第58話「なんだか聖竜様は滅茶苦茶喜んでいた」

「今日は良い天気だな。秋晴れだ」


 良く晴れた秋の空を見上げて、俺はそんなことを呟いた。


「そうね。暑くもないし、寒くもない。良い日だわ」


 横にいるサンドラも同意した。

 今日の彼女はいつもの作業着ではなく、先日作成した儀礼用のローブを着ている。

 その下の服装も品良くまとまった上質なものだ。首から提げたペンダントの中央には大きなサファイアがはまっている。以前リーラが言っていた、母の遺したものらしい。


「では、これより収穫祭を行おう」


 宣言すると、俺達の前に立ち並ぶ聖竜領の人々が厳かな面持ちでそれぞれ返事を返した。


 俺達は今、この日のために作られた広場にいる。

 将来のことも考えて大きめに作られたこの場所は、二十人程度の領民では広くて見晴らしが良い。

 

 隅には簡単な炊事場が作られ、そこでトゥルーズを中心に料理が作られている。

 大人数だと屋外だしということで、手軽で量を沢山作れるものが既にテーブル上に並んでいる。パンや肉料理、森の中で獲ってきた魚の料理など様々だ。


 そんな料理を味わうのは聖竜様の前で収穫祭の開催を宣言してからと決まっている。

 聖竜領の収穫祭の手順では、まず最初に聖竜様に一年の感謝を捧げ、サンドラから眷属である俺に今年の収穫物を手渡し、俺が石像の前に備えるということに決まった。

 そんなわけで、領民を見る俺とサンドラの後ろには聖竜様の石像が置かれた祠があるのだった。

 

 聖竜様を重視してくれるのは俺としてもとても嬉しい。

 儀式の後は今日だけの贅沢とばかりに酒も出した宴をする。

 夜になると燃料が貴重だし冷えるので解散。

 そんな流れだ。


「では……。聖竜様から認められ、この地の領主として、聖竜様の加護がある土地に生きるものの代表として、感謝を捧げます。おかげでわたし達はこの地に根付き、無事に最初の冬を迎えることができた。……これは、わたし達からのお礼の一部です」


 そう言って、サンドラは近くのテーブル上に置かれていた野菜などの作物が満載された籠を持ち上げ、俺の前に差し出す。


「聖竜領の領主として、聖竜様とその眷属へ、感謝致します」


 そう言うサンドラにはいつもと違って厳かな雰囲気があるように見えた。人間、状況によって見え方がかわるものだな。


「受け取ろう。聖竜様が認める限り、皆はこの地に生きる同胞だ」


 俺は籠を受け取り、聖竜様の石像の前にそっと備える。


「聖竜様も皆が健やかに生きることをお喜びに…………ん?」


 締めの言葉を続けようとしたところで俺は気づいた。

 聖竜様の石像から魔力を感じる。

 どういうことだ?


「アルマス、どうしたの?」


 いつもの口調で話しかけてきたサンドラに言う。


「いや、聖竜様の石像から魔力を感じるんだが……む?」


 石像からの魔力は膨れあがり、ついに像自体が発光しだした。

 明るいが眩しくない、どこか優しげな光が、石像全体から漏れ出てくる。


「アルマス、これはどういう……?」


「危険は感じない。大丈夫だ……多分」


 俺がそう言うと同時、象から激しい光の奔流が吹き出て、辺りを包み込んだ。


「く…………」


 一瞬だけ目が眩む。

 広場にいた面々からどよめきや驚きの悲鳴も出た。


「お嬢様! 無事ですか!」


「平気よ。それより石像は?」


 慌てて寄ってきたリーラにサンドラが応答するのを後ろで聞きながら、俺は驚いていた。


「野菜が無くなっている……。それと、石像から聖竜様の気配を感じるぞ」


 どういうことだ? と疑問を挟むまでもなく、本人から声が来た。


『おお、アルマス! 驚きじゃな! ワシを模した石像に干渉できたぞい! 野菜をありがたく頂いておいたのじゃ! 新鮮で嬉しいけど、生野菜以外の料理も所望するぞ!』


『いや、「干渉できたぞい」じゃなくて。平気なんですか、これは?』


『うむ。大丈夫じゃ。恐らくじゃが、この地にワシによく似た石像が置かれたことと、近くにお主がいたことなどが重なったことで起きた現象じゃ。この石像周辺だけワシがちょっとだけ干渉できるみたいじゃな』


『ほう。そんなことができるんですね。供え物をするくらいしか使い道がなさそうですが』


『なに、おいおい用途を見つけるのじゃ。こうして外部との繋がりができるのは嬉しいのう』


 なんだか聖竜様は滅茶苦茶喜んでいた。こんな力があるとは本人も知らなかったみたいが。


「どうやら、この石像への供え物は聖竜様が受け取ることができるようだ。これから先、もっと色々なことが起きるかも知れない」


 動揺する領民達に伝えると、全員が驚きの声をあげた。


「そんなことが。じゃあ、あの野菜は聖竜様の元へ行ったのね」


「とても喜んでいた。他の料理も味わいたいそうだ」


 俺がそういうと、サンドラは笑みを浮かべた。


「じゃあ、眷属だけでなく、聖竜様にもこの領地自慢の料理を味わって貰わないと」


 サンドラは振り返って、領民全員がいる広場に身体を振り向ける。


「みんな! 石像の光は聖竜様がここにいらっしゃっているからよ! とても喜んでくれているそうだから、今日と言う日を祝いましょう!」


 その宣言で、収穫祭が始まった。


○○○


 収穫祭といっても後は普通に宴会だ。

 料理と酒が振る舞われ、全員が思い思いに過ごす。

 日頃の疲れや鬱憤もあるし、こういう時にしか話せないこともあるようで、広場のそこかしこで皆は大いに盛り上がった。


 それから時間が過ぎて、あっという間に日が傾き、夕暮れが訪れる。

 広場の中央に材木が重ねられ、火が焚かれた。夜は冷えるし、これが消える頃には解散だ。 皆、それなりに宴会に疲れたのか、広場全体にゆったりとした時間が流れていた。


「アルマスもお酒を飲むのね、初めて見た」


 聖竜様の石像の隣に座り、焚き火を眺めながら杯を傾けてるとリーラを伴ったサンドラがやってきた。

 俺の隣にサンドラが座る。


「こういう場では酒に付き合うのが礼儀だからな。まあ、俺は酔わないんだが」


「ああ、それで……。スティーナが飲み比べて負けて潰れるのを始めてみた」


 少し前に話の流れでスティーナと飲み比べになって俺は勝った。今、彼女は広場の隅で寝かされている。


「二人に俺の秘密を教えよう。俺はあらゆる酒に酔わない。竜退治の伝説の中に酒に酔わせて退治するものがいくつかあるが、俺にそれは通用しない」


 聖竜領には現れないが、世の中には悪い竜もいる。

 歴史上、そういうのは様々な方法で倒されてきた。

 特別な酒で竜を酔わせるのはとてもメジャーな手法だ。

 あるいは、竜の数少ない弱点の一つが酒ともいえる。

 俺はその弱点を克服した竜でもあるのだ。


「アルマスを退治する必要なんて感じないけれど、覚えておく。おかげで無事に冬に入れるわ。ありがとう」


 周囲に聞こえないような声で、サンドラがそう言った。


「聖竜領の冬は寒いし雪も降るが、それほど多くはない。何とか乗り切れるだろう」


「そうね。あなたが言うと、何とかなる気がするわ」


 そう言うとサンドラも焚き火を眺め始めた。

 広場の各所では領民達がいる。その数は二十人程度。

 今年の冬が終わった頃からは考えられない光景だ。


『賑やかになったもんじゃのう』


『まったくです。でも、悪くない』


『うむ。良き出会いじゃった。これからもそうであると良いのう』


 語りかけてくる聖竜様も楽しそうで、石像もぼんやりと光っている。


『ところで、ワシにもう少し食べ物を供えてくれんかの。久しぶりの料理は美味しくての』


 俺みたいなことを言い出した聖竜様に思わず苦笑する。

 眷属として断れない要望だ。

 俺は立ち上がり、料理のあるテーブルへ向かうことにする。


「聖竜様が料理を所望だ。とってくる」


「それなら、あっちのソーセージがおすすめよ。トゥルーズが作ったの」


「ありがたい」


 楽しそうに笑うサンドラに答えながら、俺は歩き出す。


『これから、皆が石像に積極的にお供えすると思いますよ。良かったですね』


『うむ。ワシも頑張るのじゃ』


 領民と接触する手段を手に入れた聖竜様はとても嬉しそうだ。

 あまり頑張りすぎて大変な事にならないか心配だが、それは俺が気を付けることにしよう。 

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