第63話「後で詳しく話を聞かねばなるまい」
翌日の朝。俺は自宅で目覚めた。いつもなら領主の屋敷に泊まる流れだったが、なんだかユーグに色々聞かれそうなのが面倒だったので帰ったのだ。
いつものように魔法で温度が保たれた快適な部屋で起きて、お茶を一杯。
さて、今日はどうしようかと思った時、家の外に気配を感じた。
とりあえず先手を打ってドアをあけ、やってきた人物に声をかける。
「おはよう。朝早くから熱心だな。ユーグ」
「うわぁっ! お、おはようございます。アルマス様。……なんでわかったですか?」
「気配を感じた」
「それだけで……。うわぁ、家の中、暖かいですね。暖房の魔法ですね。オレ達も使いますが、これは常に効果があるんですか?」
目敏く家の中を覗き込み、天井付近に設置された魔法陣を発見するユーグ。
別に見られて困るものじゃないからいいのだが。
「あ、仕事の話をする前にちょっと見させて貰っていいですか?」
「構わないぞ。茶くらい淹れよう」
十数分後、俺の淹れたお茶を飲みながら、ユーグは落ち込んでいた。
「わからない。なんでああなってるのかわからない。どう調べればいいのかもわからない……」
「だろうな。俺も何で出来てるのかわからんのだ。多分、魔力の質が違うんだろう」
エルフは魔法で植物を操るが、人間にはそれができない。その理由は、人間の魔力が植物を操るようにできていないからだ。ならば魔法陣を工夫して、エルフのようなことができるかというと、それもまた別。
前にロイ先生が生育している木を直接ゴーレムにすることはできないといっていた。
それらから考えると、どうも種族によって魔法でできるできないがはっきりしているのだと俺は考えている。
そして、それは魔力の質によるものだと俺は捉えている。
そして、竜の魔力は特別だ。
実際、植物を操るエルフも魔法を使って緩やかに変化を与えるのが限界で、俺のように空間のあらゆる場所に魔法を設置することはできない。
この辺りのことは、聖竜様も詳しく教えてくれないので世界の根幹に関わる箇所なのだろう。
「まあ、まずはこれをどうにかして分析する方法を確立することだな。俺には見当もつかないが」
「なんとか見当をつけてみせます。とはいえ、今日は仕事の件で来ました。サンドラ様からアルマス様は早起きだと聞いていたのでお邪魔したんですが」
良かったです? と今更気遣ってくるユーグ。基本的には礼儀正しい好青年のようだ。
「問題ない。それで、どんな仕事だ? 畑の確認か?」
「それもですが、このような植物を見たことがないかなと思いまして」
そう言ってユーグが差し出してきたのは、緑の表紙をした一冊の本だった。
本は古く高級そうな装丁のものだ。
付箋の挟まれたページを開き、俺に見せてくる。
そこに描かれていたのは、小さな白い花を咲かせる植物だった。
「これはゼッカと呼ばれる魔法草です。非常に希少で、限られた場所にしか自生していません。魔力の濃いこの地域なら可能性があるのですが……」
「どこにでもありそうな花に見えるんだが。見覚えはないな。どういう場所に生えやすいとか特徴はないのか?」
それを聞いて、ユーグがページをめくる。
そこには何故か茶色い球体が描かれていた。
「地下です。この魔法草は地面の中で花を咲かせます。根が周りを覆い、球のような形で地中で花を咲かすのです」
どおりで見覚えが無いはずだ。そんな変わった植物があるなんて考えたこともない。
「地中に小さな花を咲かせ、種を作って少しずつ広がる。そういう魔法草です。あと、他にも特徴があります。地中で多くの魔力を蓄え、花を咲かすため、魔力感知で発見できるのです」
「なるほど。それで俺のところに来たわけか」
「はい。ロイ先輩に聞いたところ、アルマス様は魔法士と比べものにならない程魔力探知に長けていると聞きまして」
手順を踏んでも短時間短距離しか魔力を感知できない人間と違い、俺は広範囲かつ厳密に魔力を見ることができる。
「聖竜の森の中でも、魔法草の多い場所をオレと一緒に見て回って頂けると嬉しいのですが……」
最後になって遠慮がちになるユーグ。完全にオレに頼る形になると自覚しているのだろう。
「それで、これを見つけるとどうなるんだ?」
「ゼッカは非常に強力な魔法草です。しかも、採取できるのは帝国内でも数カ所。聖竜領にとって多大な利益をもたらすかと。……実は、クロード様にも確認するように言われていまして」
なるほど。仕事か。それなら仕方ない。
「第二副帝の指図だと言っていいのか? 今の情報、前半だけで十分だったが」
「嘘偽りのないように、と言われています。そもそも報告がいくことは想定済みだと思いますが」
よし、ここは彼の正直さを評価しよう。
「いいだろう。早速出かけるとしよう」
そう言って、俺はローブを羽織ると、ユーグと共に外へと繰り出した。
○○○
聖竜の森の中でも特に魔法草が多いのは中心部分になる。
そこには聖竜様の領域があり、今では聖域として扱っている。
道はなく、非常に遠いので、俺はユーグを抱えて一気に駆け抜けた。
そして、以前サンドラの熱を下げる薬草を見つけた場所で、めでたくゼッカなる魔法草を発見したのだった。
「素晴らしいです。自生してるのを初めて見れました。大きさも申し分もないですし……うぅっ」
地中から掘り出したゼッカを抱えながら、ユーグは軽くえづいた。俺に抱えられて高速移動したせいで気分が悪くなったらしい。何度か休憩を挟んだのだが、乗り心地は最悪だったろうからな。
「もっと沢山魔力反応はあったんだが、3つだけでいいのか?」
「うぇ……。構いません。一つは報告用。残りは研究用です。栽培できませんので、取り尽くさないよう気を付けないと……あの、そこの泉の水飲んで大丈夫ですか」
俺が大丈夫だと伝えると、ユーグは泉の水を手ですくって何度か飲んで気分を落ち着けようとする。
「しかし、不思議なものだな。こんなものがあるとは」
俺の手の平の上にも拳大の茶色い根の塊がある。この中で白い花が咲いており、強力なポーションなどの原料となるそうだ。
「……ふぅ、落ちつきました。実は、先ほどの本は帝国に数冊しかない上機密とされている魔法草の辞典です。ゼッカの存在も、ポーションなどへの利用法も国家機密です。使い方によって効果は様々、魔力の回復や病の治癒、儀式など。もし、これを栽培できれば世界が変わります」
「もしかして、君もそれが目的か?」
俺がそう問うと、ユーグは肩をすくめて笑った。
「オレとしては竜の魔力に興味もありますけどね。ともあれ、これで聖竜領はイグニア帝国でもっとも重要な領地の一つになります。クロード様からの支援もより多大になるでしょう。おめでとうございます」
「それはサンドラに伝えてやるべきだな。俺などよりも、余程喜ぶだろう」
今ひとつ、どう反応すべきかわからなかったのでそう伝える。聖竜領が大切にされるのは良いことだが、それでどう変化が起きるかまで想像が及ばないのだ。
「そうですね。サンドラさまはまだ若いのに苦労性に見えますし。資金的な面での心配がこれで減るといいですが」
「ほう。サンドラが苦労性に見えるか」
「ええ、来た日の夜、アルマス様について色々と聞かされましたから」
それはどういう意味だ。
後で詳しく話を聞かねばなるまい。
「とはいえ、僕のこの領地の印象は『良い場所』です。ロイ先輩が馴染めるならとても良い場所でしょうし。研究対象も豊富そうですし」
「ロイ先生が馴染める場所というのはそんなに貴重なのか?」
「ええまあ。魔法士も競争社会ですから。穏やかな上に魔力が少ない先輩は苦労してました」
「なるほどな……」
ロイ先生は能力は申し分ないが、競争とか向いていなさそうだ。それに、魔力が少ないのは致命的だったろう。
「さて、サンドラのところに報告に行くか。ここから遠いからまた運ぶぞ」
今いる場所は普通に歩いたら二日はかかる。のんびり帰宅とはいかない。
「すいません。帰りは少しゆっくりでお願いします」
とても苦々しい顔で、ユーグがそう返事を返してきた。
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