第57話「この通り、本人もとても満足している」
第二副帝が去った後、少し気温が下がった日に皆で麦を蒔いた。
収穫の秋が終わり、いよいよ冬への備えが始まる。
一番忙しかったのはトゥルーズだろう。冬に備えてジャム、野菜の酢漬け、瓶詰め、ハム、ソーセージ、燻製と、保存の効くものを沢山作っていた。手の空いているものも協力したがなかなか大変だった。
俺は魔法で低温に保たれる保管庫をいくつか作り、そこにも食材を保管した。試しに調理済みの食品を氷らせたりして、どのくらい保つか研究することにもした。
冬の間の食生活が豊かになるなら素晴らしいことだ。
諸々の作業が終わった頃、行商人ドーレスが聖竜領に帰ってきた。大量の荷物と共に。
「うん。良い出来映えね。頼んだとおりに仕上げてくれている」
「とてもお似合いですよ、お嬢様」
領主の屋敷の執務室にて、俺の目の前では、新しい服を着たサンドラとそれを讃えるリーラという光景が展開されていた。
「俺はなんで呼ばれたんだ? 真っ先にここに来いと言われたんだが。服の善し悪しはあまりわからないぞ?」
正直、ファッションには自信がない。人間だった頃も適当だったし。
「収穫祭に向けて用意したローブを見て貰おうと思ったの。これ、聖竜様は気に入ってくれるからしら?」
そう言って、サンドラは身に纏ったローブの裾を振ってみせる。
ドーレスの持って来た大量の荷物の中身。その中には領民用の衣装が含まれていたのである。
収穫祭用に作られたローブは、基本が深い青色に各所が銀と白で染められた色鮮やかなものだった。サンドラ用に作られたそれは豪華仕様で、他のものより刺繍が多い。
「なんでローブなんだ? 祭り向きの格好には見えないんだが」
「貴方に合わせたのよアルマス。聖竜様の眷属と同じ服装をすることで敬意を示すの」
「なるほど。そういう意図か」
俺がローブ姿なのは魔法士だからで、眷属としての正装が決まっているわけではないのだが。まあ、こういうのは本人に確認するべきだ。
『どう思いますか?』
『大変よろしいのじゃ。可愛らしいのう。ローブの首元に紋章が入っとるが、それもワシに合わせてくれたのかの?』
見れば、サンドラの着ているローブの首元にはデフォルメされた銀色の竜が刺繍されていた。竜の周りは青く染め上げられ、周りを緑の糸で縁取られている。緑はよく見ると森の木々の形になっていた。
「その紋章は聖竜様か?」
「ええ、せっかくだから聖竜領の紋章も発注してみたの。覚えやすくて書きやすいように、ちょっと可愛くしてみたのだけれど。あ、前に夢の中で聖竜様には相談してあるのよ」
『うむ。可愛らしくて大変良いのじゃ。ワシは満足じゃよ……』
聖竜様が感無量という様子で語っていた。物凄く満ち足りてるな。
「聖竜様は大変満足だそうだ。きっと、収穫祭の当日も楽しみにしているだろう」
「それは良かった。じゃあ、次はアルマスの分ね」
「……? 俺は聖竜様から頂いたローブがあるんだが?」
「そのローブの下よ。いつも地味な作業着じゃない。せっかくだから、良さそうなのを作って貰ったわ。前に約束した通りね」
サンドラの発言に合わせて、リーラが服を取り出してきた。黒を基調とし、各所に青が入った上等な服だ。パーティーにでも着て行けそうなものである。
「そういえば、そんなこともあったな……。これ、着るのか?」
「勿論。真面目な話、これから先、かしこまった場所に呼ばれることもあるだろうから、一着くらいあってもいいと思うのだけれど?」
俺の反応が芳しくないのが不安になったのか、癖毛をいじるサンドラ。
この前は第二副帝なんていうのが来たし、見た目を気にする必要があるというのは説得力がある。
「喜んで受け取ろう。ありがとう、サンドラ」
「いいえ、お礼を言うのはわたし達の方なんだから。喜んで貰えて良かったわ」
俺が新しい服を受け取ると、サンドラはとても良い笑顔になった。
「しかし、サンドラは青を使うことが多いな。好きな色なのか?」
農作業もする関係上、彼女は作業服でいることが多いが。それでも青いものを一つは身につけている。何か思い入れがあるのだろう。
「ええ、青は母様の好きな色だったの」
「大切にすると約束しよう」
この服には家に帰ってから保護の魔法をかけよう。俺はそう心に誓った。
○○○
屋敷を出た後、少し離れた場所に作られた広場へと俺は向かった。
ここは、これから先、家屋が増えて村と言える形になった際に、中心となる場所だ。
ゴーレムによって地面を踏み固められ、中心部には木で出来た人間くらいの大きさの木造の屋根がある。
そこには運び込まれたばかりの聖竜様の石像が収まっていた。
「良く出来ているな。一月程度で作られたものとは思えん」
「ロイ先生のおかげです。ゴーレム技術の応用で、ある程度、図面の形に自壊する魔法陣を描いてくれましたです。それをクアリアの職人が仕上げたです」
流石はロイ先生だ。ゴーレム魔法士としての腕前が上がっているな。
聖竜様の石像は非常に良い出来だった。
大きさは俺の胸辺りくらいの小さなものだ。
夢の中のスケッチを元に作られたこれの完成度は高い。
竜というのはトカゲに翼を生やしたような外見のものが多いが、聖竜様は違う。
鱗ではなく、磨かれた金属ような銀の皮膚。すらっとした印象を受けるその見た目は、どことなく気品と気高さを感じる。
見事な再現度だ。聖竜領の中心に相応しい石像だ。
『聖竜様、感想をどうぞ』
『最高』
この通り、本人もとても満足している。
「うん。聖竜様も喜んでいる。良い仕事をしたな、ドーレス」
「本当です? いやー、嬉しいですね。冬の間もお仕事頑張っちゃうです」
旅の商人であるドーレスは、冬の間も聖竜領の外を行き来して商売をする予定だ。物資の補給という意味でも大変有り難い存在である。
「収穫祭が終わるまではいるんだろう? 君ももう聖竜領の一員だ、ゆっくりして行くといい」
「そう言って貰えると嬉しいです。収穫祭、楽しみですね」
「ああ、俺も楽しみだ」
こうして無事に祭りができるまでになったことを思い、俺は感慨深く頷くのだった。
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