第56話「思いがけない客人はこうして帰宅したのだった」

「いやー、素晴らしい経験だった。ここに来てよかったー」


 翌朝、出発を前にしてクロードはこの上なく上機嫌だった。

 理由は言うまでも無く、夢の中で聖竜様と会えたからだ。


「夢の中とはいえ、世界を創りし六大竜に会えるとは思わなかった。ありがとう、アルマス殿!」


 背後に出発の準備を進める馬車を控えさせながら、両手で俺の手を掴んでこの上なく嬉しそうなクロード。隣のヴァレリーも何も言わない。


「止めないのか? このままだと聖竜領に居残るかもしれないぞ?」


「引きずってでも連れて行きます。……しかし、あの強烈な存在を知った後ではクロードの反応もわかりますから……」


 そう言うヴァレリーの俺への視線の中には敬意のようなものが混ざっているように思えた。流石は聖竜様だ。


「クロード様、ヴァレリー様。これが今の聖竜領の全てです。森の奥や氷結山脈はわたし達もまだしっかりと足を踏み入れていませんが……」


 別れの挨拶とばかりにサンドラが言うと、クロードは鷹揚に頷く。


「いや、十分すぎるほどの収穫があったとも。実を言うとね、状況次第では東都の飛び地にしてしまおうという話もあちらではあったのだよ。もちろん、そんなものは吹き飛んだ。この領地はサンドラ・エヴェリーナ、キミに預けよう」


「あ、ありがとうございます……」


「誇って良い。キミは帝国でただ一人、聖竜領を治めることのできる領主さ。夢の中で聖竜から聞いたからね」


 聖竜様、クロードと一体何を話したんだろう。


「それに、聖竜領は素晴らしい。多くの人材と資源がある。そうだ、料理人を褒めておいてくれないかい? キンソウタケなど久しぶりに口にしたとね」


「キンソウ……?」


「エルフだけが収穫できる特別で希少なキノコさ。ものによっては一本百万フォシルにもなる高級品だよ」


「……ああ、なるほど。全て理解しました。料理人にはクロード様からのお言葉をしっかりお伝えします」


 一瞬、サンドラが俺の方を鋭い目で見た。うむ、ばれたな。しかし、百万とは。凄いものを気軽に食べてしまった。


「さて、名残惜しいが、ボク達は行かなければならない。本当にね……」


「さあ貴方、行きますよ。また来ましょうねー。いつ来れるかわからないけど」


「色々とボクからも手を貸すから期待してくれたまえ! それと連絡をしっかりとろう。悪いようにはしない!」


 時間がないのだろう。引きずられるようにして第二副帝は馬車へと乗り込んだ。


「そうだ! アルマス殿、聖竜に『承った』と伝えてくれ!」


 出発直前、馬車の扉が閉まり、窓から顔を突き出した第二副帝が俺にそう言った。


「承知した。任せてくれ」


 なんのことだかわからないが、とりあえず答えると馬車の一団は出発し、聖竜領の外へと向かっていく。


 思いがけない客人はこうして帰宅したのだった。

 見送った俺はすぐに聖竜様に話しかける。


『それで聖竜様、夢の中で何を話したんですか? なんです? 「承った」って』


『なに、ちょっと世間話をのう。それとな、第二副帝とやらに色んな魔法具を集めて貰うように頼んだのじゃ』


『魔法具? なんのために?』


 聖竜様は別次元にいるし、魔法具なんて使いようがないだろうに。


『前にシュルビアを治療したときにあった魔法具、人から魔力を抽出したりしとったじゃろう。あれのもっと上等なものがあれば、お主の妹の治療の参考になるかもしれん』


『本当ですか? 人間の作った魔法具が役に立つんですか?』


 聖竜様は強大な力の持ち主だ。出来ることも幅広い。それに比べて小さな力しか持たない人の製作したものが力になるというのか。


『ワシらは強大な力を持つゆえに、工夫というものを知らん。新しい物事の発想は苦手なんじゃよ。万能すぎる弊害じゃな。逆に人間のように力の弱いものの方が珍しい発想をするんじゃ』


『まあ、確かに俺もろくに生活水準をあげられませんでしたからね』


『いや、それは半分以上お主の能力の問題なんじゃが……。ともかく、可能性は低いが、妹の治療の助けになるかもしれん。そういうことじゃ』


『しかし聖竜様、なんでいきなりそんなことを?』


 シュルビアの治療は大分前のことだ。その時からあった発想なのだろうか?


『実は、前にサンドラの夢に出た時に頼まれたんじゃよ。「アルマスの妹を早く治してあげてください」とのう。だから、必死に考えたんじゃ』

 

 聖竜様、子供のお願いに弱いからな……。

 しかし、サンドラはそんなことを言っていたのか。もっと自分の利になることを言えば良かったのに。


『聖竜様、感謝します』


『気にするでない。ワシとて治療に時間がかかっていることに思うところがないわけじゃないのじゃ』


 そう言うと、聖竜様の気配は遠ざかっていった。

 もしかしたら少し照れていたのかも知れない。


「アルマス、どうしたの? 聖竜様と話していたようだけれど?」


 いつの間にか、目の前に心配顔のサンドラがいた。

 上から下までじっと見てみるが、やはり子供っぽい。

 春先に来たときより逞しくなったが、相変わらず小さな領主だ。 

 だが、俺にとっては大切な友人であり、恩人である。


「サンドラ、ありがとう」


「え? わたし何かやったの? あ、聖竜様から話を聞いたのね」


 察しの良い彼女は、すぐに俺が礼を言ったことの意味に気づいた。

 気恥ずかしいのだろう、サンドラの顔が一気に真っ赤になる。


「お嬢様、いかが致しましたか? 今のお礼に破廉恥な要素でも?」


 横の戦闘メイドが変なことを言っているが、それもいつものことだ。


「なんでもないわ。気にしないで」


 そう言うと、顔を赤くしたサンドラは俺に背を向けて、屋敷に向かって歩き出した。

 俺もそれに続く。予定外の客で時間を取られてしまった。

 収穫祭と冬の備えの手伝いでもするべきだろう。


「そうだアルマス。後でトゥルーズと一緒に執務室に来てね。キンソウタケっていうキノコについて聞きたいのだけれど」


 一瞬振り返って言われたその言葉に、俺の歩みは止まるのだった。

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