第62話「一方のロイ先生は困った様子だ」
「ルゼ、マイア。こいつと一緒に南へ向かってくれ」
「わかりましたが。帰りはどうしましょう?」
微妙に困った顔をしたルゼの隣には人間より二回りは大きいストーンゴーレムがいた。
ロイ先生に魔法陣を描いて貰った、南への道を作るためのゴーレムだ。
こいつをルゼ達と共に歩かせて、地面を固めて即席の道を作る。
冬の間は道造りの作業はそれで終わりだ。
さし当たって予算と人員の関係で南への道は簡素なものを作ることになったのである。
「この子はロイ先生の特別製なの。来た道を覚えてここまで歩いて帰ってくるわ。それで道を作るの」
サンドラの言うとおり、これはそういう風に作られている。
「なるほど。では、共に森が切れるところまで行きましょう! あ、せっかくですから荷物を持たせても良いですか?」
マイアが元気よく答える。今すぐ旅立ちたくて仕方ないようだ。
「問題ない。手で持ってくれるぞ。ほら」
俺が指示するとゴーレムが大きな手を差し出した。早速そこに二人が荷物を載せる。
二人の南行きの予定は往復で六日間。念のため、食糧は十日分持っているので荷物は多い。 輸送の面でもゴーレムの存在は大きいだろう。
「何もないはずだが、危険を感じたら迷わず逃げて来てくれ。聖竜様が教えてくれるとは思うが……」
「はい。頼りにしております!」
「急患が出たら教えに来てくださいね。アルマス様の魔法で空に光を打ち上げてくださると有り難いです」
「二人とも、気を付けてね。それと、地図が出来たら提出を」
サンドラが心配半分期待半分に言うと、二人はにっこり微笑んだ。
「では、行って参ります」
「それでは!」
それぞれが挨拶をしてから、聖竜の森の中、先日俺が歩いた南への道の入り口から二人は出発した。
○○○
ルゼとマイアを送り出した翌日、聖竜領に馬車がやってきた。
数は一台。乗っていたのは御者とは別に一人だけ。
聖竜様からの連絡を受けて領主の館にやってきた俺はサンドラとリーラ、それとロイ先生の四人でそれを出迎えた。
馬車から降りたのは小柄な男性だ。栗色の髪を持ち、線が細く、少し神経質そうな見た目をした、華奢な少年のように見える若者だった。その身に黒いローブを纏う姿から一目で魔法士とわかる。
彼が第二副帝から送り込まれた学者であることは明白だった。
「……さむっ。氷結山脈が近いからかな? 雪がなくて良かったよ」
馬車から降りると、若者がそんなことを呟くのが聞こえた。
それから軽く伸びをしてから、俺達の方を見て一礼する。
「はじめまして。第二副帝クロード様より派遣されました。魔法士のユーグと申します」
しっかりとした口調で挨拶したユーグに対して、サンドラが進み出る。
「はじめまして。聖竜領領主のサンドラです。遠いところからお越し頂いて嬉しく思います。歓迎致します」
「今後ともよろしく………………ってロイ先輩っ!!」
サンドラに右手を出そうとしたところで、ユーダが急に叫んで駆け出した。
彼は俺の隣にいたロイ先生の前に飛び跳ねるような勢いでやってくると、息を弾ませて話しかける。
「先輩! どうしてこんなところに? 帝都から消えたと思って心配したんですよ? いや……そういえば来る前に調べた情報にゴーレムのことがありましたね。それは先輩だったんですね!!」
馬車を降りたときは別人のように表情を明るくして話すユーグ。
一方のロイ先生は困った様子だ。
「まさか貴方がここに来るとは思いませんでしたよ。とりあえず、サンドラ様に挨拶をし直しなさい。その後皆さんに事情を話します」
いつも通りの穏やかさで対応したロイ先生に言われ、はっとなってユーグがサンドラの方を向く。
「失礼しました。自分はロイ先輩の学生時代の後輩でして、久しぶりに会ったもので……」
なるほど。古い知り合いか。ロイ先生の後輩と言うことは、十代くらいに見える外見より歳がいっているのかもしれない。
慌てるユーグを見たサンドラは、穏やかな笑みを浮かべていた。
「ロイ先生の後輩なら安心ね。改めて、聖竜領へようこそ。魔法士としての専門を聞いても良いかしら?」
「はい。専門は魔法草とポーションです。それなりに経験を積んでいますのでご安心を」
「ユーグはとても優秀な魔法士です。競争率の高い魔法草とポーションの分野で生きていけるだけの知識と知恵があります。性格の方も、僕が保証しますよ」
ロイ先生の言葉にユーグがわかりやすく喜んだ。
「ところで、聖竜の眷属殿はどちらでしょうか? 報告書に気になる点がありまして」
「聖竜様の眷属は俺だ。アルマスという」
「おおっ。貴方がアルマス様ですね。色々と聞きたいことがあります。まずはですね……」
「ユーグ。アルマス様が困っているからその辺で。中に入って仕事の話をしましょう」
いきなり質問責めにされそうになったところを、ロイ先生が助けてくれた。
「もしかして、自分に似てる者を送り込んで来たのか?」
「かもしれない。クロード様はそういうところがあるの」
俺の疑問に、サンドラは嘆息しながら答えるのだった。
○○○
「申し訳ありません。嬉しいことと興味深いことが重なり、取り乱しました」
食堂に案内されて着席したユーグはお茶を一口飲むなりそう言って頭を下げた。
「いえ、気にしないで。この前はクロード様がそんな感じだったから。ユーグは聖竜領でポーションと魔法草の研究と指導を行うということで良いの?」
「ええ、基本的にはそれでお願いします。隠すことでもないので申し上げますが。第二副帝への報告もあるので真面目にやります」
正直なことだ。だが、これはこれで助かる。第二副帝なりの気遣いかも知れない。
「基本的に、とは? 先ほどアルマスに何か話そうとしていたようだけれど」
サンドラが早速話の核心に触れた。
「実はオレは専門分野以外にも一つ研究テーマがありまして。それにアルマス様が関係しているんです。あの、報告では魔法で冷やされた倉庫があったとありますが」
「それをやったのは俺だな。もしかして、魔法を特定の地点に長時間固定化する研究とかか?」
何らかの事情があって、人間の魔法は長時間持続しない。
ゴーレムや明かりの魔法はどう工夫しても稼働するのは一日が限界なのだ。
俺が生活のために使っている固定された魔法は、全て竜になってからできるようになった技術である。
「そうです! アルマス様の魔法を研究し、魔力を長期間保管する技術が生まれれば魔力不足で出来ない理論が解決し、大きな技術革新が……っ」
「それ、無理だぞ」
目を輝かせたユーグには悪いが、俺は即答した。
「え……」
「本当です。無理です」
助けを求めるようユーグが見たロイ先生も即答した。
「俺が魔力や魔法を長時間固定できるのは竜だからだ。もっというと、世界を創造した聖竜様の眷属だからだ。どうも魔力を長期固定するというのは世界を創造するための力に関わるみたいでな。すまん」
実は俺も詳しくは説明できない。山を動かしたり自然を操作したりするため、竜にはそういった力を与えられているようだ。ただ、どうして出来るのかは上手く説明できない。手足を動かす感覚に近い。
なんというか、「できるからできてる」としか説明できないのだ。
「実は僕も何度かアルマス様に聞いたり、調べてみたのですが。わかりませんでした」
だからあまり悩まないように、とロイ先生がフォローに入った。
「そんな…………」
がっくりと肩を落とすユーグ。来て早々、落胆させてしまったかな。
「いえ! すぐには諦めません! 長年抱えたテーマですから。諦めるまでやらせていただきます!」
意外と強靱な精神の持ち主だった。
「それはいいけれど、ポーションと魔法草の仕事をお願いね」
横からサンドラが研究に燃える若き魔法士をしっかりとたしなめた。
「もちろんです。皆さんを満足させるような仕事を致しますので、ご期待ください」
こうして、冬の聖竜領に新たな住民がやってきたのだった。
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