第44話「そう宣言するサンドラの姿は、まごうことなき立派な領主そのものだ」
二日後、唐突に聖竜領を訪れた団体は、完全に明暗分かれた雰囲気で帰路につくことになった。
馬車に荷物を載せ、デジレとロジェの一団を俺達は見送る。
デジレはもっと早く帰りたいようだったが、ここまで来た旅の疲れもあり、二日ほど休んで貰った。デジレ以外は聖竜領でのんびり過ごして貰えたようだ。
とりわけロジェは、久しぶりに孫娘との団らんを楽しんだ。剣を教え始める前の優しい祖父を久しぶりに見たと、マイアが嬉しそうにしていた。
「世話になったの。サンドラ殿。ここはのんびり過ごせて良いところじゃ。また来たいと思う」
「マイアに会いに、是非いらしてください。トラブルを持ち込まないなら大歓迎です」
「うむ、気を付けよう。それと、帝都に戻ってから、儂なりに聖竜領について色々と気を遣うことを約束しよう。アルマス殿との勝負での取り決めだからな」
「よろしく頼む。こっちも色々と事情があるから、味方は多い方がいい」
俺の言葉にロジェは頷く。
「少なくとも、ここに腕試しの者が来たりしないようにはしておくつもりじゃ。あとはエヴェリーナ家のことも気にしておこう。ああ、それと、マイアのことを頼む。腕が落ちたら注意してくれ。次に来たときに腕試しをするからの」
「え、お爺さまとですか!?」
とつぜん会話を向けられてマイアはかなり焦ったようだった。それを見て楽しそうに帝国五剣の男は笑う。
「当然じゃ。儂より強くなるんじゃろう?」
そう言うロジェは実に楽しそうだった。
対して、全然楽しくないのはサンドラの姉であるデジレだ。
サンドラに徹底的に言われたのが効いたらしく。この二日、ずっとふさぎ込んでいた。
「デジレ姉様、お身体に気を付けて。わたしの言ったことをお忘れなきよう」
馬車に乗り込む瞬間、サンドラがそう言うと、デジレは一瞬だけ肩を震わせた。
別れの挨拶もなしだ。向こうが招いた結果だが。
「では、諸君。また会おう! 今度は土産の一つも持ってくるぞ!」
豪快に笑いながら、ロジェがそう告げると、馬車の一団は出発した。
舗装の終わった聖竜領の道を、3台の馬車が進んでいく。
少しずつ小さくなっていくその様子をじっと眺めていると、サンドラが口を開いた。
「デジレ姉様もね、最初の頃は優しかったの。わたしが間違えなければ、ずっとそのままでいられたのかな……」
それは本音だったのだろう。過去というにも近いであろう出来事を思い出すサンドラは、とても寂しそうに見えた。
「お嬢様は悪くありません。全ては、あの方々が招いたことです」
最初に、リーラがサンドラの肩に手を置きながら優しく言った。
「まだ若輩者ですが、年齢を重ねることで関係が変わってしまうことはままあります。私とお爺さまもそうでした」
次に、マイアが遠慮がちに付け加えた。
「サンドラ、君は最善を尽くせる人間だ。それでこの結果なのだから、しょうがないだろう」
俺がそう言うと、全員が一斉に睨み付けてきた。サンドラはなぜか涙目だ。
「な、なんだ。俺は優しくフォローを入れたつもりだぞ」
『いや、今のは全然フォローになっとらんかったぞ。怒るのも当然じゃ』
なんだか聖竜様にまで怒られた。
「アルマス、貴方はもう少し言葉に気をつかいなさい。まったく……」
「怒らないのか?」
「どうせ今、聖竜様に怒られたんでしょ。ならいいわ」
そういうサンドラは本当に怒っていないようだった。癖毛をいじりながら、苦笑いしている。
「しかし、いいのか。今回の件で本格的に実家とことを構えることになるんじゃないのか? 適当にあしらって帰すこともできたはずだ」
俺がそう言うと、サンドラは真っ直ぐにこちらを見た。
「いいの。わたしの居場所はここだから。自分の能力を聖竜領のみんなのために使うの。みんながいるから、恐くない」
そう宣言するサンドラの姿は、まごうことなき立派な領主そのものだ。
まだ一年もたっていないが、ここでの生活は確実に彼女を成長させている。
「君の決意は素晴らしいと思う。だが、スローライフとやらまでの道のりはしばらくかかりそうだな」
俺の言ったことに気が抜けたのか、サンドラは肩の力を抜いた。
「本当。畑を耕すだけとはいかないものね」
秋が到来を予感させる空を見ながら、俺とサンドラはのんびりとそんなことをぼやきあうのだった。
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