第61話「ちょっと落ち込んだ口調の聖竜様を慰める。意外と繊細な方なのだ」
南の荒野の様子を見にいった翌日。俺は領主の屋敷に赴いた。一日置いたのはゆっくり帰ったら日が暮れてしまったからである。他意はない。
「おはようアルマス。昨日の地鳴りについて教えて貰えるかしら?」
執務室に入るなり、優雅に紅茶を飲んでいたサンドラは静かな口調でそう言った。
俺は椅子に座り、リーラに茶を入れて貰うと、堂々と答える。
「南の荒野にいって仕事をしてきた。春には湖と草原ができる。聖竜領から南に川が注いでいるだろう、その影響だ。俺と聖竜様は土地の調整をしてきた」
ちゃんと詳細を踏まえた説明をするとサンドラは大きなため息をついた。
「相変わらずやることが大きいのね。何かしら土地がらみのことだとは思っていたけれど、湖と草原とはね……」
「利用価値はあるはずだ。牛でも放てばいい。湖畔に別荘も悪くないな」
「……たしかに、色々と課題があるけれど有り難いことだわ。突然の地鳴りで大分驚いたのだけれどね」
明らかに色々と含んだ様子でサンドラはそう言った。
「それについては謝ろう。聖竜様の命令だったんだ」
『ワシのせいなのか? いや、今回はワシのせいじゃな』
『まあ、あんまり怒っていないみたいだからいいじゃないですか』
ちょっと落ち込んだ口調の聖竜様を慰める。意外と繊細な方なのだ。
「南については冬の間に考えておくとしましょう。わたしの方も話があるの。会議の前にアルマスが来てくれてちょうど良かったわ」
「ふむ。何か動きがあったか」
サンドラは領地の会議を行う前に必要な情報を教えてくれる。これは聖竜様へ隠し事をしないという敬意の表れである。
「クアリアからの郵便が届いたの。一つはドーレスから。鍛冶屋を見つけたから建物の準備をして欲しいというもの」
「おお、それは良かったな。鍛冶屋が無いと不便だ」
痛んだ農具や調理器具、馬の器具など鍛冶屋の出番は人が増えるほど多くなる。これまではクアリアとのやり取りで強引にやっていたことを一気に解消できる。これは朗報だ。
俺の喜ぶ様を見て頷きつつ、サンドラは更に話を続ける。
「それともう一つ、クロード様から学者が派遣されてくるみたいよ。これは冬の間に到着するみたい」
「どんな人物だ? なんの専門家かわかるか?」
「魔法草とポーション。人選に自信があるから安心してくれと書かれていたわ」
「安心か……」
第二副帝クロード。彼は悪人ではないが、帝国有数の権力者であり、そこまで上り詰めた政治家だ。油断はできない。この前会った感じでは変な人材を送ってくるとは思えないが……。
「これに関しては受け入れるしかないわね。面倒な人物でないことを祈りましょう」
「そうだな。まあ、なんとかなるだろう」
いざとなれば魔法でどうにかする、という言葉は胸の内にしまっておいた。怒られるからな。
「しかし、郵便とは便利なものだな。上手い仕組みを考えたものだ」
「ロイ先生のお手柄よ。クアリアの建築組合とやりとりするために、向こうと話し合って決まったの。ある程度手紙が溜まったり、急ぎのものがあったら聖竜領に届く仕組み」
「ロイ先生は随分と気に入られたものだな」
クアリアの建築組合はゴーレムによる建築土木技術を本格的に研究することにしたらしく、頻繁にロイ先生と連絡をとるようになった。この郵便はその大いなる副産物だ。
「ちなみに、ロイ先生とアリアをくっつけようと頑張っているのも建築組合の面々です。何かとロイ先生をけしかけていて見逃せません」
後ろでずっと立っていたリーラがそんなことを付け加えた。
なんと、そんなことになっていたとは。ロイ先生も頼もしい味方を得たものだな。
「ロイ先生とアリアには上手くいって貰いたいわ。下手に人間関係をこじらせると、この小さな領地だと仕事の効率に致命的な影響が出るから」
紅茶を飲みながら、サンドラはまるで興味がない様子でそう言った。
冷静すぎるだろう。十三歳。
「サンドラ、十三歳の少女として人の恋路にそこまで冷淡なのはどうかと思うぞ」
俺が指摘すると、サンドラのカップを持つ手が震えた。
「え……わたし、アルマスにそこまで言われるくらいおかしなことを言ったかしら?」
「……流石に少々事務的すぎるかと。女性ならば少なからず興味を引く話題ですから」
明らかに色んな言葉を飲み込んだ様子で、リーラが指摘すると、サンドラが肩を落とす。
「いいのよ……わたしは領主だから……」
なんだか可哀想なので、フォローしておこう。
俺はサンドラの肩にそっと手を置いて言う。
「人は自分の性質に気づいた時、成長できる。良かったな、サンドラ」
「…………」
優しくそういうと、なんだか凄い目で睨まれた。
○○○
その日の夜、定期的に開かれている聖竜領の会議が開かれた。
参加者はいつも通りだ。
夕食後にサンドラとリーラが前に出て来て話を始める。
「それでは、聖竜領の会議を始めるわ。みんな、お疲れ様。まず、宿屋の建築は順調みたいね」
「はい。後は内装と調度類と商品ですね。スティーナさんとドーレスさんに手伝って貰えば、冬の間に準備できるかと」
ダンの言葉にサンドラは頷く。宿屋兼酒場兼雑貨屋は領民待望の施設だ。準備が順調なのは喜ばしい。
「ドーレスは外で商いをして貰わないといけないから、夫婦二人でやるのは厳しそうね。人を手配しておこうかしら」
「良ければあてくしが行商のついでにクアリアあたりで探してこようかと思うですが」
「では、ダン夫妻と話し合って、それで良ければドーレスに任せるということで。困ったら教えてね。さて、私から三つ報告があるわ。一つはこの前の地鳴りの件」
そう言ってサンドラは鍛冶屋と学者と湖のことを順番に語った。
特に驚かれたのは湖だ。南には何もないという認識があった中で、いきなり開けた大地が出現したわけだからな。
「学者というのはどのような人が来るか気になりますね。おかしな人でなければいいのですが……」
「そこはクロード様を信じるしかないわね。最悪、聖竜様とアルマスに頼むことになるかも知れない」
「ああ、聖竜様に嫌われたということにすれば何とかなるだろう」
第二副帝から派遣されてきた学者がおかしな奴だったら、そういう方向で対処することになっている。俺が精神を操るというのはサンドラと聖竜様の双方に却下され、穏当な方法が選ばれた形である。
「宿屋の方が片付いたら次は鍛冶屋かね。炉も作らないといけないし、クアリアから人を借りたり、資材を買い付けたりしたいねぇ。……お金大丈夫?」
「それは平気。これまで収穫したハーブとポーションを冬の間にまとめて売りに出すわ。あと、第二副帝から支援金の名目でお金が入るから」
最後の言葉に、周りがどよめき、スティーナが口笛を吹いた。
「第二副帝の支援とは豪勢だねぇ。でも、これからがやりにくくならないかい?」
スティーナの言うことはもっともだ。支援を受ければ第二副帝の庇護を受けていることになるが、同時に逆らえなくなる。万が一、無茶な要求をされた時に不利だ。
「元々この領地に来れたのはクロード様のおかげだし。借りしかないのよね。受け取らないのも不自然だから。やってくる学者からの情報に満足してくれている内は大丈夫でしょう」
サンドラとしても迷ったようだが、相手が相手だ。断れるわけが無い話だった。第二副帝のあの様子を見た限りは当面は問題なさそうに思えるが……。
「じゃあ、あたしは問題ないさ。早めにやっちゃいたいから、明日にでもクアリアに行くよ」
鍛冶屋の方はこれで方針が決まった。
最後は皆が驚いた南についてだ。
「では、南は私とマイアが冒険に出て地図を作ると言うことで」
「まだできかけの湖があるだけで何もないぞ。基本は荒野だ」
好奇心で目を輝かせるエルフのルゼに一言言っておく。元が荒野だから本当に何もない。少しの植物と小動物くらいしかいないだろう。
「ですが、目の前に未知の場所があるなら行かないと! マイアの修行も兼ねて!」
「ルゼがこう申していますし。せっかくですので様子見に行かせていただけると嬉しいのですが」
遠慮がちにマイアが言ってくる。彼女たちは二人で聖竜領のそこかしこを探検しているから、新しい場所と聞いては居てもたってもいられない。
困った俺はサンドラを見ると、若き領主は苦笑していた。
「いいわ。探索を許可します。ただ、長くても七日で帰るように。病人も出るかも知れないしね。ロイ先生、アルマスと一緒にゴーレムで南への道を整備して貰えるかしら。どうせなら行き来しやすくしてしまいましょう」
「承知しました。雪が積もる前にある程度形にした方が良いですね」
これには俺も賛成だ。道は大切だ。あるかないかで利便性が全然違う。
「では、わたしからは以上ね。何か質問や、他に意見があれば言ってちょうだい」
サンドラのその言葉に、室内の空気が少し緩んだものになる。今のところ、重要な議題の多くは領主から出るからだ。
それからしばらく、聖竜領の面々で和やかな打ち合わせが続いた。
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