第54話「大丈夫だろうか、この国」
クロード達は旅の疲れを癒した翌日、さっそく聖竜領内の視察を開始した。
案内するのは当然ながら俺とサンドラだ。護衛としてリーラとマイアもついてくる。
クロード達は身軽な者で、奥さんのヴァレリーを伴うだけでお供の者達は屋敷に置いていくようだった。
「少ないな。大丈夫なのか?」
「妻がいるから大丈夫さ。それに、キミ達もいるしね。残してきた者達には屋敷を調べさせているよ」
「実はそのための人員でして。しかし、あの屋敷を実質メイド一人で管理しているとは思いませんでした。流石はエヴェリーナ家の誇る戦闘メイドね」
賞賛の言葉にリーラが静かに頷く。
「恐縮です。ですが、お嬢様を始め、皆様にもお手伝いして頂いておりますので……」
「連れてきた者達は悪さをしないことは約束しよう。さあ、行こうか! 未知の世界は久しぶりだからワクワクするなぁ!」
実に楽しそうにクロードが叫び、俺達が出発した。
とはいえ案内するのは畑とかなので、割と地味だと思うのだが。
「……ここが聖竜領のハーブ畑です。ご存じかと思いますが、聖竜様の力で魔力が豊富なため魔法のような効果があります」
「思ったよりも大きいね。種類も多い。ああ、なるほど、エルフが手伝うようになったんだね。これから珍しい品種も増えるんだろう?」
「今は一般的なものが多いですが、段々とそうなる予定です。クアリア向けに獣避けのポプリが重宝されています。特に、アルマスがつくったものが」
「そう、それだ! 眷属印というのはどういうことだい? 効果が全然違うという話だが!?」
「俺は竜だからな。人間と違って植物を育てるだけでも大きな影響がある。来る途中にあった家の近くにある小さな畑で栽培している」
「なるほどなるほど。いざ目にしてみると人間にしか見えないのだけれどねぇ。不思議だ!」
クロードは今日も好奇心で一杯だった。隣で奥さんが疲れた顔をしている。ちなみにサンドラもちょっと困っているようで、頻繁に俺に話が振られるように誘導されている節がある。
「向こうには魔法草の畑もある。俺が育てたものを株分けしたもので、色々と試行錯誤している」
そう言いながら、魔法草畑に向かう。クロードはうんうんと何度も頷きながら言う。
「魔法草か。これは凄いものだよ。恐らくだけど、聖竜の森だけにしかない品種もあるだろう。研究すれば『莫大』の一言で住まないくらいの富をもたらすかも知れない」
「そう思うのですが、専門家が足りなくて。ここを担当している人材は優秀なのですが、普通の庭師とゴーレム専門の魔法士でして」
「ふむ。アルマス殿の専門は? 人間の時分は魔法士だったのだろう」
「俺の専門は戦闘だ」
「おっと、そうだった。ウイルド領との小競り合いを見事な手腕で切り抜けたのだった。うん、わかった!」
力強くそう宣言すると、クロードは次々と質問を俺達に投げかけてきたのだった。
その後、エルフの村を訪れ、クロードはルゼを相手に聖竜の森のことで質問責めにした。
ルゼは困りながらも知る限りのことを的確に答えてくれる。
建設中のエルフ屋敷を見せると、クロードはそこで更につっこんだ事を聞いてきた。
「ところでルゼ君。キミは聖竜の領域にいったことはあるかい? 奥地にあって、聖竜に会えるそうなんだが」
一瞬、困った顔でルゼが俺の方を見た。俺は頷く。別に隠すようなことじゃない。
「それらしい場所はあったのですが、聖竜様には会えませんでした。アルマス様が言うには、今は領域を閉じているとか」
「なんと、それは残念! 是非行ってみたかったのだが! アルマス殿、聖竜に会うことはできないのか?」
「今は聖竜様は領域を閉じているからな。可能性があるとしたら『聖竜の試し』くらいだが」
俺の妹、アイノの治療に専念する必要もあって、聖竜様は自分の領域に閉じこもっている。俺が眷属になってから領域を開いたことはない。
現状、聖竜様に会うなら『試し』を受けるのが一番確実だろう。
「聖竜の試し、シュルビアが言っていましたね。なんでも心の中を覗かれるとか」
「その通りです。わたしも、スルホも受けました。聖竜様に心と記憶を見られます。お二人にはあまり、お勧めできません……」
「む、方法はそれだけなのか。会いたい、会いたいぞ聖竜。……いっそ第二副帝やめるか」
「貴方……」
「じょ、冗談だとも。個人的に大変好奇心をくすぐられるが、何分秘密を沢山抱える身なのでね、とても……とても残念だが、遠慮しよう」
心の底から悔しそうに第二副帝はそう言った。帝国の秘密が丸裸になるようなことは流石にできないだろう。
そのままエルフの村で昼食をとったあと、俺達は屋敷の方へ戻ることにした。クロードは氷結山脈の方や森の奥を見たがったが、その場の全員で却下した。
「……むぅ。皆、なかなか厳しいな。一応第二副帝なんだが、ボクは」
「聖竜領の皆さんが常識的な方々で助かりました。この人、放っておくとすぐどこかへいくので」
奥方に「この人」扱いされるイグニア帝国有数の権力者と共に、領主の屋敷の方に戻る。森を抜けて領地に戻ると、そこでは宿屋の建築のためのゴーレムの数々が元気に動いていた。
「この領地、人口の割にゴーレムが多いね。形も変わっている。あれとか」
クロードの指さした先にいたのは、人間くらいの大きさのストーンゴーレムだ。大きな腕で地面を押し込みながら前に進んでいる。
「あれは地面に対して細かい作業をするためのゴーレムです。ロイ先生……ロイという優秀な魔法士とクアリアの職人で色々な形を研究しながら利用しているのです」
「ほう。その魔法士は優秀なんだね。これだけの数を作り出すとは並の魔力じゃない」
「ゴーレム製造の時は俺の魔力を使っている。沢山作れるからな」
「なるほど。竜の魔力だね。一度にどのくらい作れるのかな? 百かな、千かな?」
「いくらでも。十万くらいでも問題ないぞ」
「……………」
俺の発言に第二副帝と奥さんが黙り込んだ。
しばらくしてから、クロードが笑顔で言う。
「仲良くしよう! 共にこの地を生きる同胞よ!」
「別に脅したわけじゃなかったんだが……」
しまったな。変に警戒させてしまったか?
「アルマスも聖竜様も悪い人ではありません。むしろ、わたし達に多大な協力をしてくれました。それがなければ、わたし達はここでの暮らしすらままならなかったでしょう」
気をつかったのか、サンドラが横からフォローしてくれた。
「わかっているよ。ボクもキミを任命した責任がある。サンドラ・エヴェリーナ。今後も帝国のため、聖竜とその眷属と良き関係を保ってくれ」
「はい。それがわたしの役目ですから」
「ああ、しかし残念だ。こんなに刺激と魅力に溢れているところで暮らせないなんて。……やっぱり第二副帝やめごふっ」
本日二回目の問題発言に、ヴァレリーからの容赦ない一撃が叩き込まれた。
大丈夫だろうか、この国。
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