第53話「こうして、第二副帝による聖竜領視察が始まったのだった」
領主の屋敷には打ち合わせ用の小さな応接はあるが、大きな会議室はない。
第二副帝クロードの一行は馬車二台分、全部で六名だ。応接には入りきらないので、いつも領地会議に使われている食堂兼用の広間に迎え入れられた。
できる限り綺麗に清掃し、貴人用にテーブルと椅子を運び込んだ室内に一行を案内する。
「申し訳ありません。開拓を始めたばかりの領地ですので、このような部屋しか用意できず」
「いや、これを見たかった。この建物はイグニア帝国が成立する以前、『嵐の時代』よりも前の建築だ。むしろ貴重な機会だよ。調度類も残っていたのかい?」
「はい。食器などもいくつか。使える物は使う方針でやっていたのですが」
サンドラの顔が強張る。もしかして、物凄く貴重なものを俺達は使っていたのだろうか。第二副帝的にまずかったか?
「むむむ。……それは仕方ないとはいえ勿体ないことだ。新しい物を用意するから交換を……いや、君を責めているわけじゃない。ボクの想像以上だっただけでね?」
「貴方、席に着きましょう。ありがとう。わざわざ準備をしてくれて」
放っておけば屋敷中の観察を始めそうなクロードだったが、奥さんにたしなめられて席につく。すぐにリーラの手によって全員にハーブティーが振る舞われる。お茶請けとして、トゥルーズが急いで作った焼き菓子も添えられている。
「ほうっ。クアリアでも飲んだ聖竜領のハーブティーだね。こちらの焼き菓子もここが産地と見た。味も効能も期待できる」
「……少し落ちつきなさいクロード」
「はい」
興奮気味のクロードを殺気混じりのヴァレリーが一言言うといきなり黙った。
そして、好奇心旺盛な中年の顔から第二副帝の顔に切り替えて厳かに言う。
「聖竜領の心からの歓迎、嬉しく思う。皆、緊張しているだろうが安心して欲しい。今回、訪れた理由は、そちらの聖竜の眷属とサンドラに礼を言うためだ」
そう言うと、クロードとヴァレリーは席を立つ。お付きの者達と領民も反射的にそれに続く。
「我が娘、シュルビアを救ってくれたこと、心より感謝する。おかげで心置きなくクアリアに送り出すことができる。これは、第二副帝としてだけでなく、一人の父親としての感謝でもある」
「ありがとう。私の友人の子供を助けてくれて。もっと早くこれを伝えたかった」
そう言うと第二副帝と帝国五剣は軽く会釈した。
「……わたしは、シュルビア様に良くして貰いました。この領地に来る際も色々と配慮頂きましたし。当然のことです」
サンドラが声を震わせながら言う。色々とあったので、クアリアでシュルビアを治療したのを大分前のことのように感じる。あれがこう生きてくるとはな……。
「サンドラは聖竜様に認められた領主だ。俺は最大限協力するように聖竜様から言われている。気にしなくていい……です」
話してる途中で気づいた。多分これ敬語を使った方がいい相手じゃないか。今更すぎるが誤魔化しきれないよなこれ。
「ありがとう。アルマス殿、世界を創造せし聖竜へは我々こそ敬意を払わねばならない対象だ。だから貴方も、いつも通りでお願いしたい」
良かった。あまり気をつかわなくていいみたいだ。聖竜様のおかげだな。
『良かったのう。今思い出したんじゃが、お主、始めてワシに会った時もタメ口じゃったな。割とそういうの苦手じゃろ?』
『昔のことを……。聖竜様にはちゃんと敬語じゃないですか』
聖竜様に苦手分野がばれてしまった。実害がなさそうだからいいか。
「アルマス殿、その金色の目は聖竜が来ているのだね。よく観察したいのだが……」
「貴方、我慢しなさい。お礼以外にも仕事があるでしょう?」
「あの。お休み頂いたあと、アルマスとわたしで聖竜領を案内するつもりだったのですが……」
「ほう! それは素晴らしい。ボクらの滞在予定は二日間。その間に聖竜領を見て、今後の支援を検討することにしている」
「支援? 第二副帝が直接か?」
「世界を創造した竜がいる上に、強力な効能を持つ特産品の数々。ボクとしても無視するわけにはいかない。とはいえサンドラも皆もそのままだから安心して欲しい。聖竜に認められた者でなければ、この領地を治められないだろう?」
「それを決めるための視察でもあるのです。夫が色々と迷惑をかけるでしょうが、悪いようにはならないと思うので、よろしくお願いします」
こうして、第二副帝による聖竜領視察が始まったのだった。
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