第43話「後ろから鋭い視線を感じる。多分、サンドラだな。」

「ここでは話にならんな。外にいかんか。明るいところに行きたい」


 今だ泣き崩れているデジレを見ながら、マイアの祖父であるロジェはそう提案した。


「付き人もつれてきとるから、そいつらに任せれば良かろう。部屋を用意してやるんじゃな」


「リーラ、部屋の準備をお願い。こっちはアルマスとマイアがいるから大丈夫でしょう」


「……わかりました。できるだけ早く向かいます」


 サンドラの指示でリーラが屋敷内に向かった。少し待つと声をかけられたらしいデジレの付き人が室内に入ってくる。


「では、外で話そうか。色々と積もる話があるからのう」


 そう言うと、ロジェは年齢を感じさせない歩みでとっとと外に出て行ってしまった。


「うむ。ここは景色も空気もいい。爽やかじゃ、さっきの室内と違ってのう」


 庭に出るなりロジェは大きく伸びをした。腰に剣を佩いている以外は普通の爺さんだ。


「で、マイア。噂は聞いておる。ウイルド領の領主とここに攻め込んで返り討ちにあったそうじゃな」


「……はい。申し訳ありません。師匠」


「そして、そこにいるアルマス殿がお前を倒したという男じゃな。なんでも、400年以上生きている『嵐の時代』の生き残りらしいのう」


 明らかに俺を怪しい者だと断定している視線と口調でロジェが言う。たしかに、胡散臭すぎる噂だから仕方ない。


「本当だ。俺は聖竜様の眷属となり、ここで生きてきた」


「ふむ。まさか魔境と呼ばれた地にそんな者がいたとはな。儂の弟子は手強かったかのう?」


「……普通だった。こう、普通に強いというか。そんな感じだ」


 俺は正直に答えた。


「…………うっ」


 なぜだか横にいたマイアが崩れ落ちた。背中に刺さるような視線を感じる。きっとサンドラだ、「もっと配慮しろ」とか思っているのだろう。


「普通……普通じゃと……。儂の孫娘として、相応の才能を持っておった子なのじゃが」


「残念ながら、『嵐の時代』ならマイアくらいの使い手はそれなりに見かけた。別に弱いわけじゃない、時代の違いだろう」


 一応、フォローらしきものもいれてみたが、なんだか逆効果な気がする。


「流石は荒れた時代を生きた人間よ。言うことが違う」


「怒らないのか? 大事な孫娘の上に弟子なのだろう?」


 正直にとは言え、割と酷いことを言った気がするのだが、ロジェは怒っていないようだった


「いや、むしろ礼を言わねばならんて。……孫娘の命を奪わないでくれてありがとう。感謝する」


 いきなり礼儀正しくお礼を言われてしまった。


「もし、もし万が一、孫娘が死ぬことがあれば、儂はあらゆる力を駆使してこの聖竜領とお前さんを追い詰めていたところじゃ。帝国五剣の持てる力とコネと金を全て使ってな……!」


 その時のことを想像するだけで怒りがこみ上げてきたのだろう。ロジェは物凄いテンションになって付け加えてきた。


 良かった、うっかり殺さなくて。きっとマイアを殺してたら、昼夜問わず刺客が来たり、聖竜領に色んな圧力がかかったりで大変なことになっていたに違いない。それは俺の望む日常じゃない。


「ま、まあ。今は平和な時代だというし、俺はそもそも無駄な殺生は好きじゃない」


「うむ。思ったよりも穏やかな御仁で安心したわい。じゃが、それはそれとしてけじめというものはある」


 きた。直弟子が負けたんだ、その汚名を返上するとかそういう展開だと思っていたぞ。


「確認するが。まさか帝国五剣自らが俺と手合わせをすると?」


「勿論じゃ。マイアよりも腕が立つ者など帝国にはそうおらん。儂が動くのが手っ取り早い。孫娘をたぶらかした罪、存分に味わってもらうっ……!」


「なんだか随分と私情が入っているようだが! あと、それは勘違いだぞ! 俺はマイアにそんなことしてないし、する気もない!」


「なんじゃと! 帝国一の美女である孫娘を前にして何も感じんのか、お前は!」


 俺の一言がロジェの怒りの炎に油を注いでしまったようだ。どういうことだ。


「俺にどうして欲しいんだ……」


 なんだかとてつもない勘違いをされてるようだ。後ろの方から「いえ、帝国一の美女はお嬢様です」とかいうリーラの声が聞こえてきたけど、それは積極的に無視していく。というか、もう戻ってきてたのか。


「とにかく、色々と収まらん。儂と勝負、いや試合をせい。それで解決じゃ」


「実にわかりやすくていい。確認するが、一騎打ちではないのだな?」


「当たり前じゃ。そんな時代遅れの風習、残ってるのはこの東部辺境のみ。孫娘には帝都からやってきて古い因習を断ち切る新しい剣士をやってほしかったんじゃがの……」


 なるほど。そういう意図でウイルド領にマイアを送り込んでいたのか。


「そ、そうだったんだ……」


 マイアは気づいていなかったらしい。説明不足と本人の生真面目さのせいで余計な苦労を背負い込んでしまったようだな。落ち込むと長引くから後でどうにかした方が良いかもしれない。


「では、さっさと終わらせてしまおう」


「うむ。話が早くてやすかるのう」


 俺が聖竜の杖を出すと、ロジェは腰の剣を抜いて構えた。

 サンドラ達が距離を取り、様子を見る。


「………………」


 俺もロジェも動かない。隙が無い。

 マイアとは格が違う。流石は帝国五剣、本物だ。


「こちらから仕掛けるとするかのう……」


 ロジェがそう言って剣を動かした瞬間に、俺は動いた。

 様子見なんて甘いことをいっていたら手痛い反撃を貰う。俺は勝負を決めるつもりで踏み込み、杖を横薙ぎに振るう。


「ほぅ!」


 速度も威力も人間に反応できるか怪しい一撃を、ロジェは鋭い声と共に見事に切り払った。

 それだけではない、踏み込んできた俺目掛けて、素早く剣が振られた。

 その剣閃は一撃、いや、一瞬で三撃。風よりも早い剣が三度俺を襲う。


「むぅ……!」


 一応反応できる範疇の速度だったので、杖で受けてから距離を取る。

 このまま同じ場所にいるのはまずい。勢いで押されてしまう。

 その判断がまずかった。


「逃がさんっ!!」


 ロジェが追撃してきた。魔力で肉体を強化しているのだろう、蹴った地面に大きく穴が空く。その爆発的な力を利用して一気に距離を詰め、再び俺目掛けて神速の斬撃を見舞ってくる。


「ああもう、面倒くさい!」


 仕方ないので、俺は少しだけ本気を出すことにした。

 人間としての本気ではなく、竜としての本気だ。

 

 実を言うと、俺はこういう時、極力人間時代の実力のまま戦うように調節している。

 竜としての力を振るうのは、それなりに疲れるからだ。


 今回は少しばかり竜の解放して、ロジェの攻撃を迎撃する。

 杖を短く持ち直し、魔力を通し、素早く振るう。

 振った回数は5回。

 その全てが、ロジェの神速の斬撃とぶつかり合い、高い金属音を響かせた。


「…………なかなか恐ろしい腕前だな」


 一瞬のやり取りを追え、距離ができたのを見て俺は言った。

 ロジェの方もにやりと笑う。

 凄絶な笑みだ。昔、何度か戦場でこういう風に笑う者を見たことがある。

 どいつもこいつも、危険な相手だった。


「ここは引き分けにしておかんか。アルマス殿」


「ほう、引き分け?」


 剣先を地面に置き、いきなり力の抜けた笑みを浮かべてロジェは言い出した。


「ここには身内しかおらんから説明しておくとしよう。ここでアルマス殿が儂に勝っても、いいことないぞ。弟子入り志願と挑戦者が山ほど押し寄せて、帝国中から利用しようとする者がもっと押し寄せてくる。それは望んだことではないじゃろ?」


「む……なぜそう思う?」


「ここに来る前、クアリアで聞いた。聖竜領の賢者と領主は静かな暮らしを望んでいる、とな」


 なるほど。スルホから俺のことを聞いていたか。

 

「今のやり取りでわかったが、儂ではお前さんを倒せん。じゃが、この老いぼれを倒す理由をそちらが持っていないのも確かじゃろ?」


 まあ、確かにそうだ。ロジェの言うとおりなら、俺がここで帝国五剣を倒すことに何の意味もない。

 しかし、このまま口車の乗るのも癪だ。


「引き分けということにしてもいい。だが、条件が一つある。これから先、聖竜領とサンドラに力を貸せ。それが条件だ」


「力を貸すとは、おおざっぱにでたのう」


「俺は帝国五剣がどのくらい凄いのかちゃんと把握していない。だが、ここに来た以上、サンドラの状況は知っているだろう。できる限り協力してくれ」


 俺がそう言うと、しばらくじっと考えてから、ロジェは破顔した。


「話に聞いた通りのお人好しじゃ。聖竜も良き者なんじゃろな。儂もさっきのを見て、そこの領主は気に入った。協力を約束しよう」


 おお、という声が後ろから聞こえた。とりあえず、こんなところで良かったろうか。


「さて、後はマイアの問題だが。どうするんだ、貴方は孫娘をどうしたくて来た」


 考えて見れば、ロジェの真意がわからない。直弟子にして孫娘をどうしたいのだろうか。


「そうじゃな。そこはちゃんとせねばな。マイアよ、剣を折られたというのは本当かの?」

 

 ここに来てようやく、ロジェはマイアを正面から見て普通に話した。話しぶりも顔つきも、怒りもない。どちらかというと、家族と話しているような気安さだ。


「は、はい。申し訳ありませんでした……」


「儂から贈った魔剣を失った以上、儂の直弟子とはもはや認められん。ここで鍛錬を重ね、お前の剣が再び名声を得るまで、帝国五剣の直弟子ではない」


「はい。承知しております」


 厳しいとはいえないな。あの魔剣は相当なものだった。きっと彼らの一族にとって重要な意味を持つのだろう。

 ロジェにとっても辛いのだろう。可愛がってきた孫だ。涙ぐんでるし。


「我が孫娘マイアよ。お前の剣が更に高みに至った時、再び帝国五剣の直弟子となることを許そう」


「あ、それは別にいいです」


 マイアは即答した。


「…………は?」


 ロジェが間抜けな声をあげた。予想外の答えだったのだろう。可哀想なくらい虚無の表情になった。


「マイア、ちゃんと説明をしろ。理由があるだろう。説明を省くと色々怒られるぞ」


 俺がそういうと、マイアがはっとした表情に変わった。あと、後ろから鋭い視線を感じる。多分、サンドラだな。


「お、お爺さま。前から思っていたんです。帝国五剣の直弟子として、お爺さまから剣を教わっているだけでは…………私はお爺さまを超えることができないと」


「そんなことを……考えておったのか」


 マイアの言葉に、ロジェが目を見開いた。驚きと喜び、色んな感情がない交ぜになった顔だ。


「私も剣士です。強くなりたい。でも、お爺さまからの教えだけではお爺さまよりも強くなれないとも思うのです」


「……それで、どうする」


「今はここにいるエルフから剣を教わっています。私はこうして自分の剣を極めたい。アルマス殿に負けて、ただのマイアになってからようやくそれに気づきました。ですから、もう帝国五剣の直弟子にこだわりはないのです」


 そういうマイアの言葉にも目にも迷いはなかった。

 ここで農作業をしているだけだと思ったら、そんなことを考えていたんだな。


「そこまで決めているなら、儂からいうことはないな。立派になったの、マイア」


 そう言って笑うロジェは、帝国最強の剣士の一人ではなく、孫娘の自立を喜ぶ祖父のものだった。

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