第55話「その一言に、第二副帝が固まった」
「もう一度、もう一度お願いします!」
「いいですよ。何度でもかかってきなさい。マイア殿」
翌日の日中。俺の前ではマイアとヴァレリーが手合わせしていた。
今日が視察の最終日なのだが、もうあまり見るところがないので早い内に切り上げ、サンドラとクロードは今後の支援の打ち合わせに入った。
ちなみに打ち合わせといっても和やかなもので、屋敷の外に置かれたテーブルを囲んでリーラにお茶を用意させてのんびり話している。
俺達も最初はそこに同席していたのだが、話が世間話になった辺りで、近くにいたマイアをヴァレリーが見つけ、今に至る。
「ロジェ殿の孫娘がここで修行していると聞いていたのでちょっと楽しみにしていたのです。直弟子でない今なら、存分に手合わせできますから」
「その言葉、とても嬉しく思います」
なんでも、帝国五剣同士は手合わせを基本的に禁じられており、その弟子相手でも剣を交わすことはまず無いらしい。
それでいて、帝国五剣ともなると技を競う相手はなかなかいないというわけで、つまりヴァレリーは相手に飢えていたらしい。基本的に第二副帝の護衛で退屈なのもあるようだ。
ヴァレリーとマイアは互いに剣を構え、何度も激しく剣を打ち合っている。
ちなみに勝敗はヴァレリーの四連勝。
「だああ! くっ! あっ!」
「良い動きですが、まだまだ無駄が多い!」
マイアが吹き飛ばされる。
これで五連勝になった。
ヴァレリーは俺から見ても流石の強さだった。
右手に細身の長剣、左手に小剣の変則的な二刀を実に上手に使いこなす。その動きは変幻自在で、聖竜領に来てからの特訓で鋭さを増したマイアの攻撃を思うまま翻弄している。
「はぁっ、はぁぅ。少しは強くなったつもりでしたが、まだ全然ですね……」
長剣を手に立ち上がりながらマイアが言う。その姿は悔しそうであり、嬉しそうでもある。
「以前見た時よりも剣の鋭さが増していますね。ロジェ殿から聞いた通り、ここでの修行の成果でしょうか」
「お爺さまが?」
「ここに来たときにできたら手ほどきするように言われていました。自分の剣が見つかると良いですね」
そう言って、ヴァレリーは自分の剣を鞘に収めた。表面上は平静を装っているが、微妙に顔が上気している。なかなか白熱した戦いだったからな。
俺の見立てででは、マイアはかなり良いところまでいっていた。これ以上やると、ヴァレリーが本気にならざる得ないくらいには。
「ありがとうございます。次にお会いする時にはより鋭い剣をお見せします!」
「楽しみにしています」
元気よく叫ぶマイアに、笑顔で答えるヴァレリー。悪くない光景だ。
「お、こちらも終わったようだね。ボク達の方も大体方向性は決まったよ」
「お疲れ様。大分白熱していたようね」
こちらにやってきたサンドラの顔は昨日より穏やかだ。少しだが状況に慣れたらしい。
「とても良い時間を過ごせました。最近は城でも手合わせしてくれる者がいませんでしたからね」
「私もとても良い経験を積ませていただきました」
マイアが一礼すると、クロードが嬉しそうに笑った。
「ボクも妻の欲求不満を解消できて一安心だ。剣の道に生きる女だけど、強くなりすぎてしまっていてね。そして、聖竜領には色々と朗報があるよ。ね、サンドラ」
「はい。クロード様からいくつかの支援を約束して頂きました。冬への備えとなる物資、湯沸かしや汚水を浄化する魔法具。それと何よりも人材の派遣など」
「ここはまだ小さな領地だがとても重要な場所だと判断したんでね。ボクも今後来ることがあるだろう。そのためには過ごしやすくなくてはならない」
「なるほど。それで湯沸かしと汚水浄化か」
聖竜領は屋敷にある風呂をたまに湯を沸かして使っていて、大分面倒くさい。そして、汚水の処理も古いものしかなく衛生的でない。魔法具でそこが補強されれば生活水準がかなり向上するだろう。
「人材の派遣は魔法草の専門家などを選別して送ろう。アルマス殿に嘘を言いたくないのではっきり言っておくけど、定期的に東都に報告をするためでもあるね」
東都というのは第二副帝の住む帝国東部の中心地のことだ。
優秀な人材と引き替えに、お目付役がくるわけか。
「そんなに警戒することはないと思うの。わたし達は今まで通りやって、そのことがクロード様に伝わるだけ。最大限、聖竜様を尊重すると約束してくれたわ」
「ボクとしては仲良くしたいから、快く受け入れて欲しいな」
「ふむ。俺はいいが、聖竜様はどう言うかな」
俺は目を閉じ、心の中で聖竜様に問いかける。
『聖竜様はどう思いますか? 気になることなどは?』
『ん、特にないのう。都会のものが増えるのは楽しみじゃ』
なんだか気楽な返事が返ってきた。
『そうじゃ、ワシも一つやりたいことがあるんじゃ。今夜、第二副帝の夢に出るぞい』
『夢? 変なことをしないように釘でも刺す気ですか?』
『ワシなりのサービスじゃよ。安心せい』
聖竜様が変なことをするわけがないからいいか。
「聖竜様も問題ないそうだ」
「本当かいっ。しかし、なんで目を閉じてしまったのかな、瞳が金色になるのを見たかったんだが」
「そちらの方がやりやすいのでな。それと、第二副帝の夢に聖竜様が現れるそうだ」
その一言に、第二副帝が固まった。
口を半開きにして硬直している。整った外見が台無しになる姿である。
「ほ……お……お……。本当かいそれは? 聖竜がボクの夢に? え、話とか出来るのかい? よし寝ようすぐ寝ようぐふっ」
興奮してまくし立ててくるクロードをヴァレリーの一撃が黙らせた。
「それは聖竜からの好意ということでしょうか? 夢に現れることに危険は?」
「大丈夫だ。この領地の全員が一度は聖竜様と夢の中で話している。心配なら、ヴァレリーの夢にも出てもらおう」
『いいですよね?』
『勿論じゃとも。人と話すのは楽しいからのう』
聖竜様も了承してくれた。相変わらず気軽な人だ。
「わかりました。是非とも私も聖竜と会わせてください」
常識的な疑いをもって問いかけてきたヴァレリーもとりあえず納得してくれたようだ。
「いやー、まさか聖竜に会うことができるとは。来てよかった。もう少しここにいたいなぁ。駄目かなぁ」
「駄目です。公務が溜まっているのですから。それに、貴方みたいな学者崩れにできることなどたかが知れているでしょう」
「うっ……」
妻の容赦ない物言いを受けて、第二副帝はその場に崩れ落ちた。
そうか、「学者を目指していた」と言っていたな。つまり、学者にはなれなかったわけで……。
「ふふ、なんで副帝になっちゃったのかな、ボク。あのまま学者を目指す道も……なかったな」
色々事情があったのだろう。地面を見ながら帝国で三本の指に入る権力者がぶつぶつ言っている。
「視察もほぼ終わったようですし、少しゆっくり過ごしたいと思います。この人もこれでいて疲れていますから」
なんだかんだで優しい視線で夫を見ながら、ヴァレリーがそんなことを言うのだった。
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