第52話「どんよりとした目をしながらサンドラが微妙な笑みを浮かべつつ右手を差し出した」

「第二副帝クロード・イグリアス。年齢は四十くらい。性格は温厚で知的、でも権力者としての冷静で冷徹な面を持つ人物よ。元々学者志望だったらしいけれど、ある日を境に人が変わったように権力者への階段を登り始めてね。上の兄妹を飛び越して第二副帝にまで上り詰めたの」


「それは権力争いに勝ったということか。手強そうだな」


 とりあえず、屋敷の執務室で俺はサンドラから第二副帝についての情報を教えてもらうことになった。

 既にクアリアを発っているということは一日もすればここに来てしまう。最低限、情報を仕入れて失礼のないようにしなければ。


「第二副帝になるまでの逸話は色々あるけれど、温厚なのは間違いないわ。わたしがここに来るとき、男爵位をくれたりと色々と便宜を図ってくれた。娘であるシュルディア姉と顔見知りだからだけれど」


「なるほど。サンドラとしては恩義があるわけか」


 サンドラはこくりと頷いた。


「話は通じる。どれだけのことまで考えているかはわからない。お礼以外の目的が領地の視察くらいだといいのだけれどね」


「受け入れの方はどうする? 第二副帝ともなればかなりの団体じゃないのか?」


「スルホからの手紙には『お忍び』とあったわ。だから、数は少ないと思う。それに、第二副帝は強力な護衛がいるからあまり大人数で動かないの。……帝国五剣の一人が奥さんなのよ」


「争いにならないように気を付けよう。……しかし凄い嫁を見つけたな」


「シュルディアの母君はその奥さんの幼なじみ。第二副帝の奥さんはその二人よ。アルマス、もし腕試しをすることになったら……」


「わかっている。加減しよう」


 サンドラは俺が帝国五剣よりも強いと認識しているらしい。間違ってはいない。


「俺は政治的な振る舞いは得意ではないからな。いっそ森で静かにしていようか」


「多分、無理だと思うわそれ……」


 どういうことだ、と俺が言う前にサンドラは言葉を続ける。


「第二副帝は元々学者志望の人と言ったわよね。非常に好奇心が旺盛なの。聖竜様と貴方に会いたくて来ている可能性もあるわ。……案内人、よろしくね」


「なんだと……」


 なんだか途端に面倒くさくなってきた。


「わたしも一緒だから、頑張りましょう」


 俺を道連れにするつもりだ。

 どんよりとした目をしながらサンドラが微妙な笑みを浮かべつつ右手を差し出した。


『頑張るのじゃぞ、我が眷属よ』


 聖竜様に答える気がしなかったが、とりあえずその手は握ることにした。


○○○


 あまりにも急な話なので聖竜領にできる準備は多くない。

 せいぜい屋敷に客室を用意して、トゥルーズが料理の仕込みをするくらいだ。後は領民全員に周知して、緊張してその時を待つことになった。


 そして翌日、昼を過ぎたころに馬車がやってきた。

 数は二台。第二副帝なんて大物が乗っているとは思えない普通の馬車が屋敷の前で止まる。

 俺やサンドラといった領地の主立った者が出迎えのため立っていると、馬車の中から最初に女性、次に男性が現れた。


 中年の男性は、地味ながら各所に細やかな飾りをされた高価な服を着ている。穏やかそうな風貌でありながら油断の無い目つきだ。全体的な雰囲気はロイ先生に似ているようで、どこか緊張感のある佇まいをしている。

 親しみやすそうでありながら、厳しさも兼ね備えた人物。

 第二副帝クロードの第一印象はそんな感じだった。


「やぁやぁ、出迎えご苦労。やっぱりスルホから連絡がいってたんだね。感心感心」


 実に気軽な挨拶をしながら、クロードは笑顔でこちらにやってきた。

 その隣を油断の無い歩みで女性が寄り添う。

 灰色の長い髪が特徴の美女だ。こちらは見た目からして恐い。鎧を着込んではいないが左の腰に長剣、右の腰に小剣を佩いている。

 帝国五剣にして第二副帝の妻、ヴァレリー・イグリアスに違いない。


「お久しぶりです、クロード様、ヴァレリー様。ご壮健なようで何よりです」


 一歩前に進み出たサンドラが緊張した面持ちで言うと第二副帝と妻は途端に顔をほころばせて優しい目になった。


「サンドラこそ元気そうで何よりだ。どうやら、必要以上に構えさせてしまったようだね。ここに来た名目は視察だが、何かするつもりはないから安心していい」


「ほらやっぱり困ってるじゃない。貴方は副帝なんだから、好奇心に負けて動くと周りが迷惑するのよ」


「いやあ、すまないね。しかし、クアリアまで来たら噂の聖竜領を見ないわけにはいかないしね。個人的にも副帝的にも」


「個人が先立ったようだけれど?」


「いやぁ……ははは」


 妻にたしなめられて困ったように笑う第二副帝。

 それを見た俺達は全員もまた、困っていた。


 なんだか思ったよりもノリが軽いのだが、どう接すればいいのかわからない。


 そんな感じだ。

 サンドラまで言葉を失っていると第二副帝が俺の前までやってきた。


「貴方が聖竜の眷属、アルマス・ウィフネンだね? 服装でわかるよ。そのローブはイグニア帝国にはない作りだ。模様も同様。杖も見たことのない素材だね? ところで聖竜と話すと目が金色に輝くというのは本当かい? 是非みたいのだが、お願いできるかい?」


 瞳の中で好奇心を全開に輝かせ、物凄い剣幕で質問が飛んできた。まるで学ぶのが楽しくてたまらない少年のようだ。


「貴方。アルマス殿が困っているわよ。……ごめんなさい。この人は元々学者志望でね、聖竜領のことが気になって仕方が無かったの」


「そうなのか。それはまた大変そうな……」


「ええ、大変だったわ。政務を放り出して東に出かけようとすること5回。こっそりクアリアに向かう用件を画策すること3回。クアリアについたら一人で馬車を手配して向かおうとするし……」


 なんだか聞いてて頭と胃が痛くなる話だな。サンドラなんか顔が引きつってるし。いきなり第二副帝が一人で馬車で来たら倒れてたかもしれん。


「仕方ないだろう! 世界を創造せし六大竜の一つ、聖竜とその関係者に会えるんだよ。研究テーマとしてこれほど魅力的なことはない! いっそ移住して調べたいくらいだぐふっ」


 興奮気味に語るクロードの腹にヴァレリーの拳が突き刺さった。加減はしているが効いたらしく、第二副帝は呻き声をあげてうずくまる。


「その聖竜の眷属殿まで出迎えてくれたのだから、第二副帝らしい挨拶をしなさい。まったく……」


 奥さんにそう言われ、腹を押さえながら立ち上がったクロードは居住まいを正して俺を真っ直ぐ見る。


「失礼した。第二副帝クロード・イグリアスだ。偉大なる聖竜の管理する領地をサンドラ・エヴェリーナに預けてくれたこと、そして多大なる協力をしてくれたこと、この帝国東部を預かる者として感謝する」


 穏やかさと威厳を備えた語りと共に、右手が差し出された。


「アルマス・ウィフネンだ。聖竜様の眷属としてここで暮らしている。サンドラ達には良くしてもらっている」


 そう言って、握手を交わすと、思った以上の力で握り返された。

 そのままぶんぶんと腕を上下に振りながら、嬉しそうにクロードは言う。


「素晴らしい! 『嵐の時代』を生きた人なのだろう! 色々と話を聞かせて欲しい! 元は人間だと聞いているがどうしてそんなに長生きなのだ? どのように暮らしていた? 聖竜とはどうやって会話をぐふ」


 手を握ったまま質問を始めた第二副帝は、横から奥さんに一撃いれられてその場に再び崩れ落ちた。


「……あの、屋敷の中に入りませんか。準備していますから」


 緊張と戸惑いで胃を抑えていたサンドラが遠慮がちに提案してきた。

 ヴァレリーは地面にうずくまる旦那(すごいえらい)を見下ろした後、穏やかで優しい笑みを浮かべてサンドラに答える。


「ええ、そうしましょう。貴方にはお礼も言わなければならないしね。サンドラ・エヴェリーナ男爵」


『あんまり偉そうじゃない権力者じゃのう』


 聖竜様がそんな感想を言ってきたが、自分も少し省みた方がいいと思う。

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