第64話「情勢も少し落ちつき、仕事も減った冬ならではの光景といえるだろう」

「アルマスの家はいつも暖かくていいわね」


「そうですね。暖炉の様子を見なくて良いのは羨ましいです」


「冬になったら二人とも妙に良く来るようになったと思ったら。それか……」


 ユーグと森の中を駆け回った翌日。俺の家にサンドラとリーラが訪ねてきた。

 仕事では無く、プライベートな訪問だ。

 冬になって畑仕事が減ってから、こういう日が増えた。

 こういう時、お茶を淹れるといつもは後ろに立っているリーラも着席し、三人で雑談をするのが常である。

 情勢も少し落ちつき、仕事も減った冬ならではの光景といえるだろう。


「仕方ないじゃないの。アルマスが魔法で暖房をかけているからいつでも暖かいんだもの。……いくら出せば屋敷にもかけてくれる? わたしの部屋と執務室だけで良いから。お金はあるのよ」


 完全に形振り構っていない発現だ。

 領主の屋敷にも暖房器具があるが、魔法で部屋を暖めているこの家が相当居心地が良いらしい。


「元々これは日常生活を快適にするための魔法なんで構わないが……」


「一回で何日も継続できるのはアルマスだからとユーグに聞いたわ。竜の魔力って凄いのね」


 どうやらユーグに色々話を聞いたらしいな。実際、この暖房魔法は人間の魔法士では持続性に難があって使い勝手が悪かった。ロイ先生に頼んだらすぐ倒れてしまうだろう。


「いいだろう。燃料の節約になるだろうし、今度屋敷に魔法をかけにいこう」


「やったっ。聞いたわね、リーラ」


「はい。確かに。ただ、お嬢様の私室の分は自費でお願いしますね」


「う、わかってるわよ」


 プレイベートな時間だからか、リーラもサンドラに遠慮が無い。サンドラが領主になる前はいつもこんな感じだったのだろうか。


「さて、ちょっとだけ仕事の話をするわね。ユーグからの報告を聞いたわ。ゼッカという希少な魔法草が発見されたので、聖竜領は本格的に第二副帝の庇護下になるでしょう。むしろ、直轄地に近い扱いになるかもしれない」


「それで何か問題はあるのか?」


 俺の問いかけにサンドラは首を横に振る。


「正直、まだわからない。ただ、ここを治めるには聖竜様に認められる必要があることは承知していると思うから、当面はこのままだと思うの」


『ワシはサンドラ以外の領主は認めるつもりはないぞい』


 話を聞いていたらしい聖竜様がそんなことを言ってきた。


「聖竜様もサンドラ以外の領主を認めるつもりはないそうだ。そこは安心していい」

 

「ありがとうございます、と伝えてくれる。多分だけど、この流れだと春になると一気に情勢が動くわ。ユーグが森の中、エルフの村の向こうに隠された魔法草の畑を作るかもと言っていたし、魔法草を研究する工房も作られるみたい」


「それは大事になりそうだな」


「それだけじゃないわ。クアリアの町から何人か農業要員が移住してくるの。その受け入れと畑の開墾作業もある。宿屋も営業開始するから人も増えるだろうし……」


 話しているうちにサンドラが頭を抱え始めた。人が増えるのは有り難いが、色々と大変なことも多い。


「俺も手伝うから安心してくれ。しかし、いきなり忙しくなるな……」


 比較的平穏な今が嘘のようだ。春になったら全員働きづめになってしまうぞ。


「正直、人手が足りません。来客が増えることを考えると、屋敷を維持することも難しくなります」


 今、領主の屋敷はリーラが一人で維持管理をしている。他の者と協力して最低限のことだけすればいいようにしているが、これからはそうはいかないだろう。

 そもそも、領主の屋敷は余裕で二十人以上が暮らせる広さだ、メイド一人で維持管理できるものではない。リーラが異常に優秀なのだ。


「大丈夫なのか? 今のうちに策を用意しておくべきだろう」


「屋敷のメイドについてはリーラと協力して手配を進めているわ。畑仕事もないことだし、できることはしてるつもり。後はスルホやクロード様と連絡を密にして、今のうちにできることをしておくしかないと思うの」


「俺に手伝えることがあれば言ってくれ。ゴーレム作りくらいしか思いつかないがな」


 事務的な作業になると俺はあまり協力できそうにない。完全にサンドラの得意分野だ。


「とても頼りになるわ。こうして、わたしの相談に乗ってくれることもね」


「相談? 俺は話を聞いているだけのつもりなんだが」


「アルマス様は、お嬢様が間違った判断をしそうになった時、諫めてくれるではないですか。ウイルド領の時のように」


 そんなこともあったな。あの時は俺の得意分野だったから進言しただけなんだが。


「基本的にサンドラはおかしな判断はくださない。もし、何か失敗しても周りの者が助ける。俺も含めてな。安心するといい」


「うん。ありがとう。本当に嬉しい……」


 そう言うと、持って来たクッキーに手を出した。俺もそれに続く。今回はトゥルーズではなく、リーラの手作りだ。普通に美味い。

 お茶を飲み干してから、サンドラが再び口を開く。


「春からのことはある程度予想ができるけど、もう一つ懸念があるの。エヴェリーナ家のことよ」


「実家の方で動きがあるのか?」


「聖竜領は短時間で成果をあげすぎたの。今回の魔法草のことで決定的に価値ある場所になってしまった。魔法草についての情報は秘匿されるだろうけど、エヴェリーナ家はどこかで情報を拾うと思う」


 サンドラの実家は帝国でもそれなりの権力を持つ家だ。殆ど会っていないという父親の耳に入れば、聖竜領を自分の権力のために利用しようと考え始めるのは想像に難くない。


「第二副帝の庇護下にある以上、簡単に手出しはできないはずだろう。領主はサンドラしかできないのだから」


「人を送り込むくらいはしてくると思うの。わたしの立場はそのままに、実権を握るとか……」


 ありそうな話だ。サンドラはまだ十三歳。付け入る理由はいくらでも作れるだろう。

 不安なのは、相手がどんな手を打ってくるかわからないことだ。未知のものが一番恐い。


「情報を集めることしかできないな。実家の方にそういうつてはないのか?」


 サンドラとリーラは共に首を振った。二人とも、追放同然でここに来た身だからな。


「この件は俺以外の者にも相談した方が良い。帝都出身が多いから何かあるかもしれない。皆、協力してくれるだろう」


「そうね。みんな、わたしについて来てくれた人達だものね」


 そう言うと、サンドラの表情が少し柔らかくなった。

 恐らく、彼女の中でもそうすべきだと結論がでていたのだろう。ただ、領地の皆を頼る決断に後押しが欲しかったんだ。


「ありがとうございます。こうして、お嬢様と同じ立場で話してくださる方は貴重ですので」


 すっきりした顔のサンドラを見て安心したのか、リーラが頭を下げた。

 彼女もまた主人を心配していたのだろう。


「話くらいならいくらでも聞くぞ。俺だって世話になっている身だからな」


 なんだか真面目に話し込んでしまった。少し場を和らげる話題でも提供できないかと思った時だった。


『アルマス、話も良い感じに一段落したようなので報告じゃ。南に竜が来たぞい』


『は?』


『だから竜じゃ。南まで管理するのは大変じゃろうから対処すると話したじゃろう? 運良く水竜と連絡がついての、若手の眷属を遣わせてくれたみたいじゃ』


『つまり、俺以外の竜がここに来ると? いつ?』


 あまりにも急な話だ。俺の表情の変化に気づいたサンドラ達が堅い表情でこちらを見ている。


『実は、もう来ておる。というか、ルゼとマイアが発見して、慌ててこの家に向かっておる』


『はあ? なんでもっと早く言ってくれなかったんですか!?』 


『いや、新しい魔法士のことで忙しそうじゃったし。実害ないからいいかなーと思ってのう』


 せめて一言言ってください。聖竜様。


「アルマス、どうしたの? 聖竜様がなにか?」


「ああ、実はな……」


 事情を話そうとした瞬間、ノックも無しに家のドアが勢いよく開かれた。

 その向こうにいたのは、南に向かっていたルゼとマイアだ。


 二人とも、見たことがない程慌てている。というか、恐怖で顔が引きつっている。


「ア、アルマス様! 竜です! 竜が南の湖に!!」


「本物! 本物でしたよ! 結構大きいです!」


 一応俺も竜なんだがな……という指摘は心の中に仕舞っておく。


「とりあえず中に入ってくれ。事情を説明するから」


 これは、春が来る前に一仕事片づけなければならないようだ。

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