第51話「場を和ませようと思って発言したのだが、サンドラだけでなく聖竜様にまで怒られてしまった」

 その日、俺はトゥルーズのところにいた。

 時刻は昼より少し早い。「ちょっと早めに来て」と言われていたためだ。

 目的は先日エルフの少年から貰った貴重なキノコを使った料理である。


 厨房に入るとトゥルーズは既に準備を完了していた。他の者に黙ってこっそり食べる関係もあり、厨房の片隅にテーブルが置かれ、その上にできたての料理があった。


「来たぞ。どんな感じだ」


「とりあえず、いくつか作ってみた。フリカッセのパイ包み、リゾット、あとはシンプルにソテーして特製ソースをかけたもの」


 テーブル上を見ると丸い容器の上をパイで包んだもの、キノコと米とチーズを混ぜて煮込んだリゾット、それとキンソウタケをスライスして焼いた上にソースをかけられた料理が並んでいる。 


「ソテーはキンソウタケを味わうために豪華に半分使った。他の二つは少なめ。数が少なかったから……」


「たしか、五本しかなかったからな。全部使ったのか?」


「あと二本ある。乾燥させたりオイルにしたりして、色んな料理の風味付けとかにこっそり使おうと思ってる……」


「なるほど。長く楽しめそうだ」


 トゥルーズも興味津々の素材だからな。長く使って研究したいのだろう。これから先の食生活が楽しみだ。


「説明は後でもできるから、先に食べよう……」


 待ちきれない様子で席につくトゥルーズ。俺もそれに続く。


「では、いただきます」


「いただきます……」


 とりあえず、一番の目玉であるソテーに手をつける。豪華につかったとはいえキノコ半分だ、量は大したことがない。貴重なのでナイフで小さく切って口に運ぶ。


「…………う、美味いな」


 なんというか。豊かな風味と言えばいいのだろうか。

 口の中でキノコとは思えない、香ばしい味わいが一気に溢れる。そして食感、肉厚で、まるで上等な肉を噛んでいるようだ。トゥルーズのかけた薄味でシンプルな塩気のソースが素材の味を引き出しているのもまた絶妙だ。


「アルマス様の好みに合わせて塩っぽいソースにしてみたんだけれど……。あうね……」


「ああ、キノコとは思えない。鼻を抜けていく香りが凄いな」


「火を通す前は上品なすっとする感じだったけど、加熱したら別物になった……」


 なんと。そこまで変わるのか。

 次に俺はスプーンを手に取り、パイ包みを破って、その中にあるフリカッセに手を伸ばす。フリカッセは鶏肉、キノコ、タマネギなど、色んな素材を生クリームで煮込んだ料理だ。

 程よく混ざったパイ生地と共に口に運ぶ。

 当たり前だが美味い。少ないキンソウタケが味に対して良いアクセントになっている。


「美味い……本当に美味い……」


「リゾットも美味しい。でも、味が強すぎて全部似たような感じになってるから一品だけとかがいいかも……」


「なるほど確かに。しかし、よくこんなに食材があったな。米なんて作ってなかったはずだが」


 リゾットは珍しい料理ではないが、聖竜領では米が珍しい。

 俺の疑問にトゥルーズがにやりと笑みを浮かべる。


「この前、エヴェリーナ家の人達が来たときに、少し分けて貰った。偉い人用に珍しい食材持ってたから……」


 食事に関しては抜け目のない女性だな。頼もしい。


「これはきっといいものだから、こっそり食べていこう」


「そうだね。二人だけの秘密で……」


 俺とトゥルーズが堅く決意したところで、厨房の外から騒がしい足音が聞こえた。

 人数は二人。そのうち一人は体重が軽い。


「ん? サンドラとリーラか。なんか慌ててるようだが」


「足音で誰かわかるの、本当に凄い……」


 トゥルーズが感心しているが、大したことじゃない。多分、リーラとマイアも持っている技能だ。

 これは何かあったかなと思う間もなく、厨房のドアが勢いよく開けられた。


「アルマス! 良かった、ここにいたのね!」


 ドアの向こうで息を弾ませているのは、サンドラだった。息が上がっている。聖竜領で鍛え直された彼女にしては珍しい。


「どうしたサンドラ、息を整えたほうがいいぞ。元々君は体力がないから無理な運動は……」


「畑からここまで走ってきただけだから心配無用よ。って、なにこの匂い。二人で美味しそうなものを食べてるの? そのキノコね? 見たことないわ、新しい特産品に……」


 つかつかと室内に入って来て、テーブル上の料理を見て矢継ぎ早に状況を認識するサンドラ。領主らしい思考の流れが彼女の成長を感じさせる。


「これは俺がエルフ村で日頃のお礼として貰ったものをトゥルーズに調理して貰っただけだ」


「私はアルマス様に頼まれて調理しただけ……」


 とりあえず「報告してないのは悪いことじゃない」アピールを開始する俺達だった。

 実はこのキンソウタケ、かなりの高級品で商売に使えるんじゃないかと心の片隅で思っていた。だが、それはそれだ。優先すべきことがある。


「…………小一時間は問い詰めたいところだけど、今はいいわ」


 しばらく半眼で俺達を眺めた後、サンドラはそう言って何かを諦めた。

 どうやら、ただならぬ事態が起きたらしい。


「二人ともよく聞いて。スルホから魔法具で連絡があったわ。クアリアの町から聖竜領に向けて、とんでもないお客様が出発したって」


「とんでもない……具体的には?」


「第二副帝」


「………………」


 俺とトゥルーズはすぐには反応できなかった。ただ、横のトゥルーズは「第二副帝」という単語を聞いた瞬間、全身が軽く痙攣し、表情が固まった。


「第二副帝なら俺も知っているぞ。帝国で二番目か三番目に偉い人だな。あと、この辺り一帯を治めている人物でもある」


 聖竜領のあるイグリア帝国は帝都のある西側を皇帝、中央を第一副帝、そして辺境とも呼ばれる東部を第二副帝が治めている。普段意識することはないが、第二副帝というのは俺達にとって最も身近な「とんでもなく偉い人」だ。


「……もしかして、大変なことか?」


 実感が伴ってきた俺の声に、サンドラは静かに頷いた。


「第二副帝クロード・イグリアス。彼が直接やってくるなんて流石に想定外だわ。スルホからの手紙によると、シュルディア姉の治療のお礼も兼ねてということだけれど……」


「来るにしても大物すぎるか。落ちつくんだサンドラ、正直なるようにしかならん」


「せめて気休めを言って欲しいのだけれど……」


 一応励ましたつもりなのだが、呆れ気味に返されてしまった。


「アルマス様、申し訳ありませんが、お嬢様をお願い致します。私は屋敷内の準備を整えます。トゥルーズは料理の準備を、できるだけで構いませんので」


 鉄面皮のリーラまで焦っていた。来るのが大物すぎるし、目的が不明瞭なのもまた不安にさせるのだろう。メイドとしてできる限りのことをするなら、サンドラの護衛をする余裕もない。


「わかった。任せてくれ。サンドラ、俺と一緒に外だ。領地全体を回って皆に知らせよう」


「そうね。みんなで力を合わせて乗り切りましょう。ある意味、聖竜領に来て一番の山場かも……」


 不安そうに癖毛をいじるサンドラに、俺は穏やかに言い聞かせる。


「安心しろ。俺は相手の精神を操る魔法を習得している」


「絶対に使わないでよ、それ」


『お主、馬鹿じゃろう』


 場を和ませようと思って発言したのだが、サンドラだけでなく聖竜様にまで怒られてしまった。 

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