりいかつくないな……」
『かわいい顔しとるのう』
それが水竜の眷属をみた俺と聖竜様の最初の感想だった。
首の先についている顔は確かに形状はトカゲを思わせる竜のもの。だが、鱗が細かいのか全体的につるんとした印象をしている上に、目が大きくクリクリしている。
巨体に反してちょっと愛らしい顔をしている水竜だ。
「こんにちは。アルマスさま」
水竜の眷属は子供のような高い声で言うと、ゆっくりと頭を俺の目の前まで下げてきた。
「ああ、こんにちは。俺のことを知っているのか?」
「水竜様がおしえてくれた。聖竜様のつよい眷属。アルマス様。へんじん、シスコン」
「待て。その情報はどこを経由して伝えられた」
『不思議じゃなぁ……』
犯人はわかった。後で抗議しよう。
「まあいい……。さて、お前に名前はあるのか?」
「ある。ハリアとよんで。水竜様のもっとも小さな眷属だよ。この湖から土地をみるのがしごと」
既に水竜から仕事も与えられ、作業をしているわけだな。最も小さな眷属と言うことは、若手に仕事を与えたのは間違いないようだ。
「水竜の眷属ハリアよ。ここにいるのは聖竜領の領主サンドラだ。俺達と共にこの地を治めている。仲良くしてくれるか?」
「知ってる。サンドラ、かわいい、かわいそう。協力するよ」
そう言うとハリアはサンドラの眼前に頭を持ってくる。
リーラの後ろに隠れていたサンドラは一瞬躊躇した後、一歩前へ出た。
「聖竜領の領主サンドラ・エヴェリーナよ。水竜様の眷属ハリア。共にこの地で生きましょう」
「うん。いろいろ聞いてる。ここ、たのしい。おいしいもの、おおい」
「うわっ……」
嬉しそうな様子でハリアが頭をすり寄せてきて、サンドラは軽く後ずさる。
「……えぇ、これからよろしくね」
慌てつつも害意がないことを察した彼女は、そっとハリアの頭を撫でる。
『事前に話を通しておいてくれたのは有り難いですが。何を話したんですか』
『できる限りのことじゃよ。人間の生活を近くで見れる面白い場所じゃと話したら、若くて好奇心の強い者を寄越してくれたのじゃ』
なるほど。それでこの人選、いや竜選か。
見た感じ、ハリアは若い竜だが素直そうだ。湖をあっという間に作ったのを見るに土地を管理する能力は申し分ない。
「人間のおはなし、聞きたい。サンドラ、他の人、しょうかいして」
「わかったわ。どんな話がいいかしら」
「……今日はここで一泊だな」
大きな新たな住民とサンドラが友好を深め始めたのを見て、とりあえず俺も一安心だ。後で聖竜様に俺をどう紹介したのかは問い詰めるつもりだが。
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