第50話「俺は人形扱いか……」
ドーレスは二日ほど聖竜領に滞在した後、再び旅立って行った。
今度の目的地はクアリアだ。ダン夫妻の店のための買い出しと、石像の発注。収穫祭用の物品の調達のためである。
今回は早く聖竜領に帰ってくる予定だ。ダン夫妻の話では、しばらく彼女は近場の街で商売をしながら聖竜領に頻繁に帰ってくることになるだろうとのことだった。
平穏な日々が続く聖竜領でも少しずつ変化がある。
まず、収穫が始まった。聖竜領の面々にとってとても大切な時である。この後に麦の植え付けがあるのとはいえ、秋の一大イベントだ。
「うひょおおおーー! ついに収穫の時ですよおおおお!」
そんなわけで、アリアが畑で荒ぶっていた。畑の中を自由自在に動く彼女は、次々と作物を収穫にかかっている。それも見たこともないテンションで。
聖竜領の全員が参加して作業にあたっているのだが、彼女だけ異常に動きが良い。マイアが驚いていた。
「普段はのんびり動いているのにな。元帝国五剣の直弟子が驚くほどの速さだぞ、どうやっているんだ?」
「アリアさんは庭師ですから。植物を相手にした動きに最適化されているのでしょう」
「そういうものか……?」
収穫された野菜を箱詰めしながら驚いていると、ロイ先生がにこやかにそんなことを言った。
箱の中にはカボチャ、ラディッシュ、カブ、ルッコラ、ジャガイモ、ニンジンなどなど。俺の知らない物も含めて沢山の野菜が収穫されている。ジャガイモは量が多いが、細々と色々作っていたのである。
「この後ハーブ畑の方でも収穫するはずなんだが、あれは体力が持つのか?」
「大丈夫ですよ。僕がハーブと魔法草で特製の体力回復ポーションを作りましたから」
大丈夫なのか、それ。
俺の視線に気づいたのか、ロイ先生はちょっと目を逸らしつついう。
「あ、ちゃんと危険が無いように作っています。ちょっと元気が出る程度の効力が弱めのもので、試作品です。サンドラ様にも許可はとってあります」
「アリアのために考えたのか?」
体力回復ポーションなんてもの、ロイ先生が作れるなんて聞いていない。このときのために必死に研究したんじゃないか?
「…………可憐ですよね」
俺の質問にわざとらしく答えず、眩しそうにアリアを眺めながら、ロイ先生は呟く。
ちなみにアリアは奇声をあげながら、畑の中で転んでいた。
……まあいいや。この二人はそっとしておこう。
「さて、もう少し手伝うとしよう。日が暮れる前にハーブの収穫までしないとな」
俺が畑に向かうとロイ先生も慌ててついてきた。
その後、エルフ達も村からやってきてくれたおかげで収穫作業は順調に進んだ。
一度に全部収穫するわけにもいかないので、しばらくはこうした日々が続く。
野菜の多くは屋敷の保管庫と、この日のために作られた倉庫に保管される。
俺が冷気と風を出して温度が低く保たれる魔法をかけておいたので、しばらく持つはずだ。
そんな中、ちょっとした出来事があった。
ハーブ畑と魔法草畑の収穫を終えた後、俺の家で休んでいる時だった。
この時はアリアとロイ先生が家にいた。二人はエルフ達と森の畑を世話をしたので帰る前に一服と言う流れである。
俺の淹れたお茶とエルフの携行食を軽く食べながら、仕事の話となる。
「いやー、豊作ですー。これも聖竜様のおかげなんでしょうかー」
「聖竜領の大地は豊富な魔力が流れているようですから、そうかもしれませんね。とりわけ森は凄いみたいですし」
「どれだけ土地が良くても、育てる人間に知識と技能がなければこうもいかなかったと思うぞ」
実際、どれだけここの土地がよくても、俺は農業に全く手を出せなかったわけだからな。技術と知識の何と尊いことか。
「しばらく忙しいでしょうが。収穫祭がたのしみですー。きっと賑やかになりますよー」
「サンドラ様が皆さんに色々と相談して準備をしていますからね」
「クアリアからも協力を得られるから問題ないだろう。俺達も何か準備すべきかな」
「そうですねー。ドーレスさんに服でも探してきてもらいましょうかー。少しはおめかししないとー」
「それはいいですね。いっそクアリアにいきましょうか」
服、という言葉にロイ先生が反応した。着飾ったアリアでも想像したのだろう。
とはいえ、たしかに二人とも大分服が汚れて痛んでいる。聖竜領に来てから肉体労働続きなわけだから、予備の服も同様だろう。
「そうか。服か……」
考えてみれば、俺も聖竜様に貰った一張羅しかない。
うん、これは考える価値がありそうだ。
○○○
翌日、俺は収穫作業を終えて少し落ちついた昼過ぎに、サンドラの所を訪れた。
「サンドラ、これで皆に服でも買ってやってくれ」
そう言って、これまで貰った金の入った袋を置く。
「…………え、なんで突然?」
俺がやってきても気にせず執務をしていたサンドラが動きを止めて聞いてきた。
横のリーラも不思議そうな顔をしている。うむ、また必要な説明を飛ばしてしまったか。
「皆、ここに来てから仕事続きで服が大分傷んでるように見えてな。収穫祭に向けて準備に入り用だと思った」
糸を布に、布を服に。手順も多く大量の人の手を使うのもあって服は高い。
俺の説明を聞いて考え込むサンドラの横でリーラが「なるほど」と呟いた。
どうやら意図が伝わったらしい。
「アルマス様、ご安心を。今は布を織る魔法具が作られたこともあり、服は昔より安価です。新品は相変わらず高いですが」
「そうなのか。驚きだな。紙の価値といい、変わるものだ」
興味深い話だ。その魔法具とやらを見てみたい。
「難しい模様なんかは織り込めない。本当に一枚の布を織る道具よ。使用者の魔力を消費するから、交代で使うの。ちゃんと休みながらね。織物が盛んな地域に行くと良く見かけるわ」
「ちゃんと休みながらか。魔力が尽きるまで働かされそうなくらい便利なものに聞こえるが……」
「わたしが生まれる前に何人かの学者が研究発表してね。ちゃんと休憩して交代で動かした方が作業効率がいいっていうのが帝国内の常識になっているわ。そういう余裕ができる態勢を作るのが難しいのだけれどね」
人間には休憩が必要だ。それは俺もよくわかる。人間だったころ、休憩無しで連戦して死にかけたことが何度もある。疲れてると思いも寄らないミスをするものだ。
「……そんなわけだから、あまり心配しないでいいと思うの。みんな、ちゃんとお給料は貰っているし、女の人は自分で着飾るでしょうし」
「そうですね。お嬢様も着飾る準備をしませんと」
リーラのその言葉にサンドラが微妙な顔をした。そういえば、サンドラが服装に気をつかっているイメージがないな。いつも青色の何かを身につけてはいるが。
「困ったな。せっかく金の使い道をみつけたと思ったんだが」
「だったら家の設備を良くすればいいじゃない。窓ガラスとか暖炉とか色々あるでしょう」
「それもそうなんだが。俺も色々世話になっているしなぁ……」
「わたし達の方がよっぽど世話になっているのだけれど……」
俺とサンドラが黙り込む横で、リーラが穏やかな微笑みを浮かべつつ言う。
「それでしたら、アルマス様は自前の服を仕立てたらいかがでしょうか? 失礼ながら、一張羅に見えますので」
「俺の服か……」
「いいわね。せっかくだから収穫祭用に一着用意しましょう」
微妙な反応を返すと、意外にもサンドラが明るい反応をした。
「アルマスの服装とか考え甲斐があるわ。ちょっとやる気出てきた」
「お嬢様は他人の服装を考えるのがお好きですからね。お人形遊びもお好きでした」
俺は人形扱いか……。
『良かったのう、アルマス。お主、自分で服とか選べないじゃろう?』
いきなり聖竜様がそんなことを言ってきた。なんだか楽しそうだ。
考えてみれば、他人より自分のことを心配すべきだったのは事実だ。
「安心してアルマス。素敵なのを選んであげるわ」
「普通のでいいぞ、普通ので」
サンドラの笑みに不穏なものを感じたので、俺は努めて冷静にそう依頼をするのだった。
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